260話 暗雲
共和国を代表する大企業アステル・インダストリー。
グループ企業を含めると規模は圧倒的で、共和国においてまったく関わりがないところは存在しないと言えるほど。
そんな大企業の不祥事が表に出てきているところへ、さらなる爆弾が投下される。
それは動物の耳や尻尾を生やした子どもの存在。
国営の放送局が行う報道により、共和国のほぼすべての人々は、アステル・インダストリーが秘密裏に実行した禁忌を目撃することとなった。
「……反響は大きいみたいだね」
「悪事に手を出してることは予想していても、人間と動物を掛け合わせることまでは予想外だったのでしょう」
「おかげで、誰も彼もが注目している。これなら、海賊との繋がりについても良い反応が貰えそうだ」
「では、わたしたちが保有している情報、もとい証拠を?」
「ああ。大企業様と海賊のかなりよろしくない結びつきをバラしてやろう」
日が過ぎていくと共に、共和国の人々によるアステル・インダストリーへの批判は大きくなる。
こうなると共和国政府としても動かざるを得ないわけだが、肝心の政府の中身は、大企業の豊富な資金によって議員になれた者たちがほとんど。
つまりは傀儡ばかり。
そうではない者もいるとはいえ少数だけ。
他の大企業にも火の粉が飛ぶのを恐れ、とりあえず形だけの調査にしようという動きが出てきた。
そこに、新たな不祥事が投下された。
匿名の人物から提供されたそれは、アステル・インダストリーが、共和国内部で活動している海賊の何割かと繋がりを持っているというもの。
ご丁寧に証拠つきで。
「我々共和国軍が海賊へ対処しているというのに、これはいったいどういうことか!?」
「軍がそれを言いますか。派閥争いの一環として、軍縮を避けるためにちょうどいい脅威として陰ながら支援していた軍が」
「貴様!」
「ほ、放送は一時的に中断となります」
これは軍による抗議を生み出し、立場ある軍人が様々な番組に出て意見を口にするが、そもそも海賊という存在をこっそりと育成して、定期的に間引くだけで済ませていた軍に対する批判も出てくることとなった。
一部の者は知っていても、一般人の多くは知らない。
そういう出来事がどんどん広まっていく。
もはや混沌としか言い様のない状況へと陥る共和国。
そんな中、メリアは冷静に次を見据えていた
「一応、これで共和国の海賊はどうにかなるか」
「はい。海賊を一掃する以外に、軍の面子を守れる手段はありません」
膨大な人々が利用している大企業の不祥事、動きの鈍い政府への批判、隠していた派閥争いを公衆の面前にさらけ出すことになった軍の面子。
ありとあらゆるものが、セレスティア共和国を今までとは別の動きに導く。
あとはもう、自分が手出ししなくても問題ないだろうと考えるメリアだった。
「リラたちは、まだ放送局か」
「告発した主役ともなれば、引っ張りだこですから」
特にすることのないメリアは、連日放送局にいるリラが出てくるのを、近くの公園で待っていた。
朝から晩まで予定が詰まっているようで、ここ最近は通信越しでしか顔を合わせていない。
体力的に無理をさせられない子どもたちについては、地上にある宇宙船を宿代わりにして近くで寝泊まりしているという状況。
ホテルの利用ですら問題があるためだ。
あとは警備上の理由もいくらか。
ちなみに、宇宙船については公園に停まっているため、少し外側に目を向ければ、警察と野次馬によるやりとりを見れたりする。
「ルニウは子どもたち相手に家庭教師、セフィは一人で留守番はつまらないからこっちに来ている。さて、あたしはどうするか」
「メリア様、することがないならデートでもしませんか?」
周囲は忙しいものの、自分自身に関してはこれといった予定がない。
それを好機を考えたのか、ファーナが笑みを浮かべながら手を伸ばしてきていた。
「デート、ね。ここから町中に出かければ、あっという間に有名人の仲間入りだよ。悪い意味で」
「なので公園を散歩しましょう」
「ああ、それくらいなら。あたしたち以外、誰もいないけど」
公園は広く、元々は大勢の人々がのんびりと過ごしていたのだろう。
しかし今は、警察が誰も入らないように封鎖しており、中にいるのはメリアやリラたちだけ。
まだ明るい空は、太陽を含めてそこそこ分厚い雲に覆われていた。
「わたしたちが初めて会った時を覚えていますか?」
「……覚えてるよ。まだ数ヶ月しか経ってないからね」
出会いの話になった瞬間、メリアは顔をしかめた。
それはもう散々な状況であり、当時のことを思い出すだけでも不機嫌になる。
「粘膜から遺伝子情報の採取……しかもあんなことせずとも採取はできたときた」
