270話 交渉と妥協
「現在の大まかな状況は? わかる範囲でいい」
「囚われのメリア様を救出するために、セフィは自らの血を使って他人を操り、マクシミリアンの妨害を行いました。それにより混乱を引き起こし、どさくさ紛れに直接会って操ろうとしましたが、さすがに気づかれてしまい、今は追われている身といったところです」
極秘の研究所に潜入し、破壊工作を仕掛け、この中央管理局に入り込む。
それはなんとも大胆な一手であるが、特異過ぎる血を持つセフィだからこそ可能な方法。
しかし、顔を見るまではいけたが、血を摂取させることはできず、ルシアンと共に逃げて抵抗している。
「ここに配置されていた奴らを見る限り、マクシミリアンが即座に動かせる戦力はそこまで多くない」
「一応、何も知らない公務員が普通に働いている施設ですから。セフィがいる階層は人払いがされているので、そこそこの戦力が投入されていますが、今のところはルシアンが頑張っています」
「……そんなに時間的な猶予がない。となると、狙うべきは組織の頭だね」
メリアは武装しているとはいえ、セフィを助けに行ってもほとんど役に立たない。
結局のところ、人間が一人でできることには限りがあるからだ。
最終的には包囲されて戦力差から負ける。
ファーナが支援をしようにも、乗っ取れるロボットの中に戦闘ができるようなものはない。
ならどうするべきか?
命令を出しているマクシミリアンを捕まえて、無理矢理にでも戦闘をやめさせるしかない。
「マクシミリアンの居場所はわかるか?」
「大まかな位置は」
「それで充分だ」
カメラの映像を偽装することにより、メリアの脱出は気づかれていないが、それは人が直接来るまで。
知られたなら、一気に警戒が強まるため、メリアはファーナに案内に従って通路を走る。
「今ならまだエレベーターが使えます」
「よかったよ。階段は疲れるからね」
ちょうど、何も知らない公務員が降りてくるので、入れ替わるように乗り込むと、目的地となる階層へのボタンを押す。
「視線は向けられたが、怪しまれていない。ここにいる者にとって、マクシミリアンの持つ戦力が動き回るのは当たり前のことか」
「クーデターから日が経っていないのが理由かと」
「ま、今のあたしにとってはありがたい」
目的の階層に到着したあと、マクシミリアンを探すのだが、部屋はいくつも存在し、その分だけ多くの扉がある。
一つ一つ開けていては時間がかかりすぎるため、ひとまず通信機器のあるところに入ると、奪った装備品を経由してファーナを侵入させる。
「調べられるか?」
「やってみないことにはわかりません」
人間では不可能なことも、人工知能なら可能。
それがまともではないものなら、なおさら。
数分後、詳細な位置を特定したとのことなので、案内されつつ急いで向かう。
そして武器を構えたまま指定された部屋に入ると、数人の護衛と共にマクシミリアンがいた。
「まさか……撃て! あれは敵だ! 変装している!」
「ちっ、気づくのが早い。あと数秒遅ければ」
扉を挟んでの撃ち合いとなるが、時間が惜しいこともあってメリアは撃たれること覚悟で内部への突撃を行う。
腕や足にビームが命中し、少し遅れて焼けつくような痛みが襲いかかるが、怯むことなく護衛を狙って撃つ。
一人、また一人と無力化していくと、護衛が落とした武器を拾ってマクシミリアンは抵抗しようとする。
「交渉だ……戦闘は終わりだ……ぐっ」
手足だけでなく、胴体も負傷しているせいで、メリアは苦しげな声を出してふらつくが、なんとか立ったまま倒れないように耐える。
それを見たマクシミリアンは、好機とばかりに引き金に指をかけるが、その時通信が入る。
「マクシミリアン様、増援をお願いします。既に部隊の半数が倒れ、このままでは逃げられる可能性が」
「……なんたる、ことだ」
「ははっ、どうやら、向こうは向こうで大変らしい。それで、どうするのか答えを聞きたいが」
「戦闘中止……各員、引き上げろ。……それで、どんな交渉を私としたいのか、お聞かせ願おうか」
二つの戦場、そのどちらにおいても思うようにならないことを知ったのか、マクシミリアンは険しい表情を浮かべたまま戦闘をやめるよう命令を出したあと、メリアに対して睨むような視線を向けた。
「このまま、あたしたちを見逃すこと」
「こうも荒らされては、厄介な限り。それで済むなら、受け入れるしかない」
「それじゃ、一緒にあの子のところへ行こうか。人質として来てもらうよ」
まずはセフィとの合流、その次は今いる建物からの脱出。
ただし、口約束だけでは信用できないこともあって、メリアはマクシミリアンを人質にした状態で共に歩いていく。
