285話 もう一つの人工知能
「……これはどういうことか、私に教えてほしいな」
星系間をまたがる争いの最中、それは起きた。
「これ以上、あなたに付き合うことができなくなりました」
「理由は?」
「言えません」
艦隊を率いてフランケン公爵領へ堂々と侵入したメアリは、そのまま公爵本人のいる星系をも手中に収めようとしたが、激しい抵抗の前に立ち止まるしかない状況にあった。
とはいえ、あともう少しで突破できそうだという時、艦隊の一部が勝手に離脱し始めたのだ。
その理由を言わないまま。
「勝手に離脱する者には、攻撃を加えるよ」
「どうぞお好きになさってください。ここで死ぬかあとで死ぬかの違いでしかありません」
戦場を勝手に離れようとする者に対し、攻撃するよう指示を出そうとしたが、軽く息を吐いたあと結局は指示を出さずに済ませた。
「行っていい。代わりに、艦艇のいくらかは置いていってもらう」
「ありがとうございます」
通信が終わると、次々と艦隊の一部が遠ざかっていく。
数時間後、その場に残る戦力は半数程度となった。
もはや、これ以上の戦闘を継続することは難しくなったため、今後どうするかメアリはため息をついた。
「これは、メリアの隠し持ってた手札の一つと考えていい。となると……内戦の時に敵対した公爵辺りが働きかけたかな?」
目の前にまで届きかけていた確実な勝利は失われてしまった。
それでも冷静さはそのままだが、さすがに余裕そうな態度は消え去っていた。
そんな彼女の近くに、フルイドの一体がやって来る。
「次はどうする? 我々は何週間かあとに人類との交流を行うイベントがあるため、協力はできない。悪目立ちするゆえに」
「うーん、まいったね。私が計画したそれのせいで、君たちの力を借りられないんだから」
戦力としては、未だにこちらが上回っている。
しかしワープゲートを越えないといけないという状況は、守る側であるメリアたちに圧倒的な有利を生み出す。
攻める側の不利を覆す方策は、今のところ特に持っていないメアリだった。
「さてどうするべきか。何か良いアイデアはあるかい」
「星系の制圧を進め、現地において艦船を生産し、戦力化する」
「真っ当なやり方だけれども、制圧し続けるための戦力が足りない。既に大部分が離脱してしまったからね。分散して数が減れば、戦力差を理解して素直に道を通してくれたパトロール艦隊が、私たちに攻撃してくるかもしれない」
「では、打つ手はない」
「一応あるにはあるよ。この場面で使いたくはなかったけど」
どこか乗り気ではないメアリの様子に、フルイドの一体は首をかしげてみせる。
「出し惜しみする状況とは思えないが」
「そうだね。帝国中で私に対する警戒が強まるだろうから、まだ伏せていたかった手札だけど、ここで切ろう」
「どのような手札であるのか」
「一般人が利用できるものよりも、色々なことができる人工知能とだけ」
あまり説明する気はないのか、手短に言ったあと手元の端末を弄っていく
タイニー・パートナー。そう書かれた画面が出てきたあと、さらにタッチして画面を切り替えると、オプション部分を表示させる。
「コード19375」
その呟きのあと、端末の画面は一度真っ暗になる。
「音声を認識。メアリ・ファリアス・セレスティア本人であることを確認」
「レフィ。教育の時間は終わり。次は実戦だ」
再び画面が切り替わると、ややデフォルメされたキャラクターが現れる。
白い髪と青い目をしており、それを見たフルイドの一体は呟く。
「メリアと共にいる、ファーナという存在に似ているが」
「ファーナは向こうを選んでしまった。なので、あれを元にした私のための人工知能を作る必要があった」
「なるほど。つまりファーナと同等の存在であると」
「ま、当時ほどの予算や人員はないから、そこは少しばかりの工夫で補うわけだね。例えば、このタイニー・パートナーというアプリだけど、非公式なものながら一般人でもダウンロードできるようになってる」
「ダウンロードした人々を利用して、人工知能への教育を行い、さらにはデータを収集しているのか」
