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265話 町中にある犯罪者の拠点

 「言われたものを買ってきた」

 「そこに置いてください」

 「はぁ、こんな子どもの使い走りとは」


 カバン、小さな霧吹き、裁縫に使う針、機械の部品、いったい何に利用するのかわからない様々な物が、セフィの近くに置かれていく。

 今いる場所は、古びた一軒家。

 誘拐しようとしてきた犯罪者たちは、周囲にいくつかの拠点を持っているとのことなので、そのうちの一つを利用することをセフィが提案し、とある人物を救出するための下準備が行われていた。


 「現地に暮らしている人なら、色々買っても怪しまれないので」

 「それで、いったい何をするつもりなのか教えてもらうことは?」

 「見てればわかりますよ」


 キッチンに接しているリビングにおいて、セフィは針で自らの指先を刺す。

 するとわずかながら血が出てくるため、水の入った霧吹きに、血のついた指先を突っ込み、軽くかき混ぜる。


 「……血を水で薄めてるみたいだけど」

 「うわ、ちょっとかと思いきや、そこそこ赤くなっている」

 「もしや、あれを人にかけるんですかい……?」

 「もしかして、やばい組織のお嬢さんなんじゃ……」


 普通はしない行為に、大人たちは全員が驚き、そして引いていた。

 子どもの手のひらにも乗るくらいの、小さな霧吹き。

 やや赤みがかった液体に満ちたそれは、五本ほど用意される。

 その代償として、セフィの指はいくつかが怪我した状態になるも、針が刺さる程度なら市販されている医療品ですぐに治すことができる。


 「とりあえず、道具は揃いました。次は、中央管理局で働いている人と、一対一で話せる環境を用意してほしいです。できますか?」

 「できるかできないかで言えば、できるよ。ただ、情報知ってそうな奴は時間と金がいる」

 「情報を知らない末端なら?」

 「数時間もあれば連れてこれるけど……何をする気だ? 足がつくようなことはやめてもらいたいね」

 「大丈夫です。ちょっと“お話”をするだけなので」

 「はぁ……わかった。とりあえず待っててほしい」


 誘拐しようとした者のうち、リーダー格の女性はセフィに対してかなり怪訝そうな視線を向けていたが、やれやれとばかりに頭を振ると、部下たちには待機するよう指示して一軒家から出ていく。


