279話 海賊としての方針
「急げ急げ! この先には貴族様の財産が待っているぞ!」
宇宙空間において、輸送船団とそれを襲う海賊の姿があった。
護衛はすべて排除され、あとは機甲兵が乗り込むだけという段階。
その様子を少し離れたところから見つめるメリアは、頬杖をしながら海賊たちに命令を出す。
「中身を回収したら、船はそのまま置いて離脱する。それと船はできるだけ傷つけないように」
「お頭、船ごと持っていくのは駄目ですかい?」
「駄目だ。輸送船といえども、そこそこでかくて数がある。これ全部失ったら、武装とか整った新しいものに入れ替えられる。このまま返すことで、廃棄するのがもったいないと感じて使い続けるようになるわけだ」
「そんなもんですかねえ」
「そんなもんだよ。……ま、それは貧乏貴族の話だけどね」
最後の言葉は、小声だったせいか誰にも聞かれない。
海賊たちは命令に忠実だった。
自分たちを率いている人物が、ただ者ではないことを理解しているからだ。
その根拠としては、大金持ちであることが挙げられる。
戦艦と空母を用意し、船持ちの海賊たちと組み合わせることで、即席の襲撃艦隊が完成した。
それだけの財産があるとなれば、付き従うことで自分たちも稼がせてもらえるという考えが生まれ、それゆえに誰も逆らわない。
「メリア様、周囲を警戒していた部隊から通信が」
「何か見つけでもしたか」
ファーナからの知らせを受けて、メリアはわずかに首をかしげる。
宇宙において襲撃をする際、戦力をいくつかに分けて役割を分担する。
まず襲う者たち、そして意外と重要な周囲を監視する者たち。
今はただ単純に宇宙を行き交う船を襲うだけなので、大雑把に分けると二つで済むが、襲撃の規模が大きくなったりすると、必要な役割は増えていく。
「リーダー、監視班から報告。レラーハの方面艦隊らしき反応がレーダーにあったが、進路を予測するとこっちに来ている」
「わかった。作業を急がせる」
「俺たちも襲撃班に回りたかったぜ」
わずかなぼやきが通信越しに聞こえてくる。
そしてそれは一人だけではない。
「まあ、それについては同感。まさかねえ、五百人とかさあ。どうやって集めるのって。こっちは十人とかで精一杯だってのに」
「我々はリーダーに大事な仕事を任されているわけでして。ぼやくのはあとに。人集めについては、エーテリウムの存在をちらつかせれば、真偽はどうあれ勝手に集まりますとも。当然ながら、奪い取ろうとする不届き者も混じるわけですが」
「そういう奴は、見せしめで殺した。宇宙船の慣性制御を切って、激しくシェイクしてやったよ。中の映像を見たいなら送るが」
どのような見せしめなのか、見たいなら送る。
その言葉を受けて、通信している者たちは一様にげんなりとした返事をする。
「……冗談きついぜ。飯が食えなくなる」
「昔、別口で見たことあるけど、あれはちょっとね……」
「様々な組織において、見せしめの形は数あれど、慣性制御を切るものが一番恐ろしい。視覚への衝撃は相当なもので」
これで通信は終わるが、のんびりとはしていられない。
レラーハの方面艦隊が来る前に回収作業を急ぐよう、スクリーンに映る海賊たちに指示を出す。
基本的にはコンテナが運び出されていくが、たまにロボット自体を手に入れたりもする。
そういった代物はファーナの動かす戦艦に運び入れる。
やがて回収作業が終わったという連絡が入ると、長居することはせずにその場から去っていく。
「これも成功。今のところ順調ではある」
「メリア様」
「うん?」
「あの輸送船が、少し前に連絡して事前に示し合わせたものですか。何が来るかと思えば、ずいぶんと当たり障りないものでしたが」
「そうなる。だから、護衛を含めて人間は一人もいなかったろ。公爵のために自動化された輸送システム。そこに仕掛けることで、比較的安全に襲撃を成功させられる。……ソフィアからしても、無人の船が襲われた程度じゃ、財布にはまだまだ余裕があるわけで」
状況は整い始めている。
