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246話 変異した存在

 「向こうの様子はどうなっている?」

 「お菓子の袋を不器用に破いて、辺りに散らばって漂っているのを、パクパクと食べているところです」

 「……気を抜いているなら、仕掛けるべきか」


 廃墟の通路。

 大きな扉の前には、メリアとルニウが武器を構えた状態で待機していた。

 ファーナから常に向こう側の状況を教えてもらうことで、今まさにこちらから仕掛ける絶好の機会が訪れていることを把握する。

 ハッキングによって扉をファーナが開けると同時に、機甲兵に乗ったメリアとルニウは内部に突入した。


 「どうします? 攻撃しますか?」

 「相手が仕掛けるか、様子を見てくるか。数秒待ってから声をかける」


 いきなりの攻撃はしない。

 もしかすると、戦闘にならずに済む可能性があるからだ。

 だが、その望みは叶わず、謎の人型生物は飛びかかっての攻撃を仕掛けてきた。


 「そこのお前、こちらの声が聞こえるか。争いを避けたいがどうだ?」

 「ぎ……ぎぎ」

 「なんだ? 声、いや音か?」

 「反応はないみたいです。生け捕りにします!」


 謎の人型生物はシルエットは人間に近いものの、近くで見ると肉塊が人の形をしているだけという姿をしていた。

 声をかけても反応がないのを見たルニウは、機甲兵のパワーを生かして相手を押さえ込み、あっという間に制圧できたかと思われたが、その時近くで見ていたメリアは表情を変える。


