268話 恐るべき侵入者
都市から離れたそこは何もない平原が広がっていた。
基本的に有人惑星は無節操な開発が制限されているため、軌道エレベーターから離れるほど自然に満ちた景色を目にすることになる。
一応、小さな建物があるにはあるが、それは気象を観測するためのものでしかない。
「そろそろ到着します」
「あの建物以外、周囲には何もないように見えます」
「地面に目を向けてください。私たちが近づいたことにより、偽装は一時的に解除されます」
小さな振動と共に、目の前では地面が動いていく。
十秒ほどが過ぎると、操っている男性が指し示す先に巨大な縦穴が存在していた。
入り込めるのは小型の宇宙船くらいだが、かなり深いところまで続いている。
「あの穴は?」
「輸送用の宇宙船が出入りするための簡易的な港です。軌道エレベーターは、荷物の検査などでどうしても遅くなるため、急を要する場合は大気圏を突破できる宇宙船で運び出すのが手っ取り早い。あとは、地上での行動は人工衛星で見られますが、地下ならよっぽどのことが起きないと気づかれないので」
極秘の研究所があると思わしき場所に到着したあと、助手席に座っているセフィは、運転席にいる男性に尋ねる。
幸い、操っている状態なので快く答えてくれた。
とりあえずの疑問は解決したが、気になることはまだあった。
「どうやって地下に?」
「リユニファイ・アライアンスの一部の者だけが知っている通路を利用します」
セフィだけが持つ人を操る血。
それを摂取している男性は、ただ忠実な存在として行動する。
まず近くの建物に車で向かう。
するとシャッターとなっている部分が開くため、そのまま中に。
「あー、もしもーし? 見たところ、車内に部外者がいるようだが」
どこからか、車に対して通信が入る。
基本的に人が来ないのか不真面目な感じではあるが、さすがに知らない者を適当に通すほどではないようだ。
「大事な客人だよ。音声通信では証明できないから、直接確認してくれないか」
「ふーん? 怪しい動きをしたら報告しないといけないからしないでくれよ。仕事が増えて面倒だから。というか、ここに来るなら外から中の人間が判断できない窓とかやめてくれと思ったね。ぼやけて男か女かもわからない」
コンクリートの床を、硬い靴が歩く音がしてくると、助手席側の窓が軽く叩かれる。
セフィが窓を開けると、男性の顔が現れるため、すぐさまその顔に対して霧吹きを使う。
「うっ……」
「何も怪しい者ではありません。この車に乗っているのは、全員がリユニファイ・アライアンスの一員です。そうでしょう?」
「……ああ。その通りだ。確認は済んだので下に送ろう」
「それと、あとで顔を洗っておいたほうがいいです」
「わかった」
一瞬のやりとりだった。
監視カメラがあったところで、何が起きたか理解するのは難しいだろう。
新しく操られた人物により、何事もないまま車両用のエレベーターへと移動し、ゆっくりと下へ降りていく。
「……恐ろしい子どもだよ。どこで作られたんだか」
「それを知るのは、深入りすることになりますよ?」
小さな霧吹きが、褐色の肌をした手の中で行ったり来たりを繰り返す。
「……いや、やっぱりいい。知らない方がいいことだってある」
セフィに脅され、その手足となっている犯罪者の集団。
リーダー格の女性は、セフィについて知ろうとしたが、血と水が混ざった霧吹きを目にすると、顔をしかめながらも引き下がる。
あまりにも明確な脅しだったからだ。
今のところ、自分たちは操られていない。脅されて言いなりになっているものの。
もし操られた場合、何を命じられるか想像するだけで恐ろしい。
「ただ、ここに来て何をどうするのか、今後の大まかな予定とかは聞きたい」
「ワープ装置の開発の妨害をする予定です。問題は、どこまで入り込めるか、ですけど。それ以外は決まってません」
「……それはまた、なんとも心強い計画で」
行き当たりばったりというセフィの答えに、操られていない者たちは不安そうにするも、今更ここから逃げることはできない。
やがて目的の階層に到着したのか、エレベーターは停止する。
「速度と時間的に……地下二十階ですか? ここは」
車はゆっくりと通路を進んでいき、少しすると駐車場へと出る。
そこで車から降りるのだが、周囲を見ると他に数台あるかないかといった程度。
「車が少ないですね。外部から人が来ることは少ないんですか?」
「はい。特にここ最近は、ワープ装置についての情報が漏れることを防ぐため、人の行き来には制限がかかっています」
「そうですか」
そんな時に、簡単に内部へ侵入するセフィたち。
人を操ることのできる血なんてものは、誰にとっても想像の範囲外。
それを警戒して対策するのは、不可能に近い。
宇宙服を着ていれば、粘膜から血を摂取せずに済むが、ここは空気のある惑星の地下。
誰もが素顔を出しているので、操ることは難しくない。
「責任者に会うことはできますか」