「普通の人相手にはしません。メリア様だからこそ、口でしたくなったわけでして」
「……ふん!」
「おっと、効きません」
メリアはおもむろに足元の小石を拾うと、ファーナに投げつける。
だが、当たる前に掴み取られてしまう。
「危ないですよ」
「普通の人間相手にはやらないさ。機械の肉体を動かす人工知能だから、ああいうことをやれる」
「むむむ……」
他愛ないやりとりをしつつ歩いていくと、木陰にベンチがあった。
休憩がてら座ると、ファーナが口を開く。
「帝国は国を二分する内戦、星間連合はユニヴェールやオラージュといった力ある犯罪組織の壊滅、そして共和国では大企業への襲撃や告発。これらを経て銀河中の海賊は大きく数を減らすでしょう。……銀河が今よりは平和になったら、どうしますか?」
「どうするって、そこそこ平穏に生きるだけだよ」
「平穏と言っても様々です。例えば、貴族としてより上位の爵位を得る。なんでも屋を大きな企業にまで発展させていく。なんなら、ゲームのチャンピオンとかを目指すというのも」
「ふむ……未来は色々な道が待ってるか」
十五歳の時、自らの生まれを知り、後ろ暗い世界に身を置くことになった。
それから十年が過ぎたもののまだ二十五歳、どんな道でも選ぶことができる。
メリアは曇っている空を眺めながら、わずかに笑みを浮かべた。
「いっそのこと、学生をやり直すというのも」
「いや、さすがにそれは無理」
大人でも通える学校はある。
あるのだが、そうする意味がメリアにはない。
元々は貴族として厳しく育てられ、それ以後は独学で宇宙に関することを含めて色々と学んでいった。
大学の上位層に比べれば成績で劣るのだろうが、今のところ日常生活や様々な場所での戦闘で困ることがない。
そもそもファーナがいる時点で大抵のことはどうにでもなる。
「というか、あたし一人だけならまだしも、ファーナやルニウにセフィもいる。なんだかんだ、困らないわけでね」
「確かに。メリア様が困った時に頼ってくれなくなるのは嫌ですね」
「はっ、言ってろ」
周囲に人がいないからか、普段よりもややベタベタ引っ付いてくるファーナのせいで、メリアは途中から鬱陶しそうな表情になる。
それ以外、特に何事もないまま時間だけが過ぎていく。
とある宇宙船の中。
広い一室では、一般的なモニターにニュース番組が流れていた。
「アステル・インダストリーにより生み出されたこの子たちは、商品として販売されていました。その用途は──」
途中でモニターは真っ暗になる。
リモコンによって電源が切られたからだが、実行した人物は、軽く息を吐いて近くの酒に手を伸ばした。
「社長。もはや君は裁かれる身であるようだ。事ここに至っては、政府も世論を抑えることはできない」
「……まさか、まさかこのような終わりであるとは」
部屋の中には二人の男性がいた。
一人はアステル・インダストリーの社長。そしてもう一人は、マクシミリアンという名前を持つ、とある秘密結社の一員。
「マクシミリアン。どうにか、どうにかならないか? 頼む!」
「我らが組織は、未だに用意が整っていない。社長を助けるには力不足なわけですな」
「そ、そうか……」
「しかし、手がないわけでもない」
「なんだ? 何をすればいい?」
共和国を代表する大企業。
その社長という立場は、共和国においてかなりの特権を味わうことができるが、不祥事の果てにその立場を追われたとなれば、一転して厳しい状況となる。
これまで便宜を図ってきた警察は敵となり、後任の者は自分の正統性を高めるために前任の悪事をほじくるだろう。
もはや藁にもすがりたい社長にとって、秘密結社の一員であろうがマクシミリアンの言葉は魅力的に思えた。
「我らに資産と戦力の提供を。さすれば、社長殿を今の苦しい状況からお救いしましょう」
「わ、わかった。今の権限で動かせるものを動かしておこう」
「ありがとうございます」
「ところで、何をするつもりなのだ?」
それは当然の疑問。
不祥事が次から次へと暴かれ、海賊との繋がりすらも表に出てきてしまった。
それによって生まれた大企業を叩く世論をどう収めるつもりなのか。
「軍の一部と協力してクーデターを起こす。社長という表向きの立場を失うとしても、あなたが糾弾されることは防げるでしょう」
「余生を、過ごせと」
「警察に処分されるのをお望みでしたら、あなたには世話になったので、その意思を尊重しますが」
「……いや、やってくれ」
苦渋の決断だった。
特権階級として振る舞ってきた男性にとっては。
返事を耳にしたマクシミリアンは、深い笑みを浮かべて頷いた。
どこか寒気がする笑みだった。