243話 星系外縁部のさらに外側
宇宙において、人類が利用できている領域というのはとても少ない。
まず惑星とその周囲、少し範囲を広げても星系内部。
恒星のエネルギーを利用する関係からここまでが限界。
ワープゲートは星系外縁部に設置されているが、人類が行き来するのは基本的にその内側まで。
しかし、宇宙全体から見ると、星系という範囲ですらあまりにもちっぽけで、その外側には広大な空間が広がっている。
「さーて、無限に広がる闇の中から何が出てくるやら」
基本的に、一般人は星系外縁部を越えたりすることはない。
用事がないのもあるが、一番は危険であるから。
巡回する艦隊はなく、海賊といった犯罪者などが隠れていることが多いため、何があっても自力で切り抜けるしかない。
助けを求めたところで、助けが来る前に終わることがほとんど。
それゆえに、ワープゲートがある星系外縁部よりも外側に行く者は、基本的には訳ありの者ばかりと言っていい。
「メリアさん、レーダーとかには何の反応もないですけど……」
「ま、それについてはあいつから貰った例の情報が正しいことを祈るだけだ」
漆黒の空間を、十隻ほどの小規模な艦隊が移動していた。
メリアや他の者も乗る大型船トレニアが旗艦となり、他には中小の艦船がいくつかという組み合わせ。
海賊として見るならそこそこの規模であるが、やや珍しい程度で済むくらいには、ありふれている。
つまり、星系外縁部をうろついても怪しまれにくい。
他の海賊からすれば、ちょっかいをかけても無駄に火傷するだけなので、大型船がいるようなところは無視するのが一番いい。
とはいえ、どんなことにも例外というのはあるもので、襲撃してくる海賊がいた。
「ファーナ、相手の規模」
「二百メートル級の中型船が二十。五十メートル級の小型船が八十」
「……ルニウ、格納庫で待機。状況次第ではあたしも格納庫で船に乗り込む」
「はい。行ってきます」
それは予想外の数だった。
偶然の襲撃ではない。
明らかに、事前の準備が行われていただろう攻撃。
一キロメートルの大型船の存在は、中型船までが限界な相手よりも有利な部分ではあるが、それ以外はすべて相手が上回っている。
「被害報告。護衛の一隻が沈みました。三隻が装甲部分に軽微な損傷」
百隻もの船から放たれるビームの雨は、シールドで防ぐにはあまりにも量が多い。
大型船のトレニアは無事でも、周囲の船には被害が出てしまう。
「移動しながらの攻撃、行けるか?」
「もちろんです」
人工知能であるファーナは、艦隊を自分の手足のように動かすことができる。
人間同士の連携と比べると、圧倒的な精度で行われる動き。
トレニア以外は無人であるため、人間が乗っていては不可能な動きによる機動しながらの攻撃は、一隻を沈められた分、代わりに相手を十隻沈めてみせた。
「……こういうのを見ると、時々恐ろしく思えるね」
もし中に人間が乗っていたら潰れているほどの速度で縦横無尽に動き回る船。
なお無茶をさせるせいで船の寿命が大幅に減ってしまうが、中型船や小型船を使い潰すだけで百隻もの相手を倒せることを考えると、とても安い代償。
トレニアだけは、ほとんど動かずにシールドで攻撃を耐えているが、それは囮としての役割もあった。
心理的に、旗艦らしき船に攻撃を集中させたくなるが、そうした場合はファーナが動かす船が上下左右あらゆるところから仕掛けてくる。
かといって、動き回る船を優先的に狙えばトレニアからの手痛い攻撃がやって来る。
一隻だけとはいえ、大型船が搭載できる砲台は強力であり、ビームが放たれるたびに襲撃側の数は減っていく。
「メリア様はわたしが怖いですか?」
「そりゃあね。まともではない人工知能だし」
時間と共に状況は有利になっていくため、頬杖をつきながらメリアは答える。
一見すると言葉と態度が一致していないように思える。
「ここはもっと真面目に答えるべきでは?」
「どう答えようが、何も変わらないだろ」
「そうですね。もしメリア様がわたしを捨てて逃げようとするなら、どこまでも追いかける覚悟があります」
「……やれやれだね」
会話の間にも、戦局は変わり続けていた。
このまま戦い続けても勝てないことを悟った海賊たちは、一気に逃げ出すのだが、ファーナの操る船は背後から仕留めていく。
推進機関部分は、装甲のある部分よりもいくらか脆弱で、シールドを突破できれば大きな被害を与えることができる。
場合によっては、一撃で大爆発を起こしてしまえるため、後ろを見せて逃げる相手は格好の獲物だった。
「さて、生き残りを取っ捕まえて色々聞き出すか。これ以上の殺しは控えるように」
「わかりました。それでは回収の時間ですね」
ある程度数が減った段階で、メリアは降伏を呼びかける。
すると、圧倒的多数で仕掛けたのに勝てなかったこともあってか、海賊たちはそれを受け入れた。
