245話 紙の日記に書かれたもの
各所に大穴が空いた廃墟。
重力を発生させる機関は死んでおり、無重力な中を探索していくメリアたち。
少しすると気がつくことがあった。
意外にも死者の数が少ないということに。
「この規模の建物なら、だいぶ人がいるはずだが、あまり死体が漂ってないね」
「う……少ないとはいえ、あまり慣れない光景ですよ」
「そもそもここにいた人間の数が少なかったか。あるいは逃げ出す船の中にぎゅうぎゅう詰めなのか。まあ、考えても仕方ない」
ビームによって空いた穴は、無重力なこともあって新たな通路として利用できるため、探索は普通よりは早いペースで進む。
やがて、他よりもやや豪華な内装の部屋を見つけると、メリアはその部屋を重点的に調べていく。
「ルニウ、まずはここを優先する」
「はいはーい。わかりました」
「基本的に、機密とかは下っ端のところにはない。偉い奴のところにある」
「急いでいたのか、色々残されてます。これなら何か見つけられるかも」
高価そうな衣服、中身の減った酒のボトル、今となっては貴重な旧時代のレコード。
部屋の主の趣味がどういうものか予想できる代物の中に混じって、メモリースティックや紙の日記などがあるのを発見する。
「紙の日記とはね」
「これはハッキングとかを恐れてたんですかね? 機械だと乗っ取られて中身を抜かれる可能性ありますけど、こういう古いやり方は手間がかかる代わりに乗っ取られないわけで」
「とりあえず、中身を見てみるか」
機甲兵の手は、日記を破かないよう扱うには少し大きすぎるため、メリアは降りて日記を手に取り、ページをめくっていく。
“やれやれだ。紙に書くという面倒なことをしないといけないことをここに記す”
ページの一枚目には、面倒くささが感じ取れるような荒く大きい文字が書かれていた。
「どうやら、嫌々書いているみたいだね」
「まあ、紙に書くのって面倒ですもん。端末使うなら、ポチポチと文字を打ち込んで変換とかすればいいだけなので。これが実際に書くとなると、指とか手首とかが痛くなるんですよ。長く書く場合は特に」
学生の頃を思い返しているのか、ルニウはため息混じりに言う。
メリアとしても、筆記具に違いはあれど文字を書くことはそれなりにあったが、今はそれよりもこの日記を読むのが優先される。
“一日目。でかい会社の子会社に雇われたわけだが、これは何かやらかしても親会社は悪くないっていう風にするためのとこだ。なので、実質的には親会社から送り込まれた奴が仕切ってる。それはまあ、よくあることだから別にいい。問題は、俺たちは何をやらされるのか。これに尽きる”
二枚目は、先程よりは内容があった。
雇われた側としては、何をやらされるのか気になるようで、後半は少し文字が乱れている。
“二日目。親会社の奴が、俺たちに大事な代物を運ぶよう指示を出した。中身はなんなのか聞いたところ、教えることはできないとか抜かしやがる。糞ムカつく話だが、運び屋としての経験が中身を詮索するのは得策じゃないと訴えるので、おとなしく引き下がるしかなかった。運ぶのは、人間が入るくらいの小さめのコンテナだが、緩衝材とか含めると無駄に場所を取るから困る”
メリアはさらにページをめくると、数日ほど何もない日々ばかりという文章が続いていた。
“七日目。ようやく、荷物を目的地に運ぶことができた。あとは、専門の作業員が来るまで待機なんだと。その間、何もしなくても給金が貰えるということで、ひとまず苛立ちはなくなった”
そのせいか、自然と何か起きた日のところまで飛ばしていくこととなり、長い文章になった時点でメリアの手は止まる。
“三十日目。なんだあのコンテナは!? 例のでかい会社から送り込まれた作業員が、コンテナを開けた瞬間、変な煙みたいなのを浴びて化物になりやがった! くそったれ、とんでもない代物を運ばされていた! 施設内部にいる会社の奴らをぶっ飛ばして、無理矢理に封鎖したが、これからどうなるってんだ……”
「どうやら、ここに変な代物を運び込んだ結果、何か起きたようだね」
「煙を浴びて化物になるってのが、なかなか怖いですよね。普通、防護服とかでガチガチに守るわけじゃないですか」
「防護服を貫通してくるやばい代物か、あるいは防護服自体に意図的に穴が空けられていた可能性も」
「……実験台として?」
「可能性としてはあり得る。この施設があるのは、星系外縁部よりもさらに外側。つまり普通の目が届かない場所。何かやばい実験をして、施設全体が駄目になっても、施設ごと消してしまえる」
「うーん、怖い話ですよ。続きどうなってるのか見てみましょう」
秘密の施設で行われた恐ろしい実験。
この日記に大まかながらも内容が記されているかもしれないため、二人は読み進めていく。
“三十一日目。子会社のお偉いさん、まあ親会社から送り込まれた奴なんだが、そいつから新たな指示が出た。コンテナの中身や、変異した作業員は近いうちに回収するので、それまでここを守っていろ、だと。冗談じゃないと言い返したかったが、表でも裏でも向こうはでかくて強い組織だ。ただの海賊程度が逆らうことはできない。恨むぜ、アステル・インダストリーさんよ”
アステル・インダストリーの名前が出てくると、メリアは険しい表情となる。
今いるここは、実質的にはアステル・インダストリーが所有している秘密の施設であり、かなりキナ臭い実験が行われたと考えていい。
遺伝子を弄ることで人の言葉を話せるようになったクマのアルクトスという前例から考えるに、ここがろくでもない場所なのは明らか。
「あのー、メリアさん」
「うん?」
「物凄く嫌なことに気づいたんですけど、ビームによって穴が空いてますよね? これって海賊がした封鎖を、謎の存在が抜け出てるってことに」
「……ファーナ、聞こえるか? 船を施設から離せ。そして侵入者がいないか徹底的な確認」
「今までのやりとりは把握しています。すぐ実行します」
乗り移られてはたまらない。
すぐに指示を出したあと、日記の最後の部分を読む。
“五十日目。回収すると言ったのに、一向に来ない。俺たちは見捨てられたか? しかし、金は入ってきている。まあ、口座の数字が増えても引き出せないんじゃ、存在しないのと変わらないが。そういえば、遠くで海賊同士がやりあってる。戦況は数が多い方が有利だが、数が少ない方は無人の船を無茶苦茶に動かすことで勝利をもぎ取ろうとしてる。有人なら中にいる奴が挽き肉かスープになるほどの機動だ。どういう奴がプログラムしたのやら”
日記はこれで終わっていた。
下には文字になる前の線らしき部分があるため、続きを書こうとしていたがそれを中断したことでそうなっているようだった。
「どうやら、書いてる途中であたしたちが来たことで、日記どころじゃなくなったようだね」
「このあとどうします? やばい代物が解放されてるわけですが」
「あとは、このメモリーを再生したいところだが、まずは、さっき見た謎の人型生物を見つけることを優先。それにより危険性を排除したあと、内部を捜索してアステル・インダストリーに痛手を与えられそうな証拠を探す」
「了解です」
分散しての行動はできなかった。
謎の存在がどれくらいの戦闘能力を持っているかわからないのと、日記に書かれていた人間を化物に変えるという内容のせいで。
それから程なくして、人型生物らしき姿を見つけたという報告がファーナから届く。
ハッキングした監視カメラを通じて見つけたという。