237話 二人の公爵
その日、ドゥールの海上で作業をしていた者たちは、とある人物の来訪を受けて手を止めていた。
通常なら作業中断は怒られるところだが、怒るべき立場の者ですらどうすべきか混乱していた。
そんな状況を目にして、メリアはわずかに肩をすくめる。
「ったく、やれやれだね」
誰もが軌道エレベーターに注目していた。
宇宙港から、帝国の公爵が二人も降りてくるからだ。
発展した惑星ではなく、未開の星と呼べるほどに何もないドゥールにわざわざ公爵が訪れる。
その事実は、作業を中断させるには充分過ぎた。
一応、星を所有しているメリアが一喝すれば作業を再開させることはできるだろうが、メリア自身そこまでするつもりはなかった。
「遠路はるばるお越しいただき、心よりの感謝を申し上げます」
遠巻きに眺めている見物人がいる中、フランケン公爵たるソフィアと、ジリー公爵たるイネスの双方に対して丁重に一礼してみせるメリア。
その部分だけを見れば貴族であることに疑いはない。
とても海賊をしていた人物には見えないわけだ。
「お久しぶりですが、ここは人が多いので、人がいない部屋でお話がしたいです」
「それについては、私もこちらの幼いフランケン公爵に同意します。モンターニュ伯爵、案内をお願いしますよ」
「……ええ、どうぞこちらへ」
見物人がいる場所ではできない話もある。
そのため、急いで整えた一室に案内する。
最低限の家具しかないが、長く滞在するのでもなければ、それほどの問題はない。
「窓から外を見てもいいですか?」
「どうぞ」
陸地がなく、海しか存在しない惑星。
幼いソフィアからするとわくわくする場所なのか、部屋にある窓に駆け寄り、青い海しかない景色を堪能していく。
「海……それはすべての生命の始まり」
「いきなり、何を言うのやら」
イネスは海を一瞥すると、小声で呟く。
「かつて一つの惑星から生まれた生命は、やがて数多くの生命に枝分かれしていった。そしてその中から人類が現れ、発展し続け、今では宇宙の広い範囲に領域を拡大するに至る」
「そういうお勉強は子どもの頃に済ませたけどね」
メリアは興味なさそうにするが、イネスは真面目な表情のまま近づくため、嫌でも対応することに。
「なんだい」
「メリア。惑星ドゥールの所有者たるあなたにお願いがあります。大規模な深海の調査を行っても?」
「……目的は?」
「好奇心」
「なら駄目だ」
「ふむ、他人のお金で開発がいくらか進んだあと、深海の調査といきたいところでしたが」
「自分でこの惑星を所有し続けて、そうすればよかったろうに」
見知らぬ他人の目がないため、メリアは先程までの演技を捨て、ソファーに座ったまま頬杖をついていた。
礼儀も何もない態度だが、イネスとしてはどうでもいいのか、目線を合わせるため彼女もまた反対側のソファーに座る。
「あなたが内戦で活躍しなければ、そうしてもよかった。しかし、勝利の立役者には相応の報酬があってしかるべき」
「呼吸可能な大気がある惑星というのは、ずいぶんな大盤振る舞いだとは思うけどね。お金で済ませることもできたはず」
イネスは、二十代後半という若さながらもジリー公爵家の当主になっている。
複数の星系から入ってくる膨大な収入は、惑星一つを購入できるだけの資金を用意することなど造作もない。
「そもそもの話、このドゥールという惑星は、内戦でとある貴族の家が断絶したため、相続で揉めていたのを、公爵家の力を使って奪い取ったようなもの。私がずっと所有していると、のちのち問題が出てくるので手放すしかなかったのですよ」
「内戦で活躍した者への褒美を他の貴族から奪った惑星で済ませてしまえば、自分の懐はほとんど痛まない。……はっ、恐ろしい公爵様だね」
頬杖をついたまま吐き捨てる姿は、あまりお行儀が良いものではないが、この場にそれを咎める者はいない。
「それをわざわざ言うのは、あなたを信頼しているからこそ」
「あたしにそれを聞かせるということは、なんだか他にも色々と思惑がありそうで嫌なんだが。というか、外堀を埋めてそっちと協力する以外の道筋を消してるだろ」
「いけませんか? 内戦で活躍したという事実は、他の貴族からすれば脅威。ならばその脅威と仲良くしているだけで、ジリー家は他の貴族よりも優位に立てる」
