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252話 違法な資金源

 遺伝子調整技術。

 それは現代社会を構成する上で必須のもの。必須になってしまったもの。

 お金さえあれば、自分が望む通りの子どもを作り出すことができる。お金がない場合は大幅な妥協を求められるが。

 しかしながら、それだけ便利な技術は悪用することもできてしまうため、運用には厳しい制限が課されている。

 特に、動物の遺伝子に手を加えて人の形に似せることは、発覚すれば即座に刑務所へ送られるくらいには重罪。

 だが、それを超える禁忌があった。

 内容は、人間の遺伝子に手を加えて動物の部位を生やすこと。

 これは、人類という存在に対する悪逆であるとすべての国で決定されており、当然ながら動物を弄るよりも重罪である。


 「先生、その人は?」

 「わたしたちの引き取り手ですか?」

 「いいえ、違います。急ではありますが、このホームを見学しに訪れただけですよ。名前はメリアさんです。皆さん、失礼のないように。いいですね?」

 「はい」

 「わかりました」


 目の前の光景に対して、メリアは少しずつ表情が険しくなっていく。

 だが、それはいらぬ警戒を招くため、軽く顔を揉んでどうにかいつも通りの顔を維持しようとした。


 「……これは、なんだ。何をしている」

 「ここだとあの子たちが聞いてしまう。それでは刺激が強すぎるので、一度受付の方まで戻って話をしましょう」


 動物の耳や尻尾を生やした人間だが、よく見ると子どもばかり。

 年長の者は一応いるが、それでも十代後半辺りという若さ。

 全員、リラのことを先生と呼んで慕っており、彼女もその役職通りに振る舞っていた。

 部外者のメリアからすると、なんともいえない気持ち悪さがあるが、詳しいことは場所を移して聞くことに。


 「遺伝子関連の法律は、過去の事件とかの積み重ねで厳しいものになっていると思っていたけど。どうやらここは例外らしい」

 「嫌味はやめて。表沙汰になれば厳しい処分が下されるから、星系外縁部よりも外側のこんな何もないところに、極秘の研究所があるんでしょうが」

 「で、“先生”にお尋ねしたいけれど、あの子どもたちはなんなのか教えてもらっても?」


 嫌味ったらしく質問するメリアであり、リラは軽い舌打ちをしつつも答えていく。


 「商品よ。作って、育てて、売るための」

 「どういう“用途”で売りつけている? 購入する層は?」

 「……愛玩用、そして狩猟用。購入するのは色々と揉み消せるお金持ち」

 「愛玩はまだ理解できる。狩猟用ってのはどういうことだ」

 「そのままの意味だけど? この子たちを購入した人物が所有する、豊かな自然環境を再現した施設。その中でこの子たちが放たれたあと、購入した人物は友人と共に古い猟銃を持ち、次々と撃っていく。クローン人間を利用したスポーツハンティングとか、摘発されてるのをたまーにニュースで見たりするでしょ? あれよ、あれ」


 娯楽としての狩猟は、人類が宇宙に進出する遥か前から行われている。

 時代と共に廃れていき、撃つとしても生物以外のものが主流となったが、それだけでは満足できない者というのは存在する。

 そういう人間向けに、クローン人間をハンティングできるところが存在しているが、当然ながら色々な部分で違法である。

 だが、定期的に摘発が起こるくらいには無くなることがない。


 「その言い方からすると、参加したことがあるのかい」


 メリアはそう尋ねると、リラは再び舌打ちしてから顔をしかめた。


 「その前にタバコある? 電子でも巻いたやつでも」

 「どっちもない。吸わないから」

 「海賊なのに健康なことでなにより。はぁ……とりあえずここにあるので我慢するわ」


 リラはそう言うと、近くの棚にある紙巻きタバコを勝手に取ると、近くにあるライターで火をつけてから吸い始めた。


 「ふぅ……こういうのでもないとやってられない。それで、さっきの答えだけど、参加したことはある」

 「どうだった?」

 「聞かなくてもわかるでしょうに。……悪趣味の一言よ。共和国において、お金持ちってのは権力者。お金さえあれば大抵のことは揉み消せる。それこそ、私が違法なハンティングに参加することを拒んでいて、企業も難色を示そうが、そいつは無理矢理に参加させることができてしまうお金持ちだもの」


