277話 想定よりも早い動き
海賊としての仕事をしてから一日後。
やや早めに起きてシャワーをしていたメリアのところに通信が入る。
それは配下となった者から届いたもの。
音声のみにして出ると、どこか驚いているような声が聞こえてくる。
「おい、リーダー。ワープゲートの方を見たか?」
「まだだね。シャワーしてたから」
「朝からシャワーって……どうせ宇宙船の中は快適な温度なんだから、二日か三日に一度で充分だろ」
「きったないねえ。毎日シャワーやれ。どうしてもできない時は仕方ないが、できる余裕あるだろ?」
「へいへい、従いますよ」
毎日シャワーするのは面倒くさいのか、返事からも面倒そうな様子が混じっていた。
ワープゲートの方を見るよう言われたため、メリアは操縦室に向かいながらファーナに近くの映像を表示させるよう指示するが、映像を目にした瞬間、乾いたタオルで濡れた髪を吹いていた手が止まる。
「……これはまた、ずいぶんと大変そうだ」
「映像を見ている間、わたしが代わりに拭きましょうか?」
「やめろ」
そこには、共和国に通じるワープゲートから次々と船がやって来ているせいで、検査などが追いつかない様子の警備艦隊が映っていた。
どこかに逃げられないよう、軍の一部が大型船などを派遣して目を光らせているが、そのせいでワープゲート付近にはどんどん検査待ちの船が溜まっていくという有り様。
「こうなることは予想していたが、思っていたよりも早いね」
「一般人と海賊。それが混ざっていては、検査にも時間がかかり、その間にも増えていく。昨日のうちに動いていてよかったですね」
「……長い一週間になりそうだ」
レラーハ星系に到着してからまだ二日。
検査を抜け出してきた海賊を自分の配下にし、公爵であるソフィアが準備を整えたあと、海賊たちを一掃するというのが大まかな予定。
生きたまま刑務所か、抵抗して戦闘で死ぬか。そこに多少の違いはあろうとも、海賊をどうにかするという意味では違いはない。
「配下にした奴ら全員に一度連絡。今後の動きについて話し合う」
「はい。文章を送っておきます」
今いるのは、不法投棄されたゴミが集まっている宇宙空間の一角。
一時的な隠れ家として使っていたが、ここにいては周囲に影響を与えることはできない。
数分後、全員から返事が来るので話し合う。
「さて、ワープゲートが渋滞してるのはどうしてなのかわかる奴」
「……リーダー、あんたわかっていて聞いてるだろ。まあ、危ない共和国よりは安全な帝国でほとぼりを冷ます、ってところじゃないのか」
「とはいえ、海賊だけだとバレる可能性が高まるので、一般人にもここへ向かうよう仕向けた奴がいるかもしれません」
「共和国軍とやり合うくらいなら、金をかけてもそうする者はいるでしょうな。なんなら、普段いがみ合う海賊同士が一時的に協力している可能性も」
それぞれの意見を聞いたあと、メリアは数秒ほど考え込む。
「もし、逃げてきた海賊たちを取り込むとか言ったらどうする?」
「好きにしたらいい。今はあんたが俺たちを率いている」
「多少は選別してほしいです。あんまり無能はちょっと……」
「野心が強い者も、避けるべきかと。ここは共和国より安全とはいえ、やはり危険なことには変わりないのですから」
「よーし、意見はわかった。使い物になる奴だけを引き入れるとして、あの検査を無事に抜け出した者なら文句はないな?」
軍が目を光らせている関係上、検査を拒否して逃げ出そうとした船は、即座に攻撃が加えられる。
シールドがあるので船体が完全に破壊されるまではいかないが、無力化された船には兵士などが直接乗り込むため、そうなれば逮捕は免れない。
選別としてはちょうどいいため、分散して人集めをすることに。
でかい組織になる。そうなれば、でかいことができる。
そう話すことで、これといった目的のないまま人集めしても怪しまれない形を作ったあと、メリアはワープゲート付近のコロニーに目を向ける。
「さて、あたしは他の奴らと被らないところに行くとして」
一般人の乗る船が行き交う航路を進んでいると、一隻の船が近づいて通信をしてくる。