 「ルニウ、そいつから離れろ!」

 「え? ああっ!? 機器類に異常が!」


 それは機甲兵の腕を掴むと、驚くべきことに、肉塊の表面部分が機械の隙間に入り込もうとしていた。

 速度は遅いものの、異常が起きたのかルニウの乗っていた機甲兵は謎の人型生物を押さえ込むことができなくなるため、メリアは舌打ちしつつ銃口を向ける。


 「出られるか?」

 「このままでは無理なので腕を切り離します!」


 機甲兵は人型をしている。

 それゆえに、胴体以外の手足は切り離すことができる。

 もし宇宙における作業で手足が損傷しても、新しい手足に入れ換えるだけで済むため、整備面が楽になるわけだ。


 「ちっ、実弾で攻撃したら、色々と飛び散って面倒なことになりそうだね、こいつは。ファーナ、どれくらいでビーム兵器を持ってこれる?」

 「施設を貫通する大穴があるので、二分ほどです」

 「わかった。……ルニウ、先に戻ってろ。腕がないんじゃあまり役に立たない」

 「降りて戦うという方法もあるにはあります」

 「さすがに自殺行為過ぎる。ほら、早く行け」


 ルニウは渋々といった様子で出ていくと、メリアは謎の人型生物に対してナイフを構えた。

 ビームの刃を発生させる代物であり、実弾による銃撃よりは、相手が飛び散る可能性を抑えることができるだろうという考えから。


 「無重力、空気はない、そんな状況でも普通に動けてる生物らしき存在。アステル・インダストリーはどんな実験をしてこんな存在を生み出したのやら」


 人間は、無重力においては動きが大きく制限され、空気がないならあっという間に死んでしまう。

 なのに、人の形をした肉塊と呼べるような相手は、無重力下でも特に動きに制限はなく、空気がなくても困った様子がない。

 幸いにも、メリアが乗っている機甲兵という代物は、無重力や低重力な狭い場所において真価を発揮する。

 宇宙における各種ステーション、宇宙船の内部、そして今回のような宇宙空間と直に通じている廃墟。

 そういったところでの運用に特化した兵器であるため、宇宙服のまま相手するよりはとても心強い。


 「ぎぎ……ぎ」

 「声か、音か。まあいいさ。調べるのはあとでできる」


 人の形をした肉塊は、掴みかかろうとしてくるが、その伸ばされた腕をビームの刃が切り払う。

 腕は分離すると辺りをふよふよと漂うのだが、驚くべきことに、もう一つの無事な腕が漂う腕を掴むと、切断面同士を合わせる。

 それだけならまだしも、すぐにくっついて元通りになってしまうという有り様。

 まさかの光景を目にしたメリアは、機甲兵の中で盛大な舌打ちをする。


 「ちっ、兵器としては有用そうじゃないか。特に、狭い所に解き放ったなら、どれだけの被害が出ることやら」


 このまま室内で戦うことも考えたが、相手が突進してくるので一度通路に出る。

 様々な残骸が漂う通路は、障害物として千切れたケーブルや、ひしゃげた金属製の壁が存在した。


 「ファーナ、急いでほしいね。ちょっとやばそうな相手だ」

 「では、ここに誘導してください。早く合流できるのと、ついでに相手に痛手を与えることができます」

 「わかった」


 送られてきた地図と印を見て、早速言われた通りにしてみせるメリア。

 人の形をした肉塊は、そこまで思考能力は高くないのか、牽制を交えて攻撃すると怯みながらも接近してこようとする。


 「なかなかに厄介だ。だけどね、一対一ならどうにでもなる」


 後退しながらも一定を距離を保ちつつ、ビームによる刃を振るうことで相手を機体に触れさせない。

 まともではない存在とまともに戦わず、事前にファーナが示した場所に到着すると、通信が入ってくる。


 「危険なので大きく避けてください」

 「ああ」


 通路と、ビームにより空いた大穴。

 その境目から飛び出すと、メリアはバーニアを吹かして一気に離れる。

 その直後、さっきまで立っていた場所にいくつものビームが通り抜けていく。

 それは複数の機甲兵……無人機が持つビーム兵器から放たれたものであり、人の形をした肉塊の全身を貫き、焼き切り、その肉体が完全に消失するまで攻撃は行われた。


 「……やり過ぎだ」

 「しかし、未知の相手に対してはここまでする必要があるかと」

 「否定は、できないか」


 ひとまず脅威を排除できたあとは、機体に何か付着してないか確認、念のために消毒、その後は拾ったメモリーの再生という用意が進められる。

 機体は隔離され、宇宙服は表面を軽く火で炙られる。

 なかなかに無茶な光景に思えるが、現行の宇宙服は宇宙を飛来するデブリとの衝突に耐えられることが求められる関係上、それなりとはいえ銃弾や火炎放射に対してもある程度の耐久性を誇る。


 「さて、拾ったこれを再生するとしようか」

 「再生と並行して、わたしは無人機による探索を行います」


 ブリッジに全員が集まったあと、紙の日記と同じ部屋に置いてあったメモリースティックの中身を確認する。


 「これは……何かの実験の直前?」


 いきなり映像が表示されるが、そこは防護服を着た人間が数人と中央部分にコンテナが置かれている部屋の中。

 明らかに、これから実験が行われるという段階だが、数分もすると全員が顔をしかめる出来事が発生する。

 日記に書かれていた通り、防護服を着た者が化物に変わっていく。

 苦しみながら床に倒れ、もがいたあと、防護服を突き破る形で中身が露出する。

 それは先程まで戦っていた肉塊と同じ存在。

 ただ、大きさはいくらか小さい。


 「……アステル・インダストリーは、何の実験を」

 「これは個人的な考えですけど、機械に侵食するフルイドのような特性を持たせつつ、生物相手に特化させた、新しい兵器という可能性があると思います」


 映像を見ていた者のうち、セフィが自らの考えを口にする。

 それを聞いたメリアは、何かに気づいた様子で映像を食い入るように見ていく。


 「なるほど、それが一番理解しやすい。可能性としてもあり得る」

 「けれど、フルイドみたいに意思とか知性はないみたいです」


 映像の中では、複数の肉塊が集まってくっついていき、しばらく蠢いたあと、人の形となった。

 だが、扉を開ける様子はなく、うろうろと歩き回るだけ。

 それから少しして警報が鳴ると、封鎖されたのか、他に通じる扉を覆う形で分厚い金属の板が次々と現れる。


 「映像はこれで終わりみたいです」

 「……そうかい。とんでもない映像だよ、これは」


 人間に侵食し、変異させてしまう存在。

 これは実験とはいえ、もし都市の中にばらまかれたら……。

 想像するだけで恐ろしいわけだが、見ないふりはできない。

 手っ取り早いのは、共和国中のメディアにこの映像を送りつけることだが、ただ送るだけではアステル・インダストリーに痛手を与えることはできない。

 恐ろしい実験とアステル・インダストリー。

 この二つが結びつかないと意味がないのだ。


 「日記……は書いた本人を確保できないと、大企業の圧力を越えて証拠にするのは難しい」

 「メリアさん、この施設ごと運んでしまうのは?」


 大きさにはだいぶ差があるが、無重力な宇宙において運ぶのは不可能ではない。

 だが、ルニウからの意見をメリアは拒否した。


 「却下。目立ちすぎるし、途中でどこかから確実に妨害が来る。ファーナ、目ぼしい情報はあったか?」

 「いいえ。明確にどこの所属かをぼかしてのやりとりばかりで、証拠として使えそうなものはありません」

 「ま、星系外縁部よりも外側なら、いちいち所属を口にしなくても済むか」


 とりあえず、しばらく探索してからこの場を離れるのだが、その間に得られた情報の中で使い物になりそうなものはなかった。

 収穫らしい収穫は、海賊の書いた日記と、おそらく独自に記録していただろう実験映像のみ。


 「メリア様、次はどうしますか?」

 「オリジナルに連絡入れるから、フルイドに会う」


 秘密裏に連絡を行う手段として、人類以外の知的生命体のフルイドが、このトレニアという大型船にいる。

 フルイド同士における意識の伝達を利用することで、盗聴を避けつつ思う存分にやりとりできるのだ。

 これはメアリが送り込んできたわけだが、そのおかげで怪しい実験について相談できるため、個人的にオリジナルとやりとりしたくないメリアの苛立ちを除けば、大いに便利で役に立つ助っ人と言えた。

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