249話 海賊の中で起こる混乱
「所属不明な艦隊の接近を確認」
「……勘づかれたか? 一応戦闘の用意を」
大型船トレニアの周囲には、艦船の残骸が大量に漂っていた。
それらはすべて、元は海賊の船だった。
メリアは所持している情報を頼りに、各地へ襲撃を仕掛けていたのだが、その目的は企業に雇われた私兵としての海賊を殲滅すること。
「ワープゲートから相手の増援らしき存在を確認」
「ちっ、ここの海賊は囮か。くそったれな話だよ」
共和国中に広がる大企業の不祥事。
それは共和国で活動する海賊たちにも大きな混乱をもたらした。
企業の私兵となった海賊を襲う海賊が出始めたのだ。
不祥事が表に出てきた大企業は、自らのことで手一杯。
私兵として雇った海賊が危機に陥ったところで、わざわざ助けることはせずに見捨てるだけ。
そしてこれが最も重要なことなのだが、私兵となった海賊は、一般的な海賊よりもお金持ちの割合が多い。
安定した収入、定期的な補給。
自前で色々揃えないといけない一般の海賊と比べれば、出費が少なく済んでいる。
つまり、美味しい獲物という風に表現できるのだ。
「メリア様、通信が来てます。文章のみですが」
「内容は?」
「まあまあ装備が整ってる私兵の奴ら相手によく戦ったな。船と積み荷をすべて寄越すなら、企業の私兵じゃない海賊だから命だけは助けてやる。とのことです」
「……返信。“一昨日来やがれ”」
「送ります」
到底受け入れられない要求であるため、戦闘の前準備としてまずはこの場を離れる。
今、メリアが率いている艦隊は三十隻。
大型船が一隻、あとは小型船ばかりなため、自分たちの数倍近い規模の敵艦隊と正面から撃ち合うのはさすがにきつい。
「ったく、狙うなら私兵だけにしとけばいいものを」
「向こうは欲深いわけですね。あるいは、多く集まったから気が大きくなっているという可能性も」
「それであたしたちが狙われるのは、面倒な限りだよ」
「どうしますか? 相手の増援は止まりましたが、百隻はいます。そのうち大型船は二隻」
「星系外縁部よりも外側に行って、前やったのと同じ感じで仕留めるか? ただ、そうすると使い物になる船が十隻くらいになってしまう」
「おすすめは速攻ですね。大型船を無人機で仕留めてしまえば、残った中型や小型の船はゆっくりと処理できます」
「それがいいか。時間をかけたら新たな増援が来るかもしれない」
状況は不確定であり、時間と共に厄介なことが起きるかもしれない。
それならいっそ、速攻をかけてしまうのも一つの手。
一番厄介なのが大型船であるため、まずはそれを沈めることを目指す。
まずはトレニアにある無人機をいくらか投入。
これにより、艦隊の弱い部分を探す。
乗組員の質、船の性能、あとは連携といった部分についても。
「まずは無人戦闘機で小手調べです」
「さて、相手が寄せ集めであることを願いたいが」
大規模な戦力を保有する海賊というのは滅多にいない。
維持費は当然のこととして、配下の問題がある。
戦闘が起きれば犠牲は出るものの、失った人員を補充すること自体は簡単。
しかし、使い物になるかどうか、どこかのスパイではないのか、そういった不安があるため規模を大きくしない海賊がほとんど。
あとは、規模が大きくなると正規軍に討伐される可能性が一気に高まるというのも影響している。
今、メリアが相手している海賊たちは、少なくとも複数の海賊の集まりであることは確実。
それゆえに、あまり連携ができていないことを願っていた。
「二十機が敵艦隊の下方より侵入成功。迎撃はあるものの、一部は仲間に当たる同士討ちという状況です」
「……よし、寄せ集めみたいだから一気に攻めるぞ。艦隊を前進させろ」
無人戦闘機は、敵艦隊の下側から陣形の中に入り込むと、大型船を目指す。
その途中、迎撃のために周囲の船からビームが放たれるが、仲間である近くの船に当たったりするという、連携以前の状況だった。
