281話 調査する者の疑問
音楽と共にお酒やダンスを楽しむ小さなクラブ。当たり障りのない音楽に、当たり障りのないお酒を味わえるそこでは、少し物騒な話が行われていた。
「レラーハの方じゃ、海賊たちを率いて大暴れしてる奴がいるらしいよ。現地の艦隊も対処できないほどの勢いがあるんだとか」
「あんた、参加するつもり?」
「いや、きな臭いものを感じるからパス。それよりもっと美味しい仕事があるし」
「何をしようが構わないけどね、死ぬ時は一人で死んで。巻き込まないでほしい」
「あーあ、そこはどういう仕事か聞くべきでしょうが……ったく」
知り合いと飲んでいた女性は、知り合いが立ち去る姿を見送りながらぼやく。
しかしここはクラブ。
一人の時間はすぐに終わる。
栗色の髪をした女性が話しかけてくるからだ。
「少し、いいかしら?」
「誰?」
「アンナと呼んで。レラーハのことを知っていそうだから、声をかけちゃった」
若く綺麗ながらも、それ以上に何か怪しさを含んでいる。
そんな相手からの呼びかけに、一人で飲んでいた女性は警戒を強めた。
「……そういう話をしてる奴を探してたんだろ? まるで獲物を探すかのように、周囲を物色して」
「あら、そんなに警戒されるなんて悲しいわ。まあ話が早くて助かるから手短に行くけど、あなたが知っていることをいくらか教えてもらうことって、できるかしら?」
栗色の髪をしたアンナ。
彼女はさりげなく現金としての紙幣を握らせてくる。
その分厚さは、手のひらには隠しきれないほど。
「……会っていきなりこんな大金、嫌な女だね。ろくな死に方しないよ」
「それで、教えてくれるのか、くれないのか。どっち?」
「場所を移そう。ここは人が多いから」
秘密の話をするための個室は二階にあった。
踊っている者たちを見下ろせるようガラス張りの壁があったが、アンナは一階から見えない位置に座る。
「レラーハで暴れてる海賊のことはどれくらい知ってる?」
「ほとんどの奴らと同じくらい。例えば、海賊たちを率いているのはメリアという女で、公爵の私兵たる方面艦隊を翻弄してる。来るもの拒まずな姿勢のおかげで、どんどん規模はでかくなってるけど、それでも組織として瓦解せずに維持できてる。最近は採掘基地で何かしてるらしいね。集まる奴らは、まるで街灯に群がる虫みたいなもんだけど、勢いあるところに入りたがるのは多いから」
「ふーん。あなたは入らないわけ?」
「そりゃあ……怪しすぎるもの。突然現れた海賊。そいつは周囲の有象無象たちをまとめあげ、一つの組織とした。……なんで今の時期に? その疑問が、その海賊のところに向かうのを阻止してる」
既にいくらかお酒が入っているからか、意外と口が動く。
そのあと数秒ほど一階を見ていたが、女性はアンナを方に視線を動かす。
「まあ、一番大きいのは、美味しい仕事を見つけたからだけど」
「その美味しい仕事というのは?」
「……言ったら、ありつけなくなる。口が軽い人間は、表でも裏でも信用されない」
「あなたの口を軽くするには、いくらあればいいのかしら?」
アンナは端末を弄りながら言う。
そして画面を見せた。
映し出されるのは、非合法な口座にある膨大な残高。
「なっ……どういうところの人間なんだ、あんたは」
「好きに想像したらいい。ただ一つはっきりしているのは、私が大金を持っていて、あなたはそれを得る機会があるということ。そしてその機会は、今回を逃せば二度と訪れない」
穏和な笑みだった。
今いる場所が、様々な者が集まるクラブでなければ、アンナという人物は優しそうな女性にしか見えない。
しかし、明らかに彼女は普通ではない。
「…………」
「はい、いいえ、返事はそのどちらかだけで充分。簡単でしょう?」
「いつか、痛い目を見るよ。……わかった、話す」
お金のために仕事をするならば、その者に対してさらなる大金をちらつかせればいい。
お金がすぐに貰えるなら、さらに効果的。
女性はアンナをわずかに睨んだあと、ため息混じりに話し始めた。
「あんたみたいな怪しい人間に、話を持ちかけられた。今いる惑星で騒ぎを起こせ、と」
「騒ぎ、ねえ?」
「それもちょっとやそっとじゃない。警察ではなく軍が来るほどのものを」
「それはまた、物々しい話だけれど。あなた以外にも似たような話を持ちかけられた者は?」
「いるとは思う。ただ、惑星一つとなると広大で、どこに誰がいるやら」
軍が来るほどの騒ぎを起こさせる。
けれど、なんのために?
その疑問は、さらなる質問へ繋がる。
「レラーハというところでは、大きく暴れてる海賊が注目を集めてる。そしてここでは、暴れて軍の注目を集めるようあなたに命じる者がいる。これから導き出される答えは?」
「軍の分散、つまり公爵の私兵たちをバラバラにする意図がある」
「そうなると、公爵の守りが薄くなるわねえ。もしかして、公爵を狙う動きとか」
「はっ、帝国の貴族同士の争いなんて日常茶飯事。幼い公爵に消えてもらいたい奴がいてもおかしくはない。どうせ、近隣の貴族が色々画策してるに決まってる」
「そうだといいけど」
アンナは首をわずかにかしげる。
彼女が持っている情報には、フランケン公爵が近隣の貴族と不仲というものはなかったのだ。
幼い公爵は、自らの負担を減らすために近隣の貴族とは関係を良くしようと動いており、それは一定の効果をおさめていた。
「おい、早く金を。下が騒がしくなってきた」
「あら、警察が来てる。ちょっと待ってね」
一階の方では、警察とクラブの責任者が何か言い争っており、大きな出入口は誰も出られないよう封鎖されている。
なんらかの捜索が行われるようだった。
女性はアンナから電子的なお金を受け取ったあと、急いで個室を出るが、突然糸が切れたように倒れる。
そのあと、体の下から血がじわじわと広がっていくのを見るに、どうやら撃たれたようだ。
「ターゲットはこいつだけか?」
「そうなります。一応、中を見ますか?」
「死体には触れるなよ。痕跡が残ってあとが面倒になる」
謎の襲撃者たちは、扉の外から個室の中を見ていくが、中に入ったりはしない。
撃たれた者の死体が道を塞いでいたからだ。
飛び越えようにも、足が血に触れることは確実。そうなれば足跡が残る。
「……いないな。引き上げるぞ」
「はい」
複数の足音が去っていったあと、アンナは小さな棚から姿を表す。
かなり体を曲げて無理矢理に隠れたせいか、出てきた際は奇妙な姿だったが、それもすぐに元通りとなる。
「うぅ、いたたた。人間が入れるくらい大きくて助かった。けれども、これはいったいどういう……」
どこの誰が、しがない犯罪者をわざわざ殺そうとするのか?
仕事を依頼した側? それはあり得ない。
わざわざ死体を残していっているのだから。
なら、公爵が雇った裏社会の者?
可能性としてはそこそこだが、ずいぶんと無茶をしている。
「まあ、とりあえず逃げましょうか」
情報は得た。
かけたお金にはまったく釣り合わないが。
この場に長居して、警察に見つかるようなことがあっては面倒なので、アンナは個室の中で助走をして死体や血を飛び越える。
そして素知らぬ顔で一階の客の中に混ざり、警察が二階の死体を見つけて大騒ぎになったのを見計らい、一部の客が利用できる隠し通路から外へと脱出した。