回収作業は一時間もしないうちに終わり、立場が高くて怪我の少ない者を何人か見繕うと、早速尋問が始まる。
「まず聞きたいのは、どうして攻撃してきたのか。あんなに大勢で仕掛けてくるってことは、事前に準備をしていないと無理だ」
メリアは宇宙服とヘルメットで姿を隠したまま、ビームブラスターを近くの者に撃ち込む。
非殺傷設定にしてあるため、苦しむ声が出てくるだけで済むが、その後、これ見よがしに設定を殺傷できるほどの威力に切り替えた。
「こちとら、いきなり襲われたんだ。容赦はしないと言っておこう」
「そうですよー。見せしめのために、何人か命を奪ってもいいんですからねえ」
メリアに合わせるかのように、ルニウは機甲兵に乗って大型のライフルを構えていた。
その威圧感はかなりのもので、生き残った海賊たちは最初は何も語ろうとしなかったが、少しずつ話す方向に傾いていく。
「ノリノリですね。特にルニウは」
「メリア様に合わせるためなのか、意外と素でああなのか」
荒くれ者に対し、少女の姿を見せても脅しにはならないということで、ファーナとセフィは別室にて待機。
ただし、現場で何が起きているか観察はしていた。
「……あんた名前は?」
「メリア」
「……言ってもいいが、一つ約束をしてくれ」
「なんだい」
「俺たちを別の国に運んでくれ。共和国にいたままだと死ぬ可能性が高い」
海賊の一人が口にした言葉を耳にして、メリアはヘルメットの中で顔をしかめた。
これはもしかすると企業とは別の面倒事なのか、という風に。
「まあ、運ぶだけなら」
「今すぐ頼む」
「はあ? どういう立場かわかっているのか?」
「……頼む、この通り」
驚くことに、海賊の一人は土下座をしてまでお願いをする。
恥も外聞もかなぐり捨てる行動を受けて、メリアは渋々といった様子で頷いた。
「とりあえず、話せ。そうしないとこっちは動けない」
「あ、ああ。そっちも配下への立場があるよな。俺たちは……共和国軍に傭兵として雇われた。外縁部よりも外側には、秘密の基地や研究所とかがあるが、そこに近づく奴を倒すよう命令を受けていた」
「まあ、ありふれた話だね」
どの国であっても正規軍は高い。
何年もかけて育成した兵士や士官、高価な軍艦。ついでに各種の年金など。
とにかく、正規軍というのは生きてても死んでても金食い虫であるため、節約するために海賊を傭兵として雇うのは何もおかしくはない。
そうなると、わざわざ土下座までするのはなぜなのか気になる。
「なんだ、あたしは偶然ながら共和国の秘密基地があるところに向かっていたってわけかい?」
「ああ。多少進路はずれていたが、見つかる可能性があったので消すようにという指示を受けた」
「で、返り討ちにあったわけだ。……となると、秘密基地側は何か応援を呼ぶ可能性があるか」
「そうなる。だから、ここはすぐにワープゲートへ」
「悪いね。断る。このまま進むよ」
「なっ!?」
メリアの決定に、この場に集められた海賊たちは一気にざわめく。
しかし、それ以上のことはできない。
機甲兵に乗ったルニウが目を光らせているからだ。
「くそっ、あんたイカれてるぜ」
「こっちにも考えがある。いいかい、このまますぐに逃げ去ったら、秘密を知ったということが向こうに知られる。そうしたら、次来た時は派手な歓迎を受けてしまう。大型船が複数とかの」
「そ、それは」
「けれども、何も知らないふりをしながら秘密基地を通りすぎて、あたしの目的を果たしてしまえば、共和国軍はひとまず様子見に回るだろう。行動を起こすということは、気づかれることと同じだから。ついでに、あたしが知らないふりをすれば、お前たちは捕まっても何も語らなかった口が固い者という風に共和国軍に思われるが」
「……あんたに任せる。くれぐれも沈まないでくれよ」
ひとまず海賊たちはおとなしくなった。
無理に反乱を起こすこともないだろう。
空いている部屋に監禁するため、ルニウが海賊たちを移送していくのを見送ったあと、メリアは再び顔をしかめた。
「喧嘩するのは企業だけにしておきたいところだが」
企業は独自の戦力を保有しているとはいえ、国の正規軍と比べれば数で大きく劣っている。一部を除いて質でも下回っている。
つまり、戦う相手が企業だけなら楽だが、正規軍もとなるときつくなるわけだ。
一定の速度を保ったままトレニアは進み続け、海賊たちから聞いた秘密基地がある近辺まで来るが、レーダーにはそれらしき反応はない。
「船のやつに反応はない。ファーナ、そっちは?」
「船体外部に配置した、わたしの端末からは、それらしき反応を検知しました」
「辺りには小惑星とかないのに、巧妙に隠されているもんだね」
「どうします?」
「無視だよ無視」
向こうは様子見に回っているのか、何もしてこないため、メリアは無視して進み続けた。
優先すべき相手は企業であり、共和国の正規軍ではない。
そのおかげか、何事もないまま通り過ぎることができた。