238話 忘れ去られていたプレゼント
「これはまた、凄い光景だね」
メリアは急いで問題が起きている惑星に到着し、許可を得てから、大気圏に突入できる小型の宇宙船で軌道上から直接現場に向かった
ここまでの間に二日かかっている。
そこで目にしたのは、都市の一部を封鎖して包囲している軍隊と、やや離れて野次馬をしている民衆たちだった。
「メリア様、あそこを見てください」
「あれは、なんだ……?」
そこまでは割とありふれているものだが、メリアが表情を変えたのは、小さな建物。
ファーナが示した場所には、なんでも屋の看板が掲げられており、問題が起きるまでは店舗として機能していたようだ
しかし、今では簡易的なバリケードが設置され、何者かが内部で動き回っているのが確認できた。
「拡大できるか?」
「惑星の重力のせいで完全に静止できないため、どうしても映像は不鮮明なものになります」
「面倒だね。無人機を投入してもいいか、公爵様を通じて現地の指揮官に聞くか」
まずは軌道上の宇宙港にいるソフィアに連絡し、地上の軍に繋いでもらう
そうして返ってくる答えは、やりたいならやればいいというもの。
そもそもの話、フランケン公爵であるソフィアが、包囲するだけに留めるよう指示を出しているからこそ、軍隊は動かない。
公爵の指示は絶対であるわけだ。
「武装は実弾のみ。ビーム系統のだと、包囲している軍に被害が出る可能性がある」
「はい」
あそこでいったい何が起きているのか。
それを確かめるため、小型船に搭載されている無人機は貨物室から降下していく。
数は二機。大きさは三メートル前後。
生身の人間が利用する店舗で活動するにはやや大きいが、そこは実力行使で解決する。
具体的には、バリケードを乗り越えて扉の外枠を破壊しつつ侵入した。
「バリケードは、ただ単純に外からの視線を届かなくするための壁代わりなようで、耐久力はありません。内部に罠が仕掛けられているということもなさそうです」
ファーナが遠隔操作している無人機たちは、警戒しつつ進んでいく。
受付などがある広い一室の奥には、車両がいくらか残っているも、そこにはこれといった異常はない。
そうなると、残る場所は地下だけとなる。
「あまり広くないから、確認はすぐに済みそうだ。問題は……地下に何があるか、だが」
「地下といえば、だいぶ前にコンテナが届きましたよね? その際、メリア様は地下に保管するよう言っていました」
「……忌々しいあいつからのプレゼント。くそっ、今になって思い出したよ!」
盛大な舌打ちのあと、メリアは操縦席近くにある機器類を殴りつける。
金属が相手なので、手の痛みに顔をしかめるが、痛みにより多少は落ち着いた。
「内戦のあと、メアリからのプレゼントが届いたのはここか?」
「確認するので少々お待ちください」
メアリ・ファリアス・セレスティア。
若くして亡くなった悲劇の皇帝として、帝国の教科書に記述されている女性。
しかし、彼女は死んでおらず、コールドスリープによって今になるまで生きていた。
それどころか、フルイドという人類以外の知的生命体と協力関係を結び、帝国において大規模な内戦を引き起こした。
幸いにも、メリアの活躍によって彼女は内戦に敗北することとなったが、死ぬことはなく生き続けている。
「……ったく、オリジナルって奴は、どこまでもあたしに迷惑をかけてくる」
そして最も重要で厄介なことに、メリアはメアリという女性のクローンであった。
それなりに生産されたクローンだが、様々な理由で命を落としていき、今も生き残っているのはメリアのみ。
それでさえ、廃棄処分されようとしたところを偶然生き延びることができたからに過ぎない。
「確認終わりました。あのオリジナルから送られた中身が不明なコンテナですが、この店舗に保管されているようです」
「……そうかい」
メリアは顔に手をあてる。
十中八九、地下にはろくでもない代物が待ち受けているだろう。