「ご立派なことで」
帝国の政治に積極的に関わるつもりがないメリアからすれば、あまり巻き込むなと言いたいところだが、貴族となっている時点でそれを口にしても空しいだけ。
その後もイネスと話していたが、外を見飽きたソフィアがやって来るのでそちらに意識を向けた。
「代わり映えしない景色は、よくないですね」
「まあ、水面だけってのはそりゃあね」
退屈な景色に対するソフィアの意見は率直なものだった。
ドゥールには一切の陸地が存在しない。
それゆえに海上は代わり映えのしない景色しか見ることができない。
ならば水中を見るのはどうかという意見をイネスが出すが、メリアは首を横に振る。
「今は大企業による開発を進めている真っ最中。進捗に影響が出るようなことは避けたい」
「そうですね。あれだけ大掛かりな用意をしているので、事故とかが起きたら危ないです。今回は諦めます」
それなら仕方ないといった様子でソフィアは頷くと、メリアの隣に座り、トントンと腕をつついた。
「うん?」
「少し、お話したいことが」
「それはいったい?」
相手は十歳。
とりあえず話を聞く姿勢となるメリアだったが、すぐにその表情は驚きに満ちたものとなる。
ソフィアから語られる内容は、驚くべきものであったからだ。
「わたくしの領地の中で活動しているメリアさんのなんでも屋ですが、少々揉めていまして」
「……こっちには、問題があるという報告は来ていない。詳しく」
アルケミアという名前のなんでも屋を立ち上げ、その社長となるも、色々あったせいで経営は基本的に店舗ごとに大きな裁量を与えている。
そのせいでなんでも屋全体の経営はギリギリ黒字という状況だが、赤字でないなら大した問題じゃないという考えをメリアは持っていた。
実質的に放任している形になる。
しかし、フランケン公爵領の中で活動しているなんでも屋の一部で、なにやら異常が起きて従業員が店舗を放棄したという。
「ただ、何が起こったのか従業員ですら詳しいことはわからないらしく、現地の警察が調べようとしたところ、謎の存在からの攻撃を受けて追い出されたため、慌てて軍を送り込む準備をしている最中です」
「……穏やかじゃない話だ」
「謎の存在は手加減していたのか、負傷者が出なかったため、今のところは包囲だけで済ませています。わたくしがそう命じました」
「その理由は?」
「ええと、謎の存在を生け捕りにすれば何か得られるかもしれないので。あとは、やはりこういう場合は社長からの許可を頂きたいなと」
それは十歳の少女が取る行動としては普通ではない。
怪しげな存在に対して、即座の鎮圧を選ばず、包囲しつつの様子見を行う。
そして関係ありそうなメリアに話を持ちかけた。
幼いながらも、貴族の当主であるわけだ。
「……やれやれ、こんな話を聞かされてしまったなら、現地に向かうしかない」
「今から向かいますか? それなら、一緒に行きましょう」
自分の領地で厄介な問題が起きたにしては、意外と軽い調子でいるソフィア。
「個人的にはもう少し、親睦を深めたいところだけど、無理に引き留めても逆効果。私は共和国のGOEと帝国のEOGの開発を一通り見てから戻るので、問題が解決したら何があったのか教えてください」
イネスは、大企業による海しかない惑星の開発を見学することも目的なのか、のんびりとした感じで言うと、手を軽く振ってから部屋を出た。
「そうそう、お別れの前に一つ。パウロは喜んでいましたよ。企業による開発に自分の意見を反映させることができることに」
「そうかい。お礼は自分で言えばいいのに」
「気恥ずかしさがあるのでしょう。まあ、開発は必要とはいえ汚染は最小限に留めたい。自然の回復力は高いものの、頼り過ぎてはいけない。それが彼の言葉」
「それについては同感だよ。汚れた海ってのは本当に汚い。それに比べてここは綺麗だからね」
人口が一定以上の惑星における海というのは、どうしても汚れてしまう。
このドゥールには、軌道エレベーターだけしか建造物がなく、人が少ないこともあって海は綺麗な限り。
開発により、これからそこそこ汚れるだろうが、惑星一つに対してこれだけの規模ならば必要経費と割り切れる。
「さて、次はフランケン公爵領か」
二人の公爵の滞在は短いものに終わった。
その代わり新たな問題が現れてしまったが。