284話 大規模な戦闘におけるワープゲートという制約
人類が星系間を移動するための手段は、それぞれの星系外縁部に設置されているワープゲートのみ。今のところは。
星系を行き来する人の数が少なければ一つ、多くても二桁には届かないその装置は、国を成り立たせるためには必須の存在。
現状、広大な星系間を移動できる唯一の方法であり、戦闘における重要性は言うまでもない。
「複数の船がワープゲートから現れています。報告通り、メアリ率いる艦隊のようです」
「後続が来る前に沈めろ。攻撃だ」
ワープゲートで一度に行き来できるのは、数隻だけ。しかも数分に一回という制約もある。
それゆえに、複数の星系にまたがる大規模な戦闘においては、攻める側よりも守る側の方が圧倒的に有利。
例えば、現れた数隻の相手を、待ち構えていた百隻が集中攻撃できるからだ。
「敵先鋒部隊、全滅。ただ、すべて無人の船のようです」
「さすがに、人間が乗ったのはまだ出してこないか」
守る側が圧倒的に有利とはいえ、攻める手がないわけでもない。
複数のワープゲートから一気に侵入させれば、迎撃する船を分散させつつ、自分たちは一度により多くの船を送り込める。
「第一、第二、第三ポイントより敵艦隊が侵入しています」
「どれも大型船で、しかもシールドと装甲が分厚いタイプときたか」
さらに、送り込む船を頑丈なものにしてしまえば、後続の盾にもできる。
相手の数や火力が不足している場合は、だが。
「各ワープゲートに配置した戦力だけでは手数が足りないので、無人戦闘機を投入します」
「……やれやれだね」
大型船トレニアのブリッジにおいて、メリアは険しい表情を浮かべていた。
急いでかき集めることができた戦力は、小型船が千、中型船が四百、大型船は百。
これに惑星の防衛艦隊も含めると、なんとか二千に届くか届かないかといったところ。
しかし、肝心要といえる大型船の少なさは問題だった。軍用ではないのも合わさって、火力面での問題は大きい。
数日だけではこれが限界。
惑星やコロニーにある造船所は稼働しており、時間が経てば経つほどに戦力となる船の数は増えるものの、メアリ側もそれをわかっているので、どのような形であれ早期に決着はつくだろう。
「星系間通信が来ています。メアリからです」
「出してくれ」
座席近くにある小さいモニターに、見慣れた忌々しい顔が出てくると、それは笑みを浮かべた。
「こうも抵抗されては困るよ。せっかく保護してあげようというのに」
「抵抗しなかったら、この公爵領はくそったれな誰かさんのものになるわけだが」
「領地が別の誰かの手に渡るということはね、帝国ではそれなりにあることだよ? それに、彼女は公爵という重荷を背負うには幼すぎる。これは君も同意できるはずだけど」
「どこかの誰かさんが工作をしたせいに思えるが」
いくつもの惑星を一人では管理できないので、結局のところ現地の行政組織に任せる形となっている。
それゆえに、ソフィアが幼くともそれなりに上手く回っていた。
「私がしなくても誰かがやるさ。十歳という子どもに任せるには、公爵領というものはあまりにも美味しすぎるわけだね」
「とりあえず、個人的に気に食わないので徹底的に妨害する」
「こちらよりも乏しい戦力で?」
相手は五千、こちらは二千。先程の戦闘で少し相手の数を減らせたとはいえ、全体からすれば誤差。
数で負けており、そしてなにより質でも負けている。
ワープゲートという制約のおかげで、なんとか防げているという状況。
もし、まともに撃ち合うことになれば、敗北は避けられない。
それをわかっているのか、メアリは余裕そうな態度を崩さないでいた。
「そちらは、すべてのワープゲートに戦力を置いている。分散することになっても置かざるをえない。なぜなら、一ヶ所でも突破されたら、宇宙での艦隊戦になってしまうから」
「だからどうした。こっちは時間と共に戦力を増やして守りを固くできる。保護するべき人物を確保できなければ、お前の計画は失敗に終わる」
「そこまで言うなら、小手調べを終わらせよう。次から本気で行く」
通信は一方的に切れた。
本気とはどのようなものなのか。
それは少しして示された。
まず大型の戦艦が現れるが、攻撃はしてこない。
その代わり、内部から艦載機らしき代物が飛び出してくると、小型船へと襲いかかってきた。
「まずいです。今までのよりも頑丈で、艦載機は小型船を優先的に狙ってきています」
「中型や大型は、搭載できる艦載機ではすぐに仕留めることはできない。しかし、小型の船なら単機であっても仕留めることができる……被害はどのくらい出た?」
「二十です。数百を超える艦載機が出てきたため、どうしても被害をゼロにすることはできません」