とはいえ、ここまで来たからには見なかったふりはできない。
「周囲の軍や軌道上の衛星とかに写真や映像を撮られないようにできるか?」
「地下だけで済むのなら、なんとか」
「ルニウも連れてくればよかったよ。無人機以外の戦力を投入できる」
現在、メリアとファーナ以外は軌道上にて待機している最中だった。
「状況次第では、機甲兵に乗ってあたしも降りるか」
「相手がどういう存在か不明なので、もうしばらく様子を見てからお願いします。もし死んでしまったなら、とても悲しいです」
「悲しい、ね。人工知能の感じる悲しさってのは、人間とはまた違ったものに思えるが」
「結果が同じなら、過程は違ってもいいと思いませんか?」
「はいはい。とりあえず今は目の前の出来事が大事だ」
ファーナがいかに人間らしい振る舞いをしようとも、人工知能であるため思考などは根本的には異なる。
しかし今はどうでいいことである。
操縦室のスクリーンには、地下に降りていく無人機視点の映像が映し出されていた。
「照明は生きてる。となると、中は意外と無事か」
「降りる間に地下の図面を調べました。倉庫兼休憩所のようで、地上の建物と同じくらいの広さです」
「柱とかには注意。もし壊して埋まるようなことになれば、面倒な状況になる」
「外に出てしまう可能性がありますね」
地下にしては広いとはいえ、所詮は民間の施設。
今回の問題を引き起こした存在と、早い段階で遭遇する。
「あれはパワードスーツ? 人間なのか?」
「いえ、内部は空です。つまり、パワードスーツが自分で勝手に動いていることになります」
「なら、迷わずに済む。破壊してもいいから攻撃して無力化を」
「はい」
無人機が攻撃する動きを見せると、謎のパワードスーツも迎撃しようとするが、数の差、そして武装の差から決着はあっという間についた。
なんでも屋の店舗には、軍用の武器は存在しておらず、ほぼ徒手空拳の状態だったのだ。
「……ずいぶんと、呆気ない」
「こちらには銃器がありますから。しかも無人機なので、人間が乗っていては無理な動きも可能です」
スクリーンには、胴体部分に穴が空いて手足を切断されたパワードスーツらしき物体がもがいていたが、時間と共に機能を停止していったのか、やがて完全に動かなくなる。
破損した部分から見える中は空洞であり、これがどういう代物か首をかしげるしかないが、手っ取り早く解決する方法はあるにはある。
これを送ってきた者に聞けばいい。
「はぁ……気が乗らないが仕方ない。あれを回収したあと、公爵様に連絡。現地の片付けを任せつつ、こっちはこっちであいつに連絡入れる」
「破片もすべて?」
「可能なら」
店舗の中には、掃除や細かな作業を行うことのできる機械が置いてあるため、ファーナはそれを使いつつ、回収作業を始める。
時間にして一時間ほどが経過したあと、回収作業は完了するため、メリアは宇宙船を動かして大気圏を離脱し宇宙へと向かう。
「どうでしたか?」
大型船トレニアの格納庫に着陸した時、ソフィアからの通信が入る。
「新種のパワードスーツか何か。今のところはそう判断するしかない。それと、完全に破壊してしまったことも付け加えておく」
「ふむふむ、そうですか。誰も怪我人が出なかったので、警察や軍を抑えるのは楽に済みそうです」
「悪いけど、渡せるものはない」
「構いません。ここに来るまでの短い間とはいえ、一緒に過ごすことができましたから」
幼い公爵であるソフィアはそう言うと、笑みを浮かべながら軽く手を振り、そのまま通信は切れた。
「メリア様」
「なんだ」
「もしかすると、そこまで重大な問題ではないことがわかっていながら、メリア様を呼び寄せるためにあの子は……」
「まあ、あっという間に解決できる程度とはいえ、あたしにとっては厄介な問題だよ。あいつに連絡しないといけない部分を含めて」
メリアはファーナと共に小型船から降りたあと、トレニアのブリッジに移動し、ため息をつきつつもメアリへ連絡を取る。