この調子で行けば、一週間が過ぎる頃にはそこそこ大きな組織となっているだろう。
それもこれも、統治機構との癒着があってこそとはいえ。
「とりあえず、あと二回か三回ほど襲撃して休めば、一週間はあっという間だ。残り一週間は、また別のやり口を考えてある」
「問題はそのあとですね」
「ああ。ソフィアが他への備えをするため、予定が一週間延期されたが、これがさらに増える可能性は充分にあり得る」
共和国から帝国へ海賊が流入しているが、これを悪用しようと思えば、かなり悪用できてしまう。
このレラーハ星系においては、メリアが海賊たちを一つにまとめ、事前に示し合わせた襲撃を行うことで一般人への犠牲は最小限に抑え込んでいる。
だが、他の星系ではどうなのか。誰が動いているのか。
色々と気になるところだが、独自の情報組織を持っているわけではないため、メリアが選られる情報には限りがある。
「しょうがない。あいつに聞くか」
「アンナ、ですか」
「連絡入れて合流する頃には、当初の予定だった一週間は過ぎてるからちょうどいい」
適当な惑星に寄ってから、星系間通信を行うと、暇している様子のアンナが出てくる。
クーデターの影響はまだあるようで、特別犯罪捜査官としての活動は一時的に中断され、今は有給休暇の最中であるとのこと。
「暇なら会いたい。色々と聞きたいこともあるから」
「そう言われたら行くしかないわね」
「それじゃ、この場所で合流を」
あとは適度な襲撃と休息を繰り返すうちに、レラーハ星系に訪れてから一週間が経過する。
朝早くに適当な宇宙港でアンナと合流したあとは、購入してから日が浅い戦艦に小型船で向かう。
「あらら、ずいぶんとお金をかけて何かしてるのね」
「今は海賊やってる。偉いところと癒着した状態で」
「ふーん、それで私を呼びつけた理由は?」
「共和国から帝国に海賊が流入しているが、これを悪用しようとする動きはあるか?」
「一般的には、私兵として使うつもりの貴族とかが思い当たるけど」
「その程度なら、こっちとしてもありがたい話だけどね」
「独自に調べてもいいけど、少し時間かかるかも」
「別に構わない。今の仕事は、長く続けるものじゃないし」
「あとお金ちょうだい。経費以外に報酬もね」
「わかってる。払う」
話はすぐにまとまり、アンナと合流したところとは別の宇宙港で別れる。
そのあと、メリアはファーナやルニウにセフィを戦艦のブリッジに呼んで集めた。
「この一週間、そこそこ暴れたからか名前が広まり、自発的に参加したがる海賊も出てくるようになった。そこで、今後の方針について説明する。ソフィアが当初の予定を一週間延期したからでもあるが」
「何をするのでしょうか」
「そりゃあ、でかいことでしょ」
「海賊たちを刑務所に叩き込むための大きな事件、とか」
思い思いの予想が語られる。
「まず、放棄された採掘基地を乗っ取る。採算が取れないからか、施設がそのままで誰もいないところだ。もしかしたら、他の海賊という先客がいるかもしれないが、その時は奪い取る」
「その次は?」
「船の整備ができるよう拠点化を進める。これにより海賊を集めつつ、時間を稼げる。その間にオスカー殿が獲物を用意してくれるので、それを襲って配下を稼がせてやりつつ、ソフィアからの返事を待つ」
「あらら、思ったよりはでかくない行動です」
「あまりやり過ぎても、お母さんの名前と顔が広まるため、どこかで線引きをしないと」
海賊の獲物となる代物を用意するのも時間と手間がかかる。
かといって、民間人を襲うことはできない。
そのため、拠点を作ることでいくらか時間を稼ぐわけだ。
星系というのは広く、いくつもの惑星や衛星が存在する。
その中の大半を占める人間が住めない星には、資源の採掘を目的とした基地がいくつも建設されている。
ただし、採算が合わなくなると基地をそのまま放棄してしまうところが出たりするため、海賊にとっては嬉しいことに、割とお手軽に拠点を得ることができるのだ。
なお、規模によっては武力を用いた奪い合いが発生するが、メリアにとっては大した問題にはならない。