255話 放送局へ
共和国内部における海賊の活動は、一般人の中でも色々と疎い者ですらも理解できるくらいには活発化し始めていた。
連日放送される大企業の不祥事は、雇われていた一部の海賊の離反を招いたのである。
不祥事が目立つ泥舟に乗るのは避けて、ある程度荒稼ぎしてから他の国に向かおう。
そう考える者が続出したためだ。
そのせいで一般人への被害が増え、各地で共和国の正規軍が出動する事態になっていたが、アステル・インダストリーの隠された研究所などへの襲撃を繰り返していたメリアにとっては、少しばかり頭が痛い状況だった。
「やれやれ、ここまで暴れるのはもう少しあとになってからにしてほしかったが。こっちが動きにくい」
「あの研究所を襲撃して異質な子どもたちを回収してから今日で一週間。その間に集めたものを、世間に明かしますか? 現時点で収集できた証拠だけでも、かなりの痛手を与えられると思います。海賊との繋がりについても確保しているわけですから」
「まあ、一般人でも海賊がやばいことを感じ取ったわけで、世論が正規軍へ動くことを求めている状況なら、少しばかり後押しすれば共和国内部の海賊はほぼ一掃されるか」
多少予定が狂ったものの、遅かれ早かれこうなるのは目に見えていた。
これ以上、共和国内部で海賊として活動するのは危なくなってきたため、共和国の大きな放送局にでも交渉しに行こうと思った時、メリアは辺りを見渡す。
「そういえばルニウはどこ行った? 最近、あまりあたしの周囲をうろちょろしてないが」
「確認するので少々お待ちください。……判明しました。動物の耳や尻尾が生えている子どもたちと一緒にいます。何かを教えているようですね。ちなみにセフィもいます」
「ふーん? 到着するまですることないし、様子でも見に行くか」
ファーナと共に、広いトレニアの内部を移動していくメリアだったが、ルニウがいる一室に入ると、思わず固まってしまう。
「では、この問題がわかる人」
「はーい」
そこでは、大勢の子どもたちの前で教師のように振る舞うルニウが存在していたからだ。
他の部屋から持ってきたと思わしき椅子や机が並べられ、壁にある大きな画面は黒板代わりとして色々書き込まれている。
子どもたちの保護者と言えるリラは、一番後ろでなにやら見定めているが、特に動こうとはしていない。
授業の邪魔をするのもあれなので、メリアはリラのところへ向かう。
「これはどういうことなのか」
「見ての通りよ。私よりは教えるのが上手いから任せてる」
軽く肩をすくめてみせるリラだった。
苦笑混じりなのを見ると、最初はそこまで期待していなかったようだ。
「私はあくまで研究者でしかないから、子どもに物を教えるのは得意じゃない。最低限それっぽく振る舞うことはできても、勉強とかはちょっとね。あのルニウだっけ? どこの学校出てたとかわかる?」
「帝国のファリアス大学。そこを飛び級で卒業したとかなんとか」
「うわ、それは凄い。しかも飛び級ねえ。そんなに頭が良いのに、どうしてあなたのような海賊の配下になっているのか聞いても?」
「……色々あったんだよ」
短い間とはいえ、一度は敵となった。
その後、仲間になったはいいものの、まともではない部分を見せつけてきたりするため、一定の距離を作りたくなる相手である。
そんなルニウなのだが、子どもたち相手の授業風景を見る限りだと、至ってまともな人物に思えるから恐ろしい。
「共和国の歴史ですが、企業同士の争いが拡大した結果、それを一定の規模に抑える法律が二百年ほど前に成立しました」
「あのー、帝国でも似たようなことはあったりしますか?」
「良い質問ですね。もちろんあります。帝国では貴族同士の争いが当てはまりますよ。貴族の人たちは企業を経営している人もいるので、意外と裏では武力という手段に頼ることがあるわけですね」
いつ用意したのか、メガネをかけながら話をしている。おそらく視力に変化を及ぼすことのない伊達メガネだろう。
つまりはただのファッションだが、元の顔が良いため似合っている。
時折、メリアの方を見ながらえっへんとでも言いたそうな様子を見せつけてくるが、メリアはなんともいえない表情で眺めるだけ。
あまり長居してもあれなので、そろそろ離れようと視線を扉に向ける途中、後ろの方で授業に参加しているセフィの姿を発見する。
「どうだい。あいつの教え方は」
「なかなかだと思います。教授ほどではないですが、数年もしたら同じくらいまで行くかもしれません」
「へえ、そういう評価とはね」
「家庭教師のアルバイトでもしていたのでは?」
「大学生だったなら、そういう経験はあり得るか」
「自分でただ学ぶだけでなく、誰かに教えるというのも勉強になりますから。お母さんも授業を受けます?」
「……いや、いいよ。昔を思い出すから」
メリアにとっての昔。
それは貴族の令嬢として過ごした日々。
帝国貴族は、幼い頃から勉強漬けの毎日であり、ここに運動や人脈を増やすための人付き合いも加わるので大変。
当主にならないなら楽ではあるが、当時のメリアはモンターニュ家の次期当主として厳しく育てられた。
ただ、あまり苦労はなかった。
自分はクローンであり、元となったオリジナルが優秀なおかげというのが、なんとも腹立たしい限りではあるが。
「それじゃ、失礼するよ」
軽く授業を見学したあとメリアが向かうのは、大型船トレニアのブリッジ。
空いている席に座ったあと、共和国の地図を画面上に出した。
現在位置は、共和国のちょうど真ん中辺り。
元々、アステル・インダストリーのいくつかある極秘の研究所へ襲撃を仕掛けるつもりだったが、意外と正規軍が動き出すのが早いこともあって、今は一番近い放送局へと目的を切り替えた。
「でかいところじゃないと、大企業が圧力をかけて揉み消せてしまう」
「共和国の首都星へ行きますか? 一番大きい放送局があるわけですが」
「しかし、大企業の圧力が一番強そうな場所でもある」
「ならば、片っ端からそれなりの規模の放送局に押しかけてしまうというのは?」
「無断で押しかけるのは普通に犯罪なわけだが」
「今更ではありませんか。相手があのアステル・インダストリーということを説明しつつ、悪事の証拠を見せつけてしまえばいいだけです」
「時間が経てば経つほど、向こうは対策してくる。なら、今は急ぐべきか」
「進路を変えます」
今のところ、トレニアという船は共和国から海賊としての扱いを受けていない。
そうさせないよう外観の偽装を含めて色々と努力しているからではあるが。
それゆえに、正規軍によって警備が強化された有人惑星へと堂々と近づくことができる。
まずはメリアやルニウが代表として交渉に向かい、放送局からの協力を取りつける。
そのあと、放送局の所有する大気圏の突入と離脱が可能な取材用の船をいくつか出してもらい、軌道エレベーターを経由せず、動物の耳や尻尾を生やした子どもたちを地上へと降ろす。
都市の中では隠していても、一般人にすぐ気づかれるため、都市からやや離れた放送局の建物の近くに。
「こちらが大企業の悪事の生きた証拠です。そして横にいる女性は、極秘の研究所で働いていた研究者です」
「……これはまた、とんでもない話です。しかし、巨大なスクープでもある」
「生放送をお願いしても?」
「構いませんよ。ここまで確実な証拠があるならば」
いきなり押しかけたにしては、快い返事だった。
そして研究者であるリラと動物の耳や尻尾を生やされた子どもたちは、緊張した面持ちで自分たちへ向けられるカメラを見つめた。