242話 表社会の者として
「は~い。久しぶりねえ」
「久しぶりと言うほど月日は経ってない、アンナ」
翌日、メリアの乗っている大型船トレニアが近隣の惑星に立ち寄ると、星系間通信が行われる。
映像通信によって現れるのは、表社会でそれなりの地位を持っているアンナ・フローリン。
栗色の髪と灰色の目を持つ彼女は、メリアの古い友人でもある。
ただし、その地位が、共和国の特別犯罪捜査官というものであるため、油断ならない人物でもあった。
「あなたの方から私に連絡してくれるとか珍しいもの」
「それは、否定できないね」
「用件は何かしら?」
「星系間通信じゃちょっと言えないこと」
「個人的なこと?」
「……もっと大きい」
「そう。ならすぐに向かうからどの星系にいるか教えて」
「共和国のアンバー星系」
「あら、私がいるところの隣じゃない。数時間ほど待っててね」
通信は終わり、アンナが来るまでの間、メリアは自分が起業したなんでも屋と、所有している惑星ドゥールの状況に目を通す。
どちらも、今のところは指示を出さずに放っておいても大丈夫なため、メリアは考え込む。
「……もし、共和国の一件が上手くいったなら、世の中はいくらか平穏になる。そうなったら、あたしは平和に生きていくことになるのか」
十五歳を境に、血生臭い世界で生きることになった。
それから時は流れて二十五歳の現在、表社会においていくらかの立場を得た。
なんでも屋の社長、帝国の貴族。
表で生きることを考えるなら、それらの立場で事足りる。
「お母さん、何か悩んでますか」
「……セフィか」
待つ間、することもないのでブリッジを出るが、その時セフィに声をかけられる。
なぜかルシアンも一緒にいるので、メリアは首をかしげた。
「散歩か」
「はい。全身が機械のサイボーグなので、しなくてもいいんですが、ルシアン自身が望むので。お母さんも一緒にどうですか?」
「トレニアの中は広いし、そうしよう」
全長が一キロメートルもある大型船。
その内部は、散歩をするのに充分な広さがある。
エレベーターや坂道によって複数の階層を行き来することができるが、今回はそこまで歩くつもりはない。
「セフィ、もしも世の中が今よりも平穏になったら、どうしたい?」
「どうもこうも、まずはなんでも屋にコネ入社ですね。養子とはいえ、娘なので」
「……そうなると、宇宙船の操縦や、人型をした作業用機械の免許とかを取る必要がある」
「お母さんは持っているんですか?」
「海賊時代に偽造したものがいくつか。実は、貴族のメリア・モンターニュとしてのものは持ってなかったりする」
「それ、お母さんこそ免許を取らないといけないのでは?」
「ま、そのうち取るよ。共和国の海賊がどうにかなったら、まとまった時間が空くだろうし」
宇宙船の免許に関しては、地上における車よりは意外とどうにでもなる。
取り締まりが厳しい惑星に降り立つのでもなければ、宇宙空間を飛んでいる船を警察などがいちいち呼び止めることはほとんどないからだ。
「一ついいですか?」
「うん?」
「お母さんこそ、世の中が平穏になったらどうするつもりですか? 経歴とかを綺麗にして表社会の人間として振る舞うんですか」
「大まかには、そういう方向性になるだろうね。なんでも屋に力を入れて、事業規模の拡大。惑星ドゥールの開発を進め、領主としての収入を得たり、今後は色々な道が待っている」
「そうですか。上手くいくことを願ってます」
セフィは白い髪を揺らしつつ、その赤い目でメリアを見ていたが、やがて視線を外すと立ち止まる。
「そういえば、この辺りってファーナによる監視が届かない場所です。誰も訪れないところとなると、カメラを設置するのは後回しになるので」
そう言いながら、セフィはメリアに近づく。
「なんだ、最初からあたしをここに連れてくる腹積もりだったかい」
「そうですね。せっかくなので、抱きしめても? 親子間のスキンシップというやつです」
「はいはい。娘がそう言うのなら親としては無視するわけにもいかない」
やれやれといった様子でメリアは腕を軽く広げるが、セフィは首を横に振る。
「しゃがんでください。身長に差があるので」
「注文が多い娘だね」
言われた通りにしゃがむと、お互い抱き合う形になる。
時間にしておよそ十秒が経過すると離れるが、セフィは物足りなさそうにしていた。
「もう一度いいですか」
「断る」