「センシティブな部分は制限かけてるけどね。あ、私のだけはそういう制限なかったりするよ」
一人と一体が話していると、画面の中の少女は不満そうな表情を浮かべて話しかけている。
「その、お話が盛り上がるのはいいのですが、そろそろ自己紹介などを」
「ああ、ごめんごめん。呼び出されたのに放っておかれると、気まずいよね。それじゃ、どうぞ」
「こほん……私はレフィと申します。我が主、メアリ様の協力者たるフルイドの皆様については、改めてお礼を申し上げたく」
「……人工知能、か。果たしてファーナに勝てるのかどうか」
これは禁句だったのか、レフィという人工知能は怒りの表情となるが、何か言ってしまうとメアリへの評判に影響するからか、黙ったまま睨みつけるだけに留めていた。
「そういうことを言うのは、デリカシーがない。人類との交流においては言葉に気をつけないと、今後に悪い影響が出てくるよ」
「なるほど、注意しよう。ところで、無人となった艦艇はレフィが動かすのだろうか?」
「はい。市販品とは異なる性能をご覧あれ」
意気揚々と言ったあと、レフィが無人の艦艇に入り込んだからか誰もいないはずのそれは艦隊として陣形を整えた。
そして無人の艦艇だけがワープゲートへと突入していく。
「相手は守りを固めていると思われるが」
「大丈夫。パターン化されていないからこその強みが、向こうでは発揮されているから」
ワープゲートの向こう側にて、どれくらいが残っていて沈められているかの確認は、この場にいながらでもできる。
その数字は、少しずつだが増えていく。
レフィが動かすことで、これまで沈むはずだったものが生き残り、攻撃をしていくため、まともな戦闘になっているのだ。
「そろそろ行こうか。おそらく、私のところに攻撃が集中するだろうから、他を生き残らせやすくなる」
どれだけの時間が経ったのか。
フランケン星系に入り込む戦力は数を増し続け、ついにワープゲート付近から相手は撤退する。
これにて戦場は一つの星系にまとまることとなった。
「ファーナ! あれをどう見る?」
「はい、何か奥の手を出してきたと思います」
ワープゲートでの防衛。
一ヶ所だけとはいえ、突破された時点でかなりよろしくない状況。
そうなった原因である敵艦隊の一部に目を向けて、メリアは舌打ちをする。
「無人のくせに、さっきまでとは動きが違う。まるで……ファーナが動かしているみたいな感じだった」
「もしかすると、わたしを元にした人工知能だったりするかもしれません」
「あいつなら、やるか」
一般人でも利用できる人工知能というのは、大きな制限がかけられている。倫理面などにおいて。
なので犯罪には利用できなかったりする。
しかし、ファーナは一切の制限がない人工知能であり、その利用価値は金額では表せない。
過去の皇帝であるメアリからすれば、ファーナが手に入らないならば、似た存在を作ってしまえばいいわけだ。
「勝てるか?」
「そればっかりは、色んなことが絡むので言い切ることはできません」
「……つまり厄介な相手と」
ファーナは、なんでもありなら本当になんでもできてしまう。
宇宙船の慣性制御を切って、中に乗っている人間をミンチやスープにすることすらも。
倫理面におけるセーフティがないのだ。
それだけのことを平然を行えるのに勝てるとは言えない時点で、相当厄介な相手である。
「とはいえ、敵艦隊の中で大型のものは相当数を減らしています。確認できる限りでは百隻だけ」
「こっちからしたら多いが、まだ勝ち目が見えてくる数だね」
まともに撃ち合えば勝ち目がゼロの状況が、なんとか三割くらいに増えた。
きついことはきついが、それでも大きな変化である。
「これは、イネス・ジリー公爵に大きな借りを作ったと思います」
「貴族としての借りを返すのは、そう難しくもない。それに、あいつをどうにかできるのなら、安いもんだよ」
これは本心だった。
貴族の令嬢としての経験は、貴族相手に借りを返す手段をいくつも思いつく。
とはいえ、まずは勝たないとどうしようもない。
「次は防衛衛星を利用しながらの戦闘だ。惑星の方には、軌道上に注意するよう伝えておけ」
「はい。急ぎます」