254話 大企業と秘密結社
共和国を代表する大企業、アステル・インダストリー。その本社は、共和国の中でも珍しいところにあった。
有人惑星から離れた宇宙空間に、十キロメートル近い大規模な建物を建造し、そこを本社としているのだ。
それはまるで、宇宙に存在する巨大な基地。
最初はどこにでもある、宇宙船向けの小さな工場だったが、増改築が繰り返され、やがて本社機能が移されるようになったという経緯がある。
「社長、ご説明をお願いしたい! あの研究所の中で行われていたことについて!」
企業の規模の割には質素な社長室。
そこには二人の男性がいた。
険しい表情のまま大声を出す人物と、どこか難しい表情のまま腕を組んでいる高齢な人物が。
「説明……説明か」
「私は第八研究所が襲撃されたとの報を受け、実験艦隊と共に急ぎました。星系外縁部よりも外側は、政府の目が届かない領域。それゆえに極秘の施設が建てられるわけですが」
「君、名前はなんだったかな」
「ブルーノ・ラッカムです。社長直属の、艦隊指揮官として活動しています」
ブルーノと名乗った男性は、険しい表情を崩すことなく社長と呼んだ男性を真正面から見据えていた。
「ああ、そうだったね。いやはや、すまない。なにせ大勢いるものだから。さて、ブルーノくん。君はこれまでよく頑張ってくれた。その功績に免じて、海賊に敗北したことはなかったことにしてあげるとも。だから、研究所について色々聞こうとするのはやめるべきだ。これは私の配慮でもあるのだよ?」
「しかし! 動物の耳や尻尾が生えるほどに遺伝子に手を加えるというのは……。そもそも人間とそれ以外の生物を掛け合わせる時点で言い逃れはできません。これが表沙汰になれば、パンドラ事件が霞むほどの批判が」
「パンドラ……あれは嫌な事件だった」
社長は深いため息のあと、机の引き出しから紙の新聞を取り出す。
その引き出しの中には、アステル・インダストリーに関する大きなニュースがあった時の新聞を保管してあるようで、良いニュースも悪いニュースも揃っている。
「せっかく良いニュースが積み重なっていたところにこれだ。内部告発はなかなかに痛手ではあったが、結局のところ政府はほどほどに罰することしかできない」
生体兵器の作成、犯罪組織との取引、他にもさまな悪行に手を染めていたわけだが、それでもなおアステル・インダストリーは潰れることなく存続していた。
当然ながら各方面から大きい批判はあったものの、悪事に関しては他の企業も似たり寄ったり。
あまり徹底的に罰するようなら、アステル・インダストリーが保有している他企業の悪事を表に出すと政府に伝えると、政府の方から比較的穏便に済ませるための話し合いを求めてくるという有り様。
厳格に法を運用した場合、共和国が成り立たないという現実がそうさせていた。
「ブルーノくん。安心したまえ。大企業という権威は、少しばかり揺らぐことはあっても崩れることはない。現に、私たちを批判する人々がいれば擁護する人々もいる。あれだけのことがあったにもかかわらず。それもこれも、共和国の大企業という権威ゆえにだ」
「ですが……」
「人々はやがて忘れるとも。とはいえ、忘れさせないよう動いている者がいるのも事実。これについては私の方で対処するから、君はしばらく休むといい」
そう言うと次は端末を弄っていく社長であり、すぐにカレンダーと休暇の日数が記された画面を見せつける。
「とりあえず一週間。給与については変化なし。どうだろう?」
「社長、私がいない間に、何を行うおつもりですか」
ブルーノという男性は、拳を強く握りしめながら呟く。
相手は、アステル・インダストリーという大企業のトップ。
自分程度、簡単に排除することができる。
解雇したあと、襲撃者を差し向けるだけですべて片付くからだ。
「今回の騒動が長引かないよう、各地を巡る。具体的には、議員への根回しになるだろう」
「…………」
「おや、納得がいかないという表情だ。何か不満があるなら言うといい。ここは盗聴とかを気にしないで済む」
「……動物の耳や尻尾を生やした人間は、他の研究所でも作られているのですか」
「まったく、私の配慮を無視するとは。だがまあ、教えないせいで休暇の間に勝手に動かれても困るから教えよう。作っている」
あまりにもあっさりと社長が認めるため、ブルーノはわずかに固まってしまう。
だが、すぐに気を取り直すとさらなる質問をしていく。
「なぜ、作るのですか。そのような禁忌に手を出さずとも、アステル・インダストリーは安定して大量の収益を……」
「それではまだ足りないからだ」
「どういうことですか」
「ふむ。ブルーノくん、君は能力ある人物だ。そして忠誠心も高い。教えてもいいが、その前に他言無用を誓えるかな?」
「……はい」
「よろしい。そろそろ彼が訪れる時間だし、君にも同席してもらおう。そうすればすべてわかる」
社長は腕時計を見ながらそう言うが、ブルーノからすれば首をかしげることしかできない。
