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263話 もしも違う自分なら

 「さて、行くか」


 翌日、メリアは全身に大小様々な武装を隠し持ったまま、大きな鏡の前で最後の確認をしていた。

 パッと見た限りでは、ただの裕福な女性にしか見えない格好だが、カバンにはビームブラスターを入れており、ヒールの高い靴の踵には小型の爆弾を仕込んでいた。

 長いスカートの内側、正確には太ももの辺りに金属製のナイフを身につけ、予備のエネルギーパックもあったりする。

 検査されたらすぐに気づかれるが、マクシミリアンから武装してもいいという言葉を得ているため、他人から見られても怪しく思われないギリギリの武装をしているわけだ。


 「ファーナ、ルニウ、セフィ、あたしが戻って来なかったら捕まったということだから、その時は救出を頼んだよ」

 「お任せください。だいぶ荒っぽいことになるとは思いますが」

 「頑張ります。ただ、相手が相手なので時間はかかるかもしれないんで、そこは大目に見てくださいよ」

 「もしそうなったら、この血の力を使って人を操ります。できるだけ殺さずに済ませるためにも」


 三人の反応を目にしたメリアは、一度頷くと、昨日と同じようにマクシミリアンへ会いに行く。

 共和国政府が存在するその建物は、クーデターがあったからか武装した者があちこちにいる。

 そこまで重武装ではないので戦闘になれば武器を奪うことはできるだろう。

 とはいえ、さらに重武装な者や機甲兵が投入されたらどうしようもないため、敵対はしない方がいい。


 「すみません。マクシミリアン・レイヴンウッド殿はどちらに? 私はメリア・モンターニュと申します」

 「少々お待ちください……確認が取れましたのでご案内いたします」

 

 受付に向かい、メリアは自分の名前を言ってからマクシミリアンと予定があることを伝えると、彼がいる階層と部屋へ早速案内される。

 到着すると案内人はすぐに去っていくため、メリアは中に入るのだが、そこには笑みを浮かべたマクシミリアンがいた。


 「やあ、指定した時間通りに来てくれて助かるよ。今日のためにスケジュールには余裕を持たせているが、時間を守れない人というのは、それだけで評価が下がるからね」

 「なんというか、ずいぶんと……」

 「フレンドリーだろう? 昨日みたいに堅苦しいよりは、その方が色々と話せる。なにせ、ここにいるのは我々二人だけなのだから」

 「では、まず聞きたいことが……」


 質問しようとするが、すぐに止められる。


 「待った。ここでは人の耳が気になる。もっと盗み聞きされない場所へ向かおう」

 「どこへ?」

 「私の私物がある一室。人によっては物置と言えるかもしれない。……そこには、私のクローンがどうなったのかの軌跡を記録した端末もあってね。当然ながら盗聴や盗撮対策はバッチリ。いかがかな?」

 「お邪魔したいと思います」


 共和国政府そのものと呼べる巨大な建物。

 その内部は大勢の人々が行き交う。

 有名人となったマクシミリアン、そして彼に同行するメリアには多くの視線が突き刺さる。

 とはいえそれは一過性のもの。

 歩いていくうちに減っていき、やがてやや狭い部屋に到着する。

 中は物がなくて片付いているが、大きな端末とメモリーカードらしき代物で机の上は埋まっていた。


 「このメモリーは……」

 「私のクローンたちの軌跡が、中に記録されている。もしも、今とは違う自分であったなら? スポーツ選手、料理人、童話作家、動物園のスタッフ、トラックの運転手。様々なもしもの集まりが、ここにある」


 マクシミリアンはそう言いながら、一つのメモリーカードを端末の中に差し込む。

 すると、読み込みのあと画面は切り替わり、大雑把ながらも、生まれてから死ぬまでの間に何をしてきたかが記されている文章が表示される。


 「写真や映像は、別のページにある」

 「……そういう記録を残せるということは、クローンの側にはあなたの配下などが常にいると?」

 「そう考えていい。それでもわからぬ部分については、想像で補うしかないが、それもまた面白いものでね」


 自分のクローンに、今の自分とは異なる人生を歩ませ、それを観察したり記録して楽しむ。

 はっきり言って異常者だが、それを可能とするだけの繋がりを持っていることに他ならない。

 資金、人員、その他にも様々な部分で、個人が持てる以上の何かがある。


 「教授と名乗る彼にはいくつもの名前があった。しかし、始まりの名前はしっかりと記録されている。アンダーソン。それが彼を拾い育てた者が名付けた名前。しがない海賊に拾われた彼は……」

