258話 作った者と作られた者
「……まったく、よくもまあ追いかけてくるもんだ。死ぬかもしれないってのに」
宇宙空間を進む、トレニアを中心とした艦隊。
それを後ろから追いかけるのは、放送局の小型船が数隻。
どれも単機で大気圏への突入と離脱が可能なオプションを完備しているという高価な船のため、だいぶ本気でこの件に首を突っ込むつもりであるようだった。
「そこはもう、上司とかにやれと言われたらやるしかないので、雇われの身の辛いところじゃないですかねえ。ところでそろそろ私の給金を上げても」
「ルニウ、お前のは少し前に上げただろ。そういう話は来年になってから出直してこい」
「とほほ。……まあ、おふざけはこの辺りで済ませるとして、どこに向かうんです?」
「選択肢は多い。しかし妨害を考えると、どこであっても悩ましい」
生放送の効果はかなりのもので、隣接する星系からいくつものメッセージが届いていた。
すべて現地の惑星に存在する放送局からで、ぜひともうちで生放送をしてほしいという要請ばかり。
とはいえ、途中で妨害される可能性を考えると、放送局の規模が小さくても大きくても不安が残る。
「ファーナ、要請してきた中で一番でかいところはどれだ?」
「グループを含めた規模ですか?」
「いや、どれだけの惑星に放送できるかを基準に」
「今いるのは宇宙空間なので、しばらくかかります。およそ三十分ほど」
「問題ないよ。少しリラと話してくる」
トレニアは大型船なので、星系間通信が可能な設備が存在している。
それでも調べ物には時間がかかるため、待っている間、少しばかりリラと話をしようとメリアは考えた。
「少し、いいかい?」
「ええ。何か用?」
今は子どもたちと離れて個室にいるため、お互いに演技はしない。
とりあえず空いている部屋を割り振られたからか、中には物がほとんどないが、紙巻きタバコとライターはテーブルの上に置いてあった。
「いくつか聞きたいことがあってね」
「吸いながらでいい?」
「いいよ。換気は強めに」
市販されている船の中でも高級な代物だけあって、トレニアの個室はどこも換気設備が整っている。
電子のものと違い、紙巻きのタバコは火をつけると白い煙が出てくるも、室内に広がることはなく特定の場所に吸い込まれていく。
「それで?」
「なんで先生役なんてのをしていた?」
「誰もやりたがらないから、当時入ってきたばかりの私に押しつけられた」
「それ以前は、ああいう作られた子どもはどういう扱いだった?」
「囚人みたいな感じね。基本的にずっと個室。扉の部分が特殊な強化ガラスになってるやつね。食事は扉にある小さい窓から出し入れし、たまに外に出して入浴や散髪を済ませる。まあ、ひどいものだったわ。ただ、そういうやり方だと“品質”がよくないということで、上からの指示で生活環境は改善されることになった」
「品質、ね」
商品ということは、高く売るためには品質にも気をつけないといけない。
その改善の一環として、色々と教え導く者としての先生が必要になったのだろう。
ただ、それは先生役のストレスがかなりのものになることを意味している。
子どもたちに対して会話などのやりとりを直接していった先に、商品としての出荷があるのだから。
「……購入され、運び出される時、お別れの言葉を言うのよ。ありがとう先生、またどこかで。ってね」
リラはそう言うと、深く吸ったタバコの煙を盛大に吐いた。
「あーあ、何も知らないで無邪気にそう言われると、ほんときついわけ。これがないとやってられないの」
「そうかい」
「まあ、告発できるから少しは気分が良いけど」
タバコの煙が彼女の顔を包み込むと、一瞬だけ表情を隠す。
その際、苦しみと無力感がわずかながらも表に出ていた。
溜まりに溜まったものをぶちまける。
それはさぞかしスッキリすることだろう。
それだけ、ろくでもないことが行われてきたということでもあるが。
「リラ。すべてが終わったらどうするつもりだい」
「食いっぱぐれることはないから、適当に過ごす。自分で言うのもあれだけど、大企業であるアステル・インダストリーの、それも極秘の研究所に配属されるくらいには能力がある。告発によって放送局からは引っ張りだこ。しばらくは稼ぎには困らない。あの子たちは、こっちで面倒見る」
「百人もいるが」
「数年もすれば人数は減る。十年もすれば半減。問題ないわ」
再びタバコの煙が盛大に吐かれる。
「……無理矢理、人間と動物の遺伝子を掛け合わせた影響か」