 「ええと、お嬢さん、あんた何をするつもりで血を薄めた水を?」


 待っている間、当然といえば当然な質問がされる。

 霧吹きの中を、血と水を混ぜた液体で満たす。

 これはもう明らかに、その中身を他人に吹きかけるようにしか思えないわけだが、この場にいる者の中でセフィ以外に使い道を理解している者はいない。


 「秘密です」

 「えっ」

 「世の中には、知らない方がいいことがそれなりにあります。あなたたちはあの女性と一緒に犯罪をしてきたのだから、わかるはずだと思いますけども」

 「それはまあ……そうだが」

 「知るべきじゃないことを知って消される。これまでにそういう奴らを見てきたことあるから、否定できねえ」


 十五歳の少女相手にたじたじとなる大人たち。

 一見すると情けないように思えるが、肝心の少女の正体や目的がわからず、しかも強力な護衛を連れているとなれば、ある意味では仕方ない。


 「ところで、あのサイボーグ犬は、どこで手術を?」


 無言のまま待ち続けることを避けたいのか、男性の一人は少し離れたところにいるルシアンを見ながら言う。

 リーダー格の女性のペットらしき犬と遊んでいるサイボーグ犬。

 一見すると、サイボーグとしての機械的な部分が見当たらない普通の動物だが、その肉体は生身ではない。

 機械の頑丈さと、動物的な柔軟さが両立されており、一般的な病院でできるような手術ではないことはすぐに理解できる。

 それゆえの質問だったが、セフィとしては本当のことを言うわけにもいかない。

 少し迷った末に、わずかな笑みを浮かべて頭を横に振る。


 「詳しいことは知りません」

 「そうかい。となると、ペットをサイボーグ化したものの、維持する費用が高額になったから捨てるような奴から手に入れたとかか?」

 「それはまたひどい話です」

 「俺たちが言うのもあれだが、一般人ってのはなかなか悪どい」


 ペットの面倒を見れなくなるから捨てる。

 これは大昔からあるのだが、サイボーグ化された存在でも捨てられることはそれなりにあった。

 一般的な動物と違い、人間に大きな被害を出す可能性があるため、生きたまま捕獲されることは滅多にない。

 つまり、サイボーグ化された上で捨てられたペットというのは、大抵はろくでもない結末を迎えることになるわけだ。


 「一応言っておきますけど、拾ったわけではありません」

 「まあ、詳しくは聞かないさ。訳ありな奴から色々聞いても、大体は聞いてるこっちが滅入ることになるから」


 そういう経験があるのか、肩をすくめてみせる。

 犯罪者として活動しているからこそ、世の中のろくでもない部分を目にする機会は多いのだろう。

 それから程なくして、チャイムが鳴る。

 慌ててセフィたちはリビングから別室に移動すると、やや遅れて二人の女性が入ってくる。

 一人は犯罪者の集団の中でリーダー格の人物。

 そしてもう一人は、制服を着た気弱そうな公務員。


 「今まで大変でしたでしょう? しかし、これからは違います。私の言う通りにすれば、儲けることができますよ」

 「は、はい」


 明らかに、詐欺を行う者と騙されている者という図なわけだが、セフィにとっては些細なこと。


 「こんばんは」

 「え、ええと、こんばんは」


 ゆっくりと出てきて、ぺこりと頭を下げたあと、公務員の女性に対して自分の血が混ざった水を吹きかけた。

 いきなりのことだったので相手は対応できず、目、鼻、口といった粘膜の部分にしっかりと入る。


 「うぇっ!? ぺっぺっ、いきなり何を」

 「聞きたいことがあります。答えてください」

 「……はい」


 出会い頭に顔へ霧吹きを使われる。

 これは普通なら抗議するところだが、セフィが指示すると女性はすぐさまおとなしくなる。

 そんな姿を目にし、少し前に誘拐しようとしていた犯罪者の集団は、さすがに驚いた様子でいた。


 「な、何がどうなって」

 「人を操る……?」

 「速効性があり過ぎる。どんな薬物でもあんなことは」

 「あれの中身って、水と血だろ……あり得ねえ」

 「皆さん、これをかけられたくないなら黙っててください」


 セフィがそう言うと、全員が口を閉じて微動だにしない。

 訳のわからぬ子ども。

 白く長い髪に赤い目、褐色の肌を持つ彼女は、普通ではあり得ないことを実現させている。

 自分たちも同じ目に遭うのを避けるため、全員が音を立てずにリビングの隅にそっと移動した。


 「さて、いくつか質問をします。返事は、はいかいいえで。マクシミリアン・レイヴンウッドという人物と至近距離で会ったことはありますか?」

 「いいえ」

 「なら彼に普段会っている人物を知っていますか」

 「いいえ」


 結局は末端の者。

 クーデターを成功させた人物とは無縁なようで、セフィは見切りをつけたのかやや残念そうな表情になる。


 「では、周囲から怪しまれずにあなたの上司を連れてくることは可能ですか?」

 「はい」

 「それはいつで、何時くらいになりますか?」

 「明日、私が道案内を兼ねて上司と一緒に外回りをするのでその時に」

 「監視カメラのない場所を知っていますか」

 「はい。地図では、こことここになります」


 片手で持てる小型端末の画面上には、付近の地図が表示され、監視カメラの目が届かないところが記されていく。


 「どのような場所ですか」

 「私が外回りをする時、少しだけサボるための場所です」

 「わかりました。この中で明日通る場所は?」

 「ここです」


 印のついた地図の一点が示される。

 セフィはそれを記録したあと、公務員の女性の顔をタオルで拭いて綺麗にする。


 「今回のことは他言無用です」


 服にはついていないため、拭くのはすぐに終わった。

 そして最後は口を開けさせ、口内に血の混ざった水を集束させた状態で放ち、飲み込ませると、今回の出来事を喋らないよう念押しした上で帰らせた。


 「明日の用意をしたいので、夜ですが下見に行きましょう」

 「…………」


 目の前で起きた異常な光景に、誰もが声を失っていた。怯えていると言ってもいい。

 だが、彼女らにセフィを排除することはできない。

 ルシアンという護衛がいるために。

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