 「続きを聞く前に、お尋ねしたいことが」

 「何かな?」

 「教授は、彼はかなりの高齢でした。それゆえに若返りという手段を求めた。……マクシミリアン・レイヴンウッド。あなたはいくつなのですか?」


 教授という人物はクローンだった。

 ならば、オリジナルの年齢はそれ以上なのは確実。

 外見だけなら、整形することでどうにでもなる。加齢によるシワを取り除くことなどは特に。


 「……おや、私については少し検索すれば出てきますよ。共和国の議員なのでね」

 「表に出てきているプロフィールのうち、どれだけが真実なのでしょうか。偽ることは難しくありません。お金や人脈を持っている側であるなら」


 しばらくお互いに無言となる。

 メリアは警戒したままいつでも武器を使えるように備えており、マクシミリアンは表情を消して散らかっている机を整理整頓していく。

 数分ほどそんなことが続いたあと、マクシミリアンから口を開く。


 「ふーむ。どこまで話すべきか悩みますな。メリア・モンターニュ。あなたの秘密についてお聞かせ願っても? 私だけが話すのはフェアじゃない」

 「……一般人ではなく海賊。秘密らしい秘密といえばこれくらいです」

 「おやおや、海賊であることは大きい秘密とはいえ、それだけで済ませるなんてことはしないでしょう? それではあまりにも、つまらない」


 大人が二人座ってもいくらかのスペースがあるとはいえ、手を伸ばせば相手に届く距離。

 危害を加えることは容易いため、メリアはなんとか強い自制心によって武器から手を離し、軽く顔をしかめた上で秘密を口にする。


 「語るほどの秘密なんてありゃしない。人を殺した、密輸をした、同業者と戦った、そんな海賊としてありふれたことしか話せないよ」

 「そちらが素、と。まあ、海賊としてよくあることを聞かされたところで、ではありますが」

 「長々としたやりとりはもういいだろう。アステル・インダストリーとリユニファイ・アライアンスの繋がりについて知っていることは?」

 「……私がリユニファイ・アライアンスを率いていると言ったら?」


 それは驚くべき告白だった。

 あまりにもあっさりと言うものだから、普通の人は聞き逃してしまうかもしれない。

 だが、メリアは聞き逃さず、その上で睨みつける。


 「さっさと共和国で活動してる海賊の討伐を再開してほしい。これだけだよ」


 強く睨みながらも、それ以上のことを要求しない。

 それを受けてマクシミリアンはわずかに驚いたような表情となる。


 「それはまた……アステル・インダストリーの告発に手を貸した人の言葉とは思えない。遺伝子に手を加え、普通では成り立たない生命を無理矢理に作り出し、しかもろくでもない者たちに販売する。撃ってくるかと思いましたが」

 「ここがどこなのか理解してるから、暴力に訴えないだけだよ」


 今いる建物は、実質的に共和国政府そのもの。

 あらゆる機能が集約されており、政治的なもの以外に軍事的なものにも対応できる。

 しっかりとした基地には及ばないまでも、それなりの設備と軍事力がある。

 そんなところで、クーデターの首謀者であるマクシミリアンを攻撃などすれば、生きて帰ることは不可能。


 「正直、ビームで頭に穴を空けてやりたいけどね」

 「おお、怖い怖い。だが、ご安心を。私が共和国を手に入れたことにより、あのような行為は一切許しません。厳しく処罰するつもりです」

 「ふん。企業を利用するだけ利用して捨てるか」

 「手を汚したなら、きちんと洗っておかないと」

 「他の者に、その汚れが自分のものだと気づかれないように?」

 「ははは、なんとも手厳しい」


 ここは相手のホーム。

 それを理解しているからこそ、メリアは苛立ちながらも嫌味を口にするだけで我慢していた。


 「本当にくそったれな話だよ。大企業と結びついた秘密結社が共和国を手に入れ、しかもトップが目の前にいる」

 「まあまあ、落ち着いて。過去にひどいことをしていたとはいえ、これから良くしていくなら、海賊であったあなたはギリギリ妥協できるでしょう?」

 「……で、やけにあっさりと秘密を告白したのは?」

 「ある種の誠意。そう思っていただければ。そしてもう一つ、あなたを味方に加えたい。どうです? 我々リユニファイ・アライアンスに参加してくださいませんか? 幹部待遇でお迎えしますよ」


 まさかの勧誘だったが、向こうからすればメリアを敵に回すよりは、味方に加える方が利益があるわけだ。

 だが、メリアはしかめっ面のまま頭を横に振る。


 「まだ、大事なことを聞いてない。リユニファイ・アライアンスという秘密結社は、何を目的としている? 共和国を手に入れて、はいおしまいというわけじゃないだろう」

 「ふむ、当然といえば当然の疑問。ではお答えしましょう。我々の目的はただ一つ。共和国主導による帝国の再統一。つまり、二つに分かたれたものを一つに戻すこと」

 「……馬鹿な。正気じゃない」


 それは途方もなく無謀なもの。

 未だに人類は、星系間の移動にワープゲート以外の手段を持たない。

 つまりは、戦争において防御側が圧倒的有利。


 「誰もが無理だと口にする。しかして、それをどうにかする手段があったならば? もしも、私が研究者だったなら。クローンの中の一人に、実験段階とはいえ、ワープゲート以外の移動手段を可能とする者がいます」

 「ゲートを使わずに?」

 「議員の私は詳しい仕組みを知りませんが、彼の開発した特殊な装置を積み込めば、一度きりとはいえゲートを使わずにワープすることが可能となります。……つまり、再統一は不可能ではない」

 「悪いけどね、さすがに大量の死者が出るものには協力できない。あたしはリユニファイ・アライアンスには入らない」


 メリアは立ち上がると、そのまま部屋を出ようとする。

 しかし、突如全身が動かなくなると、そのまま倒れてしまう。

 その際、天井を見ると、なにやらビーム兵器らしきものが突き出ていた。


 「残念だ。君の能力は、裏工作を行うのにかなり役立つ。そうすれば共和国と帝国、双方の犠牲は抑えられるというのに」

 「く、そ。逃がす気は、ないってか」

 「君は知り過ぎたからね。私は立場が立場だから、秘密を語れないんだ。だから、つい語りたくなるし、拒絶されたら何がなんでも逃がすわけにはいかない。まあ、考えが変わるまで別室で頭を冷やすといい。何もない寂しい部屋だが」

 「……仕返しは、する。覚え、てろ」


 非殺傷設定ながらも、個人が携行できるビームブラスターよりはるかに強力な代物に撃たれたメリアは、なんとか痺れる体を動かそうとするが、やがて意識を失った。

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