「ええ。普通ならあり得ないことを可能にした代償ね。二十歳になる前に死ぬ。正確には数ヶ月ほど前後するけど」
「悲しい話だ」
メリアは本心から呟く。
自分もまた、勝手に作り出されたクローンという身ではあるが、寿命の問題はない。
オリジナルに対する苛立ちはあるが、未来がほとんどない子どもたちよりは恵まれている。
「まあ、私はあの子たちを作った側だから、最後まで見届けないといけない。あとは、人間と動物の遺伝子を掛け合わせるなんてことが行われなくなるのを願いたいものだけど」
「多少は減るだろうさ。無くなるかどうかは……難しいかもね」
「宇宙というのは広大で、極秘の施設はいくらでも作れる。……ねえ、そういうところを襲ってくれない? 海賊やってるんだし」
「無茶を言うのはやめてほしいんだが」
まさかの提案に、メリアは自らの茶色い髪に手をやると軽くかき回した。
「そう悪い話でもないと思うけど? 例えば、星系外縁部よりも外側にある極秘の施設とかは、襲撃されても警察や軍に頼れない。つまり稼ぎ放題」
「最初はよくても途中から警備は厳しくなる」
「隠してる側からしたら、それはできない。警備を厳しくしたらバレやすくなるし。関わる人間が少ないほど隠蔽できるのに、増やしたらその逆になるもの」
「……まあ、副業としてなら考えなくもない」
極秘の施設を襲えば、どんな形であれ大きく稼げるだろう。
襲撃を繰り返すうちに、被害が割に合わないと考えるところが出てくれば、その分だけろくでもない実験などが行われる可能性は減る。
幸いにも、帝国貴族という立場を持ち、海ばかりで陸地がないとはいえ惑星一つを所有している。
表では貴族となんでも屋の社長をしつつ、裏では副業として海賊行為に勤しむ。
考えるとなかなかに悪くない計画だが、まずは目の前のことに対処することが求められる。
「色々聞けたし、そろそろ出るよ」
「そう」
「あとタバコに臭いはどうにかしておくように。染み付くから」
「はいはい、わかってるって」
リラと別れ、船内の食堂へ向かうメリアだったが、その途中で動物の耳と尻尾を生やした子どもたちと遭遇する。
数人ずつに分かれて行動しているようで、今はファーナが動かすロボットが忙しなく料理しているところを大勢で見学していた。
「メリア様、何を注文します?」
料理するロボットとは別に、いつもの見慣れた少女型の端末がやって来るため、メリアは適当にメニューの一つを指差したあと、なにやら楽しそうにしている子どもたちを見ながら呟く。
「あの子たちにとっては、調理している部分も楽しい娯楽か」
「そうですね。色んなのを注文しては、興味津々な様子で見ています。そしてみんなで分けあって食べて、また注文するのを繰り返してます」
無邪気で幼い子どもたち。
動物の耳と尻尾は、ゆらゆらと揺れ動いている。
「…………」
「どうしました?」
「あたしも、海賊として他人を犠牲にしてきた側だ。それなのに、どうしようもなく悲しくなってくる」
「人間ですからね。わたしは特に悲しくなったりはしません」
「どうだか。そういうこと言う奴に限って、違ったりする」
少しすると、頼んだ料理は運ばれてくるため、子どもたちとは離れたところで食べていくメリア。
だが、そろそろ食べ終えるという時、数人ほどやって来る。
それは十代後半という年長者の男女たち。
「あの、メリアさん、でしたか。このたびは、ありがとうございます」
お礼の言葉は少しぎこちない。
伝える相手が海賊なので、仕方ないといえば仕方ないのだが。
「わざわざ言いに来なくても」
「私たちは、いつ言えなくなるのかわからないので」
「……寿命のことは、理解していると」
「はい。ずいぶんと前に、先生に教えてもらいました」
お互い、わずかに無言が続いたあと、子どもたちの中でも年長者の男女たちは去っていく。
そして新たに他の子が来ないうちに、メリアは食事を済ませると、ブリッジに移動する。
「メリア様、報告が」
「でかい放送局がわかったか」
「国営の、共和国放送というところです」
「ならそこにする。年長者の時間はあまりないみたいだしね。妨害が来ること前提で動くぞ」
「では、護衛用のロボットを子どもたちに同行させますね」
向かう場所は決まった。
おそらく、ほぼ確実にどこかで妨害をしてくるだろうが、来ることがわかっているならやりようはある。
そう意気込んで別の星系へ移動するが、進路上には怪しげな艦隊が待ち構えていた。