これ以上は望み通りにはしないことをメリアが口にすると、セフィは仕方なさそうにルシアンを撫でてから、ルシアンを連れて、今まで来た道を戻っていく。
「お母さん、アンナという人とは今後どうなると思いますか?」
「さあね。警戒すべき味方であると考えてるから、付かず離れずといったところだろう」
適当な会話をしながらブリッジに戻ると、メリアは空いている席に座り、背もたれを倒して横になった。
それからいくらかの時間が過ぎると、アンナからの通信が入る。
今同じ星系に到着したということで、それからしばらく待ち続けると、とある小型船がトレニアにドッキングし、そこからアンナがやって来る。
「ふう、大急ぎで来ちゃった」
「あまり待つ必要がないのは助かる」
「それで、どんな用件なのか話してくれる?」
「共和国の海賊を大きく減らす。その過程でアステル・インダストリーとかの大企業に喧嘩を売る」
メリアの話を聞いて、アンナは驚くような表情になったあと、口元に手をあてて少しばかり考え込む。
「海賊を減らす。これは私としても全面的に協力できるわ。ただ、大企業相手にどんな喧嘩を売るのかしら? それ次第では協力できないかも」
「パンドラ事件と似たような形」
「な~るほどねえ。なら、心置きなく手を組めるわ。それで、どんな立場で動くの?」
「表向きには海賊として。帝国貴族が共和国で暴れたなら、色々と問題があるだろう?」
「ふむふむ、それならお互いこそこそとした繋がりに留めるのがいいでしょうね。大企業ともなれば、議員を動かして自分の思う通りの状況を作ることは造作もないから」
共和国において議員という存在は、企業ありきの存在と言える。
わかりやすいところでは、大企業の資金によって議員となった者が、自分のスポンサーとも呼べる大企業の傀儡として法律を作ることがあるため。
なお、大企業の息がかかった議員が法律を作ろうとしても、他の大企業の息がかかった議員によって止められるという事態もあったりする。
その場合、裏で大企業が保有する私兵や傭兵といった戦力が独自に戦闘を行い、その勝敗によって、法律が作られるかどうかが決まってしまうという一面もあった。
単純に言うと腐敗しているわけだ。
一応、大企業とは無関係な議員もいるにはいるが、人数としては多くないので、民意が反映されることは少ない。
「しばらくは隠れながら動くしかないか」
「しょうがないわ。お金があるということは、それだけ多くの戦力を揃えられる。特に、海賊とかをお金で雇えば、自分の手を汚さずに敵対企業に痛手を与えられるから」
「そのための資金を生み出すのが、表には出せない悪事。アステル・インダストリーは、キメラという生体兵器を作り上げて売っていた。他には違法な代物をオークション形式で販売したり」
パンドラでの一件を思い返すメリアは軽いため息をついた。
海賊以上に悪党な大企業という存在に対して。
「悪事を暴いて資金源を断つことで、まずは弱体化を狙うわけね?」
「そうなる。ついでに雇われてる海賊を蹴散らして、今後を楽にもしたい」
「提供する情報だけど、それは少し待っててね。上の方に話を通さないといけないけど、大企業側の者に知られないようにしないといけないから」
「そっちの事情はわかってる。こっちはこっちで独自に動くから、多少は遅れても問題ない」
「それじゃ、次はお別れのスキンシップを」
「さっさと帰れ」
半ば追い出すようにアンナを帰すと、メリアはやれやれとばかりに頭を振った。
おふざけする余裕があるのはいいが、果たして大丈夫なのか。
なにはともあれ、これにて表と裏の両方で情報を得る用意は整った。
そして次の行動のために、メリアはフルイドを隠している場所に向かう。
ファーナの端末の一体が門番をしている一室の中には、クッションの上でのんびりとしているフルイドの姿があった。
「何か」
「メアリと連絡を取りたい。襲っても問題ないところの情報などを聞きたい」
「少しばかり待ってもらいたい」
数分後、フルイドを通じてメアリからの返答が来る。
“共和国政府、もとい議会に影響力を持つ大企業との繋がりがある海賊だけど、一部については知っているから居場所を教える。ただし、偶然の襲撃を装って。そうでないと、大企業の警戒が増してしまうからね”
共和国にあるいくつかの星系、そして企業の名前が伝えられると、メリアは理解した様子で頷いた。
じっと待つよりは、小刻みに襲撃をしていく方が性に合ってるわけだ。