241話 裏社会の者として
セレスティア共和国。
元々はセレスティア帝国の一部であったが、数百年前に帝国を二分する戦いの果てに分離独立したことで生まれた。
そのため、同じような国名なのは、当時の人間による当てつけの意図も含まれている。
建国の経緯から、帝国とはどこか微妙な距離感があるものの、数百年という月日は、お互いを歩み寄らせるには充分な長さであった。
そんな共和国の内部において、メリアは大型船ではなく小型船に乗って独自に行動していた。
「ルガー、こっちの話を聞く気のある海賊を集めたとのことだが」
「へへへ、蛇の道は蛇と言います。俺は共和国の海賊にもいくらか通じてますからね。だから豪華客船の情報を集め、内部に人員を仕込み、襲撃を成功させることができた。伯爵……いや、今はお頭と呼びましょうか……。何かするならできる限りの手伝いをしないと」
ワープゲートがある星系外縁部よりも、外側の宇宙空間。
パトロール艦隊がわざわざ巡回しない場所には、メリアの操る船を含めていくつかの宇宙船が存在した。
操縦席のスクリーンに映るのは、かつてメリアの配下となった海賊のルガー。
彼は元貴族だったが、何も相続できない落ちこぼれであったがゆえに、海賊として活動していた。
そんな人物であるからこそ、共和国の海賊にも話をつけることができ、メリアとの会談の場を設けることができたというわけだ。
「いやはや、共和国の大企業に喧嘩を売ると聞いて驚きましたよ。まあ、どんな喧嘩をするのかはともかく、人手はいるわけで」
喧嘩と一口に言っても幅広い。
一番安易なのは武力を用いること。ただし、大企業が保有する戦力はかなりのものであるため、真正面から戦うのは得策ではない。
他には、隠された不祥事を暴くというものもある。
これは少し前に、アンナという古い友人からの要請を受けて、メリアがアステル・インダストリーの悪事を暴いたことが代表的。
他には、企業機密を盗み出して他の有力な企業に売りつけて間接的に被害を与えるというのもあるが、さすがに気長過ぎるのと、他の有力な企業がどれくらい信用できるのかという部分がある。
「打つ手は色々あるが……結局のところ最終的な目的が果たせればいい」
「それは?」
「ルガーには言えない」
「残念なことですが、まあ仕方ない」
そこまで信用されていないという事実に、画面の向こうでルガーは肩をすくめてみせる。
とはいえ、配下となって日が浅いため信用がない自覚はあるのか、文句を言ったりはしなかった。
「一つ言えるのは、海賊のほとんどは廃業を余儀なくされるかもね。死ぬか、逃げるかで」
「そいつはまた……スケールの大きい話です。俺に被害がないなら、海賊はどうとでもしてくださって構いません」
「おや、繋がりがある相手を見捨てるのかい」
「海賊同士の繋がりというのは、そこまで絶対的なものでもない。むしろ敵となる場合のが多い。少し前まで一緒に仕事していた奴を死なせるなんてこと、経験あるでしょう?」
「ないとは言わないが、そもそもあまり他の海賊と一緒に仕事したことがない」
「その若さからしたら、そうなりますか。っと、そろそろ向こうと会う時間です」
既に到着していたものの、予定していた時間よりも早いせいか、それぞれが警戒しながら会談の時間が来るのを待っていた。
いざ時間になると、機甲兵によって船同士がケーブルで繋がれていく。
無線だと外に漏れる可能性が多少はあるため、面倒ながらも有線での通信を行うわけだ。
「なんだあ? 話があるとのことだが、顔を隠してるとは」
「顔を出さない奴の話を聞く気にはなれない。対価としての物が出されても、信じることはできない」
「だろうね」
今のメリアは、宇宙服とヘルメットによって正体がわからない状態だった。
声により若い女性であることは伝わるものの、海賊たちからすればあまりにも怪しい人物であるわけだ。
「やれやれ、話を聞いてもらうためにもこれを外すしかないか」
メリアはそう言うと、ヘルメットを外した。
その瞬間、海賊たちは驚愕のあまり無言となる。
映像通信でやりとりをしているため、ヘルメットの下から予想外に美しい顔が現れたことに驚いていたのだ。
「……たまげたな。ずいぶんと綺麗な顔が出てきた。しかも、帝国の有名人に似ている。内戦を引き起こした大昔の人間に」
「整形か、偶然同じ顔か、それとも……。まあいい、こちらの要請に従ってヘルメットを外したのだから、こちらとしても耳を傾けるべきだろう」
