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248話 アンナの動き

 それは最初、小さなニュースだった。

 アステル・インダストリーの従業員が、企業の備品を私的な目的に利用したため解雇されたというもの。

 企業の規模が大きいところでは時々起こるため、ほとんどの人が一度見てから数分もすれば忘れてしまう程度にはありふれている。

 しかし、注意を向ける人物もいなくはない。


 「ふーん……扱いは小さいとはいえ、わざわざニュースになるということは、続きが期待できそう」


 共和国の特別犯罪捜査官、アンナ・フローリン。

 彼女は現在、仕事の一環としてホテルに泊まっていた。それも変装した上で。

 今見ているのは、共和国にいくつかあるニュース番組の一つ。

 何気なく見ていたところ、アステル・インダストリーに関連するものが流れているため、チャンネルを変えずにいたのだ。


 ピピピピ


 その時、手元の端末が鳴る。

 画面を見ると、メッセージが届いていたようで、そこにはもうすぐ部屋に到着するとだけ書かれていた。

 数分もすると扉がノックされるため、アンナは扉を開けて外にいる男性を中に招き入れた。


 「待ってたわ。それで、上はどういう判断を?」

 「アンナ捜査官。上層部は動かないことを選択した。その代わり、あなたがどう動こうとも感知しない、とも」


 訪れた男性は、小さな記録媒体を取り出すとアンナに手渡す。


 「この中に、あなたの求める情報がいくらか入っている」

 「あらあら、何か問題起きてもすべて私の独断ということになるわけね。……あるいは、これを手渡したあなたも、一緒に切り捨てられる側かしら?」

 「こちらとしても、トカゲの尻尾切りという事態は避けたい。だが、それはあなたの立ち回り次第でもある」

 「気をつけるわ」


 短いやりとりのあと、男性はすぐに部屋を出ていく。

 残されたアンナは、記録媒体を再生し、中にある情報を確認していくのだが、これには数日ほどかかった。


 「一人では、こんなものね」


 その間にも、大企業のニュースは増えていく。

 新製品のいくつかに欠陥があることが判明したため返金が行われる。

 工場の排水が環境汚染を引き起こしたが、なんと基準値以下になるよう数値を誤魔化していたことが発覚。即座に該当する工場が停止という事態に。

 クローンを用いた労働力を利用したことが内部告発により明らかに。大規模な調査が予定される。

 これらの不祥事は大企業のものばかり。

 そのことにアンナは気づいた。


 「……どこかの誰かさんが仕掛けてるわねえ。メリアったら、結構な有力者からの協力を得たのかしら?」


 共和国にはアステル・インダストリー以外にも大企業が存在するが、どこも隠していた悪事が表に出てくるようになっていた。

 そしてそれは、共和国の人々の注目を集めていき、新たな内部告発を生み出すことに繋がる。


 「私は、かつて動物に遺伝子調整を行い、人の形に近づけたペットを作り出したことがあります」


 研究者からの告発まで出てくるに至り、主要な大企業は、様々な人々への対応に苦慮することとなった。

 ちょっとした不祥事なら、黙っていればやがて人々が忘れてしまうことを期待できるが、今回の大規模な不祥事は複数の企業を巻き込むものであり、どこもかしこも大騒ぎ。

 ニュースはやがて帝国や星間連合にも広がると、各惑星で不買運動が行われ、大企業の業績は目に見えて悪化していく。


 「国の内外で、熱が冷めないようにする動きがある。となると、私も急がないといけないか」


 アンナは軽く息を吐いたあと、ホテルを出ていき、軌道エレベーターから宇宙港へ。

 そして星系間通信が可能な施設に向かうと、まるで恋人と話すかのような仕草を行い、周囲を欺く。


 「……アンナか」

 「は~い。そっちは元気?」

 「それなりに」

 「私はあなたに会いたいわ。今は共和国だけど、どこに行けば会える?」

 「座標とか、星系とか、そういうのはあとで送る。こっちは戦闘とかで忙しいから切るよ」


 すぐに切られてしまうため、アンナは露骨に残念そうなため息をつく。


 「つれないわねえ……」


 とりあえず送られてきた内容を確認すると、旅行客に紛れて別の惑星へと向かい、そこからさらに他の星系へと移動する。

 あとは指定された座標に到着するだけだが、今回は宇宙船をレンタルする必要があった。

 宇宙港にある店舗で手続きを済ませ、乗り込むのだが、アンナは何かに気づいた様子で隠し持っていたビームブラスターを引き抜く。


 「出てきなさい」

 「おっと、さすがにそのままコックピットには向かわないか」


 宇宙船の奥から、数人の男女が現れる。

 全員が武装しており、その目的がアンナの命を奪うことなのは明らか。

 軽く撃ち合ったあと、物陰に隠れつつアンナは問いかける。


 「誰の差し金?」

 「言う必要があるのか?」

 「見逃してもらえると嬉しいのだけれど」

 「それはできない相談だ。あんたが出入口に走ってくれたら、こっちは楽に済んだんだが」

 「どうせ、ハッキングか何かで扉は閉まってるでしょ? ここで撃ち合う方がまだいいわ」


 この船唯一の出入口は一つのみ。

 そして厄介なことに、遮蔽物となるようなものはない。

 もし、慌てて船から出ようとすれば、閉まっている扉に足止めされ、その間に撃たれてしまうわけだ。


 「私たちが争う意味はないわ」

 「いいや、あるね」

 「……企業と通じてる上層部の誰かから命令を受けて、私の排除を?」

 「当たらずとも遠からず。お喋りの時間は終わりだ」


 相手は完全武装というほどではないが、それでもいくらかの防具を装備している。

 防具に守られていない部分に当てても、すぐに引っ込んで無事な者と交代し、治療を始めてしまう。

 ただ撃ち合うだけではじり貧なわけだが、不利な状況にもかかわらず、アンナはわずかに顔をしかめるだけ。


 「使いたくはなかったけど……」


 肩にかけているカバンからグレネードを取り出すと、謎の襲撃者へと投げつける。


 「なにっ!? 検査によって危険物は……」


 さらに追加で二つほど投げ込むと、大きな爆発と共に襲撃者たちは全員が倒れる。

 アンナは倒れている者にトドメを刺しつつ、最後の一人を起き上がらせると、ビームブラスターを突きつけながら声をかける。


 「私を殺せずに残念ね。民間の宇宙船に乗れてたから、グレネードとかは持っていないと思ってたんでしょう? でもねえ、どんなものにも抜け道はあるから、独自に調達することができるの」

 「く、くそ……」

 「宇宙港は検査が厳しいから、危険物を持ち込むのは大変。あなたたちの装備が中途半端なのがそれを証明している。……まあそれは置いておくとして、あなたたちはどこから送り込まれたの?」

 「へ、へへ、共和国以外にも、あんたらの邪魔をしたい奴はいるんだぜ」


 襲撃者の生き残りは、そう言うと突然事切れた。

 どういうことなのかアンナが調べてみると、口内に毒を隠していたらしく、それを飲むことで命を絶ったようだ。


 「……質はそれなり。ただ、共和国以外というのは気になる。けれど、まずは……」


 船内に転がる死体を無視して操縦室に向かうと、管制相手に何事もなかったかのように振る舞い、そのまま宇宙港を出発する。


 「誰が敵で味方なのか。あやふやなまま進めないといけないか」


 想定していたのは、企業との繋がりを重視するところからの妨害。

 しかし、さっきの襲撃者はさらに別のところから送り込まれたように思える。

 普段見せないような険しい表情を浮かべつつ、アンナは船を加速させた。

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