 タバコはみるみるうちに短くなっていく。

 それだけ、彼女にとって今の話が腹立たしいことであるわけだ。


 「そのお金持ちの目的は?」

 「引き抜きの話をしてきた」

 「受けなかったのか」

 「ここよりも悪辣なことをさせられるかもしれない。それに、企業の方も手元から離れた私を消しにかかるだろうし」

 「まあ、極秘の研究所で働いていた者が他に行くとなれば、そうもなるか」

 「今度はこっちから質問。あなたは、あの子たちをどうするつもり? このままここに置いていく? それとも連れていく?」


 それはまるで試すような問いかけだった。

 相手の意図を理解しかねるメリアは、目を見ながら話す。


 「ここに置いていった場合、どうなる?」

 「そりゃあ、一部の研究者を除いて証拠隠滅のために研究所ごと処分される。私は処分されないけど、あの子たちは消される」

 「なら、連れていった場合はどうなる?」

 「現在育成中の子は、全部で百人。それだけの面倒を見る必要があるけど、そこは私がやる。利益らしい利益は提示できないけど、あなたの目的次第で話は変わる」

 「……連れていく」

 「あら、あっさり」


 そこまで迷わずに連れていくことを決めるメリアに対し、リラはタバコを灰皿に押しつけて消しながら言う。

 その言葉の中には、あまり驚きというものはない。


 「理由を聞いても? 海賊の善意に期待できるほど、周囲に恵まれた日々を送っていないの」

 「アステル・インダストリーの、特大の不祥事であるから」

 「ああ、なるほど。ここ最近、大企業の不祥事が表に出てきてるけど、あなたが関わってるわけね。それなら信じます。ええ」


 大企業の不祥事というものは、滅多に出てこない。

 まず軽微なものなら揉み消せるのと、多少話題になるようなものでも、時間と共に他のニュースで上書きしていくことができるからだ。

 しかし、様々な大企業の不祥事がニュースとして立て続けに流れるというのは、裏で誰かが糸を引かないと成立しにくい。


 「あたし以外の人間も色々動いているからこそだ」

 「とはいえ、きっかけを作る者がいないと始まらない。さてと、あの子たちを船に移動させるなら、軽く挨拶と顔見せをお願い。多少の演技をしつつ」

 「やれやれだね。その前に……ファーナ」


 メリアは宇宙服の通信機能からファーナへと連絡を取る。

 今の状況はどうなっているかの確認と、話を聞いていたなら百人近い人間を受け入れる用意を進めておくよう指示を出したのだ。


 「制圧は完了しました。急いで準備を行います」


 あとは、動物の耳や尻尾が生えている子どもたちのところに向かうと、メリアとリラは演技をしていく。


 「はい、皆さん聞いてください。急なことではありますが、これからこちらのメリアさんが、あなたたち全員の引き取り手になります」

 「どれくらいの付き合いになるかはわかりませんが、よろしくお願いします」

 「こうしょうってやつ?」

 「どんなところに行くんだろうね?」


 子どもたちがこそこそと話し合う中、年長者らしき男女がやって来る。

 その目にはどこか警戒が混じっていた。


 「先生、いきなり全員というのは驚くばかりです。何か大きな事があったんですか」

 「……みんな、表向きは元気にしていますが、不安でいっぱいです。メリアさんは、その、しんじ」

 「二人とも、心配はいりません。今回は私も同行します。その意味が理解できますね?」


 言葉を遮るようにリラは言うと、年長者の男女はわずかに驚いたような表情のあと、覚悟を決めたような様子で頷き、そのまま離れていく。


 「どういうことか説明を」

 「遺伝子の異常があって、商品として出せないため、このまま残り続けている者たちです。そして長くここにいるため、薄々どういうところか理解しているんですよ」

 「これまでとは違うことに、安堵したのか」

 「ええ。これまでは見送ることしかできなかった。でも、今回は私が同行するという異常事態。さすがに覚悟を決めたんでしょうね。年少の者たちのためにも」


 リラが子どもたちを整列させ、全員が揃っていることを確認し、ようやく外に出る。

 その時にはもう、警備員の姿はなかった。

 どうやら既に緊急の脱出路を利用して逃げ去った様子。


 「呆気ないね。少しの襲撃でこれか」

 「あなたが圧倒的な戦力で蹂躙してきたからこそ。そうでなければ、まだ抵抗する動きはあった」


 移動は徒歩。

 大きなエレベーターに全員が乗り込んだあと、大型船であるトレニアに繋がっている通路を進んでいく。


 「いやあ、メリアさん、これ凄い光景ですよ」

 「ルニウ、無駄なお喋りはなしだ」

 「けれども、あとは船まで移動して、この場をおさらばするだけですし」


 動物の耳や尻尾が生えている子どもたちが、集団で歩いている光景は、普通なら目にすることはできない。

 機甲兵に乗っていることもあって、疲れていないルニウにとっては、目が離せない状況でもある。

 やがてトレニアに通じているエアロック部分に到着すると、子どもたちは並びながら入っていき、最後の一人が通ったのを見届けたあと、メリアたちもあとに続いた。


 「よし、次は別の星系にある研究所に……」

 「メリア様、報告が。謎の艦隊が星系外縁部よりも外側に移動しているのを確認しました」

 「ちっ、時間かけすぎたか。企業の艦隊か? 相手の規模は?」

 「百隻です」

 「数は前と同等。ただ、寄せ集めじゃなさそうなのが厄介だね」


 急いでブリッジに向かったあと、スクリーンに映し出される艦隊を目にし、メリアは険しい表情を浮かべる。

 海賊の寄せ集めな艦隊と比べ、一目見てわかるくらいには、画面上の艦隊は統一された動きをしていた。

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