「到着するまでの間、少しお喋りでもしようか」
「何が聞きたい」
「リユニファイ・アライアンスという組織をどうして作ったのか」
「…………」
「共和国においてクーデターを成功させた。つまりはそれだけ巨大な組織であるわけだ」
「個人の持つ組織としては、かなり大きいことは認めよう」
「共和国主導による帝国の再統一。それをする意味はなんだ。最終的に世界を一つにして、自分がその頂点にでも立つのか」
今の銀河は三つの国に分かれており、多少の問題はあるとしても上手く世の中は回っていた。
もし共和国が帝国を呑み込んだなら、残る星間連合は戦わずして降伏するかもしれない。
つまり銀河は一つの国に支配される。
「はははは、そこまでは望まない。だが、そうだな……あえて言うなら、機会があったから取りに行ったまで」
「機会、ね」
「帝国は内戦によって消耗し、さらには皇帝が降りることで権力の空白が生まれた。これ以上ない好機だったが……君が面倒見ている少女がいただろう? あの子のせいで私の計画は砕かれた。ワープ装置の開発は一からやり直しとなり、その間に帝国は立ち直るだろう」
「なるほど。けどね、あたしが聞きたいのはそっちじゃない」
脅しとして銃口を押しつけると、マクシミリアンはやれやれとばかりに頭を振り、両手をあげてみせる。
「そんなに大したことじゃない。元々は、名もない組織だった。私の可能性、私のクローンが、どのような“もしも”を歩むのか把握し続けるために人を雇ったのが始まり」
「クローンに今の自分とは異なる人生を歩ませ、それを観察する。まったく、ろくでもないね」
「君はそう言うがね、考えたことはなかっただろうか? もしも、海賊ではない自分はどのような日々を過ごしていたのか、とか」
それはわかりきった答えである。
貴族の令嬢として育てられていた。
ゆえに、あのまま行けば一般的な貴族の当主となっていただろう。
海賊を経由し、当時は生きていた皇帝に家を再興されるようなこともなく、他の貴族との婚約に頭を悩ませる日々があったはず。
そこまで考えたところで、メリアは自嘲するような笑みを浮かべた。
「今よりも裏社会のことに疎い、世間知らずなガキのままだったろうね」
「そう卑下するものでもないだろうに。私を追い詰めたのだから。……それでさっきの続きだが、人を雇っていくのも早い段階で限界が訪れた。たまにだが、私のクローンに買収されたりして、知りたい日々を知ることができない場合があったりしたのだよ。なので忠誠心ある者を増やすことで対応した」
「……改めて聞きたいけどね、いくつなんだ」
「かなり長く、としか言えない。まあコールドスリープを使うことがあるとだけ言っておく。あとはそれで察してくれたまえ」
人質として銃を突きつけられているにもかかわらず、マクシミリアンは堂々とはぐらかした。
「まあいいさ。次のこれをやってくれるなら、これ以上深くは探らない」
「海賊の討伐、かね」
「ああ。帝国に侵攻するのではなく、共和国にいる海賊をどうにか減らすこと。それを約束できるなら、あんたを殺さずに済ませる」
「お優しいことだ」
「むかつくけどね、消すよりは利用する方がいいと判断したんだ。それが間違いでないことを証明しろ」
「……致し方ない。君の望む通りに、私は努力しよう。千載一遇の好機を台無しにされたが、それでも」
お互い、相手のことを快く思っていない。
特にマクシミリアンは、一瞬とはいえ怒りに満ちた視線を向けてきたが、どちらもいくらかの妥協を行うことで、ひとまず今回の出来事は終わりを迎えることになった。
セフィとルシアンと合流したあと、メリアは中央管理局から去り、着替えてから無人タクシーを使い、軌道エレベーターへ。
そこで一度ルニウたちに連絡を試すと、やや時間がかかったが無事に繋がった。
「無事でなによりです」
「うぅ、よかった~」
「喜ぶのはいいけど、いつ迎えに来れる?」
「二日ほど待ってください」
トレニアにいるファーナから、大まかな予定を聞いたあと、通信を切ろうとするも、その前にアンナが慌てた様子で画面の外から割り込む。
「ち、ちょっと待ったー! 今、私と話す前に切ろうとしたでしょ」
「アンナか」
「お礼とか期待してるから。いいでしょ? ね?」
「はいはい。わかってる。あまり期待はしてほしくないけど」
今度こそ通信は終わるが、待つ間することがない。
それを見越してか、セフィは服を軽く引っ張って注意を引いてくる。
「お母さん」
「うん?」
「しばらく二人きりですね。一緒に辺りを巡りませんか? 親子として、ちょっとした旅行です」
「刺激的な旅行だよ。本当に」
宇宙港の中、メリアは苦笑しつつセフィの手を取ると、一緒に人混みの中を歩いていく。