「可能です。少し、待っていてください」
駐車場から進んだ先は、やや広い空間となっており、そこからいくつかの通路に分かれていた。
セフィはファーナが入っている小型の端末を弄る。
声ではなく文字を打ち込んでやりとりするのだ。
ハッキングを行うことができるか質問すると、有線で接続できればという答えが返ってくる。
ただ残念なことに、この場に接続できるところはない。
「……れは、いったいどういう……」
「……については、実際にお会い……」
少しすると、遠くから声が聞こえてくるようになる。
操った男性とここの責任者が話しているようだが、あまり関係性が良いとはいえない。
「失礼ながら、本当に許可を得ているのですか?」
セフィの目の前に現れた研究者らしき男性は、出会い頭に険しい表情でそう言うと、セフィだけでなく背後の者にも怪訝そうな視線を向ける。
「今日、来る予定の者は誰もいません。なのに、やって来るというのは」
「これには理由があります」
「ほう? 理由、ですか」
一応、渋々といった様子ながらも話を聞く姿勢を見せてくれるため、セフィは近づくと霧吹きを顔に吹きかける。
当然ながら相手は怯み、怒りに満ちた表情になるも、指示を出した瞬間に怒りは消え失せた。
「最もセキュリティが厳しい場所に連れていってください」
「……一人だけならば。それ以外は私の権限でも不可能です」
この研究所の責任者についていくセフィ。
それ以外の者は待機となる。
巨大な縦穴があったが、それに見合うくらいには内部は広い。
そのせいか人と会わないが、これは開発しているワープ装置に問題が発覚したため、そちらにほとんどの者が集まっているのが大きいとのこと。
他にも問題がないか確認し、同時にどう改良していくかも考えないといけないらしく、一時的に人が少なくなっているという。
徒歩で数分ほど歩いたあと、機材や書類のある部屋へ到着する。
「ここは?」
「私の部屋になります」
早速、色々と物色していくセフィだったが、正直言って理解が難しいものばかり。
それくらいには最先端の研究や開発が独自に進められている。
これはお手上げとばかりに、近くの大きな端末へ、ファーナが入っている端末を有線で接続した。
「ファーナ。あとを任せても?」
「普通なら、なんて無責任な、と言う場面ですが、ここまで来れた時点でそれは言えません。機密ということで厳しいセキュリティがあるところを、有線で直接侵入できてるので。……それに興味深いデータに満ちてますから」
「消すだけでなく、盗むつもりですか」
「なので、わたしが戻るまで地上付近で待っていてほしいですね」
「あの人のためになるなら」
あとはハッキングできるファーナに任せればいい。ここまで運んで接続した時点で、自分たちの勝利は決まったようなもの。
マクシミリアンが計画する帝国への侵攻、そして再統合は、これで白紙となる。
それはリユニファイ・アライアンスという秘密結社に大きな動揺を招く事態となり、囚われの身のメリアを助ける大きなチャンスにもなる。
「侵入完了したので、接続した端末は引き抜いても大丈夫です」
「それでは、またあとで」
あとは地上に戻るだけ。
連れてきた犯罪者の集団は、セフィに何も命じられずに済んだことを喜んでいたが、それは短い夢だった。
残る全員の顔に霧吹きが吹きかけられる。
「今回、この研究所に甚大な被害をもたらしたのは、あなたたち。ここには褐色の肌をした子どもは訪れていない。いいですね?」
「……わかった。私たちが、ここに来て、細工を」
「それと出会ってから今までのことは忘れてください」
忘れろといって忘れさせる。
いくら人を操れるとはいえ、セフィの出した指示は普通は思いつかない。
しかし、自分の血のことは自分が一番よく理解している。それゆえの命令というわけだ。
地上に出たあと、犯罪者の集団は建物の中で待機する。何も知らない身代わりとして、捕まるのだ。
「終わりましたよ」
十分、二十分と過ぎていくと、ぼろぼろな端末から声が聞こえてくる。
それはファーナのものであり、つまりはやるべきことを済ませてきたことに他ならない。
「仕込みは完了。データの抜き取りも。もう出発してもいいですよ」
「どんな仕込みをしてきたんですか」
「まずはデータの消去を。さらには遠隔操作できる機械を暴れさせ、ついでにワープ装置を搭載した宇宙船を含めて自爆できるところを自爆させましたが」
「また大勢亡くなりそうなことを」
「大丈夫です。逃げる時間は用意したので。それに、逃げて報告してくれる者がいないと、混乱を起こせない」
「次はメリアさんの救出です」
「それについては、メリア様が暴れてくれると居場所の特定が楽なのですが。まあ、マクシミリアンを操ることができればすべて解決とはいえ、油断はしないように」
やるべきことはやった。
あとはメリアを助けるために、マクシミリアンに直接会って操るだけ。
セフィは誰もいなくなった後部座席に目を向けたあと、座席を軽く倒して一休みする。