「厄介な話だ」
戦力は四つに分散しており、一つにつき五百隻という割合。
被害が積み重なっていけば、やがて守りきれずに大規模な侵入を許してしまうだろう。
そしてそれは、メアリの計画が成功に近づくことを意味している。
「再び来ます」
「ちっ、前のを沈める前にか」
処理が追いつかない。
相手は耐久力に特化したものを送り込み、内部に艦載機を大量に詰め込むことで一定の火力を確保してさえもいた。
一方的な攻撃ではなく、かなり有利ながらも戦闘になった時点で、どうしても被害は増えていく。
船が減るほど少しずつこちら側の火力が減っていくことに繋がる。
限界はすぐそこまで迫っていた。
「これまでに沈めた数は」
「大型が百、偵察のために送ってきただろう小型と中型は、それぞれ二百ずつ。合計五百を沈めたことになります」
「残りは四千五百隻か。はぁ、一時的にワープゲートの機能を切りたいところだよ」
「メンテナンス用の施設がないことには、そもそもどうしようもありません」
ワープゲートは機械であり、電源を切りさえすれば機能を停止する。
しかし、交通や輸送のことを考えると、しょっちゅう停止されては困る。
そんなわけで、外部からでは停止しない設計となっており、稼働し続けていた。
そもそも勝手に停止させたりするのは法で禁じられている。
すぐに再稼働させられるならともかく、そうでないならワープゲートに手を出すのは避けた方がいい。
「メリアさんメリアさん」
「なんだい、ルニウ」
今忙しいからあとにしろ。
そう言いかけたメリアだったが、ルニウが発した言葉を受けてわずかに固まる。
「もういっそのこと、公爵本人を乗せたまま逃げ回るというのは?」
「まあ……手段の一つとしては考えた。けどね、領地をすべて押さえられたらどうしようもない」
権力の源泉となる領地。
それが税収を生み出し、軍事力に変換することで、広大な領域を所有者たる貴族のものにしている。
もしすべて押さえられたなら、逃げ回ったところで意味がない。
相手が一般の貴族ならともかく、よりによって大昔の時代に生きていた皇帝であるから。
非難したところで、奪い返すことには繋がらない。
「むしろ、こっちが逃げ出した方が、向こうからしたら嬉しいだろうね。やばい時に逃げる権力者、これは色々な意味で痛い。公爵領を奪い取る側にとっては今後の統治が楽にだろうさ」
「むむむ、そろそろ防衛線が崩壊しかけてますけども、逃げられないとなると……どうします?」
「あたし個人としては、あいつのことを徹底的に邪魔してやる」
「それはやっぱり、オリジナルとクローンという関係だから、ですか?」
恐る恐ると尋ねるルニウの姿は、一言では形容しにくい。
色々な感情が混ざったような様子であり、メリアは苦笑しつつ首を横に振る。
「いいや。ただ単純に、メアリ・ファリアス・セレスティアという人物の性根が気に食わない。あれでいくらかまともな奴だったら、また違っていた」
「そうですか」
「何をほっとした様子でいる。次の行動を決めなきゃならない」
トレニアのブリッジでは、端的に言ってまずい状況が映し出されていた。
少しずつとはいえ、数を増やしていく敵と、減っていく味方。
防衛線は数時間もしないうちに崩壊するのは確定しており、次はどう抵抗するか。
「数を減らしたとはいえ、防衛衛星はそこそこ強力だ。惑星から大量の無人機を補充すればまだ抵抗の目は……」
考え込むメリアであったが、多勢に無勢な状況をどうにかできる一手は思いつかない。
メアリ本人を仕留めるという手段は、ワープゲートによってお互いに分断されているためできない。
いよいよワープゲートから退却するというその時、やや驚いた様子のファーナが簡易的な通信をしてくる。
「メリア様、緊急の報告が」
「何があった」
「ジリー公爵の使者を名乗る者から、文章が届いています。“メアリに与する者のうち、いくらかを離脱させることに成功した”とのこと」
「……嬉しい報告ではあるけども、また曖昧な言葉だね」
五千隻近い艦隊。そのうち半数が小型や中型ではない大型のもの。
それだけの戦力を揃えることは、いくらメアリでも一人では不可能。
彼女に協力する貴族がいてこそ、これだけの数と質を揃えられた。
「そこはせめて、どのくらい離脱したか教えてくれてもいいところだが」
やれやれとばかりに頭を振るも、イネス・ジリー公爵の手助けは確かに効果を発揮したのか、目に見えて敵艦隊の勢いは削がれた。
数分に一度、頑丈な軍用の艦船を送り込んできたのが、倍近くに間隔が延びたのである。
これにより崩壊しかけた防衛線を立て直すことができたものの、これまでの攻防で結構な被害を受けたため、まだ安心はできない。