それは見知らぬ船であったが、メリアは無視せずに出た。
「はい、なんでしょうか?」
「メリア・モンターニュ殿。公爵閣下より、あなたにお伝えすることがあります」
「……移動しながらでお願いできますか」
「では、そちらに速度を合わせます」
わざわざ、ソフィアから連絡を取りに来た。
いったい何事か疑問に思っていると、その理由がすぐに語られる。
「共和国より予想以上の人が来ているのに合わせて、他の星系でも怪しげな動きが確認できたため、一週間の予定が二週間に伸びるとのこと」
「……誰が裏で動いているとかの予想は」
「今のところは不明。わかっているのは、公爵閣下への嫌がらせということのみ」
「今後も、このようなメッセンジャーが?」
「はい。秘密裏にしなくてはいけないため、実際に話せる機会は少ないですが」
「ソフィア殿にお伝えください。今は海賊としての規模を拡大している最中であり、近いうちに人命以外の被害がこの星系では増えると」
「お金だけで済むのなら安いことです。それでは失礼します」
銀河の三分の一を支配している帝国。
その公爵という地位は、かなりのお金持ちでもあることを意味している。
複数の有人惑星からの税収、資源のある惑星や衛星の権利、その他にも様々な収入が、フランケン公爵たるソフィアの財産となるわけだ。
つまり、お金でどうにかできる類いの被害なら、どれだけのことが起きようとも痛くも痒くもない。
「…………」
「メリア様は公爵になりたかったですか?」
「いいや。伯爵で充分だよ。今のところ、領地は水しかない惑星だけだから、仕事して稼がないといけないが」
メリアはやれやれといった様子で言う。
なんでも屋として、公爵からの仕事を受けているが、やっていることは結局海賊。
苦笑するしかないわけだが、それを見たファーナは、操縦席に座っているメリアの上に無理矢理座った。
「おいこら」
「たまにはこうしてもいいとは思いませんか?」
「機械の体は重い、それにこっちは運転してるんだぞ」
「じゃあ重力を弱めます」
今となっては、人工的に重力を作ることのできる装置は宇宙船の標準装備と呼べるくらいに普及しており、小型船を遠隔操作できるため、ファーナは船内の重力を一時的に弱めてしまう。
「これでコロニーにつくまでの数十分は、密着していられるわけです」
「……前から思ってたけども、妙にベタベタ引っ付くね」
「そうしたいから、そうするまでです。そういえば、そろそろ遺伝子情報を新しいものに更新したりとか」
ファーナの動かす少女型の端末の手が、メリアの口元へと伸ばされる。
当然ながら、口の中に侵入してこようとする手を避けるメリアであり、数分ほど無駄なやりとりが続く。
「なぜ避けるのですか」
「避けるに決まってるだろ馬鹿」
「抵抗するなら出会った時みたいに口同士でいきますよ。具体的には舌で、ですけど」
「この船から追い出すぞ」
「やれるものならどうぞ。この端末は、コンパクトでいながら強力で頑丈なため、人間には負けません」
離れようとしないファーナに根負けする形で、メリアは機械で構成された指を数秒ほど咥える。
そして指が離れたあと、盛大に舌打ちをした。
「厄介な人工知能に、このくそったれな端末を、よくもまあ当時作れたもんだ」
ファーナの動かす少女型の端末は、端的に言ってかなりのお金がかかっている。
ほぼ人に近しい姿を維持しながら、頑丈さと軽快な動きを両立し、しかも最低でも十を超える数が生産されている。
もし、現代で同じような代物を作る場合、いったいどれほどの費用がかかることか。
「メアリ・ファリアス・セレスティア。製造費用や期間については、メリア様のオリジナルである、わたしの生みの親に聞いた方が早いかと」
「……まあ、当時を知ってて今も生きてるのはあいつしかいない。人と物を動かしたあいつに聞くのが妥当ではあるんだろうが」
そもそも根本的なところで気に食わないため、メアリに聞くことはできるだけ避けたい。
そんなことを考えてるうちに、検査を逃れただろう海賊が潜むコロニーに到着した。
昨日訪れたところとは別のコロニーである。