言われるがまま、共に社長室で待ち続けていると、やがて一人の男性が入ってくる。
茶色い髪と目をしているが、高齢なせいか髪の半分は白くなっている。
そしてその人物を目にした瞬間、ブルーノは驚きの表情を浮かべて社長の方を見た。
「し、社長。私の記憶が正しければ、星間連合において犯罪組織を率いていた教授と呼ばれる人物にそっくりに見えるのですが」
「ふーむ、君は一時期、ホライズン星間連合に派遣されていたから知っているのか。いやいや、似ているが別人だとも。なにせ、その教授という人物は抗争によって亡くなっている」
「では、ここにいるのは……」
能力があり、忠誠心も高いとなれば、国外の案件に派遣されることがある。
ブルーノは何度か星間連合に派遣され、現地の犯罪組織と関わる機会があった。
それゆえに、今回訪れた人物を見て驚いたわけだが、今まで静かにしていた教授似の男性は、軽く笑いながら口を開く。
「ははは、若者が驚く姿は良いものだ。っと、自己紹介をしなくてはいけないか。こほん……私はマクシミリアン・レイヴンウッド。ちょっとした組織を率いている立場にある。今回ここに訪れたのは、資金提供を求めてのことだよ」
柔和な笑みを浮かべて名乗る姿は、気のいい人物に思えた。
しかしそれは表向きの姿。
大企業であるアステル・インダストリーの本社、しかも社長室に一人で訪れているところからして、まともな人物ではない。
「君の言う教授については、私のクローンが何を成せるか各地で試した中での成功例の一つ、とだけ」
自分のクローンを各地にばらまく。
ますます普通ではない人物だが、何も聞かないというのも難しい。
「不躾な質問とは理解していますが、どのような組織を率いておられるのですか」
「さて……社長殿、お話をしてもよろしいかな?」
「構いませんとも。こちらのブルーノくんが口を滑らせたら、消すだけなので」
「おやおや、大企業の社長だけあって怖いお人だ」
それはまるで昔からの友人といった様子のやりとり。
「どう説明するべきか悩ましいが、簡単に言うと武力を保有する組織。簡単に言うと、ある目的を果たすための秘密結社」
「武力を用いてでも果たそうとする目的は、なんなのですか」
「二つに分かたれた国の再統合」
「ま、まさか……」
二つに分かたれた国。
この宇宙においてそれが意味するのは一つしかない。
「セレスティア帝国とセレスティア共和国。元々は一つであった。分かれてから既に数百年が過ぎているが、そろそろ一つに戻るべきだ。おっと、もちろん共和国主導の再統合だがね」
「……できるとは思えません」
未だに人類は、ワープゲート以外に星系間を移動する手段を持たない。
攻める側が不利で、守る側が圧倒的に有利。
それゆえに長く平和は保たれている。
「普通に考えるとそうだ。しかし、それを可能とすることはできる。そのために、私はアステル・インダストリーに助言をしているのだよ」
「その助言には、禁忌に手を染めることも含まれているのですか」
「ああ、そうなるね」
「なぜですか?」
「星間連合や帝国の有力者の中に、我々への協力者を増やすため。口にすることもおぞましい欲望を満たしてあげることで、嫌でも協力するしかなくなるわけだ。例えば、動物の耳や尻尾を生やした人間を、スポーツハンティングの的にしたりなど」
最後の言葉を聞いた瞬間、ブルーノは目を大きく見開いた。
それだけでなく、歯をわずかに食いしばり、咄嗟に自らの手首を強く握りしめる。
「そ、そのようなことを……」
「クローン人間でやっているところが定期的に摘発されている。つまり、それだけの需要がある。そこでわずかな違いを加えることで、軽い気持ちで参加した者をより深みに誘い、沈めていく」
マクシミリアンという人物が話す姿は、その辺の人々のようにありふれたもの。
町に繰り出せば、数分ほどで似たような姿を見かけることができるだろう。
だが、その内容はあまりにも異常であり、他人を利用し尽くすために練られた策謀は、ブルーノからすると聞くだけでも恐ろしい。
「弱みを作り出し、それをネタに協力者にする、と」
「ちゃんと欲望を満たしてあげているんだがね。飴と鞭とでも言うのかな?」
「…………」
「さて、ここまで話したことだし、君に質問がある。ブルーノ、我々の組織に参加してもらえるかな? 艦隊指揮官はいくらいても嬉しいから」
「その前に、聞きたいことが」
「何かな?」
「組織の名前を」
「おっと、確かに。それを聞かないと決められないか。我々は、リユニファイ・アライアンス。二つに分かたれた国を、再び一つに戻すことを目的としている」
「……もし断れば」
「君は知りすぎた。その意味がわかるね?」
「参加、します」
リユニファイ・アライアンスという秘密結社。
その組織は途方もない目的を掲げており、正直言って可能とは思えないが断れば命はない。
結局のところ、自分の代わりはいるのだから。
宇宙には何十億、何百億もの人々がいる。
ブルーノは険しい表情を浮かべるも、すぐに戻すと弱々しく頷いた。