人類はかなりの数がいる。複数の有人惑星に、宇宙空間に各種コロニーが存在するために。
そうなると似ている顔があってもおかしくはない。
整形で有名人に似せる者もいるため、海賊たちはそれほどメリアの顔について何か言ったりはしなかった。
結局のところ、それよりも重要な話がこのあとにあるからだ。
「それでだ、メリアさんよ。俺たちに何を望むんだい? まずはそこだ」
「わざわざ、複数の海賊を呼びつける。尋常ではない仕事と考えられるが」
「そこそこ配下を持っているあんたたちのような海賊に、手伝いをしてもらいたくてね。……アステル・インダストリーに喧嘩を仕掛けるつもりだよ。以前、パンドラの一件が表に出てきたように、他の不祥事もあるかもしれないから、それを探す」
不祥事によりだいぶ弱体化しているとはいえ、依然として共和国における大企業であるアステル・インダストリー。
そこと喧嘩すると聞いて、海賊たちは驚くような呆れるような表情を浮かべた。
「ははは、なかなか面白い冗談だ。企業が保有する戦力がどれくらいか知ってて言ってるのか?」
「大企業は、共和国の議員との繋がりも深い。なにせ、大企業の資金援助を受けることで議員になれた者が多いから」
反応としては、嘲笑するものばかり。
映像通信の向こう側では、今やりとりしている者以外がなにやら笑っている声が聞こえてくる。
「パンドラの一件、不祥事が表に出てきたことに、あたしが関わっていると言ったら?」
メリアの言葉に、笑い声は消えていく。
一般人であれ、海賊であれ、共和国に暮らす者ならば、惑星マージナルにおいてパンドラという巨大な船が落ちようとしていたことは把握している。
そしてそこからアステル・インダストリーの不祥事が次々と出てきたことも。
「……あんたの計画、聞くだけ聞いてみよう」
「若いだけの者じゃないようだ。ルガーが配下になるだけはある、か」
連日報道されるニュース。
共和国の大企業が重大なやらかしということで、直接的か間接的かを問わず、大勢に影響を与えた出来事。
影響を受けた者の中には、当然ながら海賊も含まれる。
だからなのか、全員がメリアの言葉に耳を傾ける様子を見せていた。
「おや、さっきとはずいぶん態度が違う」
「ふん、あれだけの大騒動だ。大企業のやらかしとなれば、海賊の仕事は嫌でも増える」
「トップがガタガタになれば、必然的に他の企業同士の抗争は激しくなる。自分たちが成り代わる好機ではないか? そう考える者はいるために」
「まあいいさ。それでだが、とりあえず情報を集めてほしい。海賊だからこそ得られる情報を。それ以外のは、こっちで集める」
表と裏。
社会は二つに分かれていると言っていい。
一般人と犯罪者という風にも分けられる。
その中で、表の情報を集めることをメリアが言うと、海賊たちは少し表情を変える。
どこか見定めるような感じに。
「表の情報を、ねえ。ふん、なんともまあ、心強い情報源がいそうなことだ」
「それで、とりあえずの期限はどれくらいにする? ダラダラとやっても仕方ない。区切りが必要だろう」
区切りについて、メリアは少し考え込んでから口を開く。
「まずは二週間。その間に、裏切らなさそうな協力者を見繕ってほしい」
「要求が多いな、おい。だが、相手が大企業なら必要なことか」
「数は力。これはどこの世界でも変わらない。無論、海賊にとっても。我々としても努力はしよう」
「一応言っておくけど、警察や軍を刺激しないように。まだそういう段階じゃない」
一通りの内容がまとまったあと、次に落ち合う星系と宇宙空間の座標を取り決めたあと、報酬の話になるが、これはすぐに解決した。
メリアがエーテリウムを取り出し、海賊たちに見せつけたからだ。
魔法の金属と呼ばれるそれは、持ち歩くだけで老化を抑制できる。
それゆえにかなりの高額で売れる。人によっては金銭以上の価値がある。
「本当に換金するんですか?」
海賊たちと別れたあと、ファーナが問いかける。
「例えば、報酬を支払う前に海賊たちが壊滅したなら、支払いの必要がなくなる。そういう事態も考えられるわけだね」
「なかなかにひどいです。でもメリア様らしいです」
「それ、褒めてるのか」
「それなりに」
「……そうかい」
やるべきはまだまだ残っている。
メリアはいくつか星系を通りつつ、船の外観を擬装し、警察の目を欺いた上で、新たな相手に連絡を取る。
表の社会に通じている者から情報を得るために。