このまま適当に飛び回るだけでも、ある程度の損害を与えられそうだが、今優先すべき目標は敵の大型船。
迎撃により五機が破壊されるも、残った機体は大型船へ次々と衝突していった。
砲台、推進機関、格納庫、様々なところに突撃し、戦闘能力を奪っていく。
そして最後の機体が衝突すると、損傷した大型船は爆発を起こしながら船体が割れる。
「敵大型船を撃破。残る大型船は一隻だけですが、逃げようとしています」
「よりによってそれを選ぶか」
呆れまじりにメリアは呟く。
一番の戦力が真っ先に逃げ出したせいか、海賊による寄せ集めの艦隊は、もはや艦隊という形すら維持できずバラバラにワープゲートを目指した。
「数を揃えて襲撃してきたくせに日和るとか、なんのために仕掛けてきたのやら」
「追撃しますか?」
「いや、しない。生き残った奴は、やがてこっちの味方になるだろうから」
「なりますか?」
「寄らば大樹の陰って言葉がある。あたしたちのことが大樹に見えた奴は、味方になるさ」
「その程度の者が味方になったところで、あんな有り様では弾除けぐらいにしかならなそうですが」
「いないよりはいい」
戦闘が終わったあと、汗を流すために軽くシャワーを浴びるメリアだが、その最中にファーナから連絡が来る。
「どうした? シャワーの最中だから手短に」
「アンナから、指定されたところに到着したから早く来て、というメッセージが届いています」
「急いで会いに行くか。よさげな情報があるといいが」
「悪い情報だったりするかもしれません。ところでメリア様」
「うん?」
「ルニウがそちらへ向かっています。全力疾走で」
ファーナからの連絡が切れてから数秒後、曇りガラスの向こうで見慣れたシルエットが現れる。
幸い、曇りガラスによってお互いの姿はかなりぼかされた形となっているので、裸が見られることはない。
「見てるだけでも戦闘って緊張しますよねえ。そのせいで汗かいたりとか。ということで一緒に洗いませんか?」
「帰れ」
「嫌です。ちなみに着替えの前に立っているので、こちらは待ち続けるという選択ができます」
「……ファーナ、あたしの声が聞こえているならセフィを連れてこい」
シャワー室の中と外。
それはちょっとした我慢比べと呼べる状況だが、数分後になると一気に変化する。
セフィがやって来たのだ。犬のサイボーグであるルシアンと共に。
「お母さんの迷惑になるので、あっち行きますよ」
「やだ。行かない」
「なら実力行使で。ルシアン」
「ワオン」
「ぐわ! 素手相手にサイボーグは反則! ううぅ……」
生身の人間では、武器もなしにサイボーグ相手に勝利することは難しい。
曇りガラス越しでもわかるくらい、ルニウはずるずると引きずられながら姿を消した。
「……まったく、ついさっき戦闘があったばかりだってのに。一方的に勝てたけども」
そこまで呟いたあと、メリアは濡れた体をタオルで拭いていく。
それと同時にふと思った。
ファーナという人工知能は、強力だが数百年も前の代物。そうなると……戦力として似たような人工知能を現代で作る動きがあってもおかしくはない。
大型船は本来、数百人の乗組員がいないと動かせない。
しかし、このトレニアという船にいる人間は三人のみ。大人が二人に、子どもが一人。
小型船ならともかく、大型船を動かすには到底足りない。
そもそも船どころか艦隊をファーナが単独で動かしているが、これを実現できる人工知能が他にもいるならかなりの脅威と言える。
「……今のところ遭遇していないから、考えたところで、か」
これまで多くの戦いがあった。
だが、ファーナのような厄介な人工知能はいない。
さすがに不安になりすぎたか?
心の中でメリアは自嘲すると、着替えてから自室に向かう。
他の星系に移動し、アンナと合流するのは、それから五時間後のことだった。