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234話 ちょっとした罠

 「あ、抜け毛だ」

 「……何をしてるんですか」


 日が沈み始めた頃、通路などをうろついているルニウが時折しゃがんで床に手を伸ばす。

 それをたまたま目撃したセフィは、軽く周囲を見渡して誰もいないのを確認してから呟いた。


 「メリアさんの抜け毛を見つけたから拾ってるだけだけど」

 「なぜわざわざそんなことを?」

 「それを教えたら、セフィちゃんはメリアさんに教えるでしょ?」

 「まあ、そうですね」

 「だから言わない」

 「なら、お母さんに伝えます。ルニウがお母さんの髪の毛を拾い集めてるというのを」


 奇行に対し、真面目に付き合っても仕方ないという気持ちから、早速手元の端末を弄るセフィであったが、ルニウは慌てて止めようとする。


 「う、ちょっと待った」

 「待ちません」


 手が空いているのか、すぐさまメリアの声が聞こえてくる。


 「ん? セフィがここに連絡入れるのは珍しい」

 「とある人物の奇行を見かけたので」

 「……ルニウか」

 「はい。なぜかお母さんの髪の毛を拾い集めてたので、連絡しました」

 「はぁ……とりあえず二人とも、集合」


 ため息のあと通信は途切れる。


 「というわけなので、行きますよ」

 「うぅ……」


 重い足取りのルニウを、引っ張りながら歩くセフィ。

 その際、遠くの通路にこちらを見ているような人影を見つけたが、すぐにそれは消えるのであまり気に留めずにいた。

 少しして、メリアのために用意された一室に到着する二人だが、中に入った瞬間ルニウに向かって物が投げられる。

 それは中身の入っていないペットボトルであり、ルニウが咄嗟に掴み取れる程度には威力がない。


 「ぬわっ、いきなりゴミ投げつけるのひどくないですか!?」

 「他のところから人が大勢来てる時に変なことしてるからだ。で、なんであたしの髪の毛を集めるという奇行を?」

 「他の人に取られる可能性があるので。悪用とかされたら怖いじゃないですか」

 「……やってることは変態のそれだが、言い分は理解できなくもないから面倒だね」


 様々な企業の者たちがいる前でメリアがしていた演技は、今ではすっかり消えており、盛大な舌打ちが行われる。


 「まったく……誰かに見られたりしてないだろうね?」

 「さすがにそこは気をつけてますって。ちゃんと周囲を確認してから、さっと素早く拾うんです」


 自信満々に語るルニウであるが、その時セフィが横槍を入れた。


 「その場を離れようとした時、遠くから誰かがこっちを見ていたのを確認しました。何者かはわかりませんでした」

 「……誰か、こそこそと動いてる奴が紛れてるか」


 メリアはそう言うと、自らの茶色い頭に手を突っ込むと、顔をしかめながら茶色い髪の毛を一本引き抜いた。


 「それをどうするんです?」

 「その髪の毛で、怪しい奴が引っかかるかどうか試す」

 「隣にいます」

 「ああ、メリアさんの香りが残る髪の毛……」

 「馬鹿は無視していい。監視はファーナにさせる。一度外に出るよ」

 「はい」


 メリアは立ち上がると、髪の毛を袖に隠して、部屋の外に出る。

 セフィの他に、ルニウもついて来ようとするが、そちらについては留守番しておくよう指示を出してその場に放置した。


 「どこに仕掛ける予定ですか?」

 「人があまり通らず、拾いやすいところ」


 予想よりも早く、怪しげな者の存在を確認できた。

 あとはそれを確かなものにするべく、試しにちょっとした罠を仕掛けてみることにしたわけだ。

 明日までになんらかの行動に出てくるならよし。

 何もないなら、ファーナに髪の毛を回収させて処分するだけ。


 「外部の者はここに長居はできない。だからこそ、すぐに動く可能性がある」

 「ドゥールにいるのは、現地の研究者とか、軌道エレベーターや宇宙港にいる人だけなので、他から来た人が集団の中に紛れることはできない。もし、人口が数千とかならともかく」

 「ま、見つけるだけじゃなく捕まえることも必要だが。それでやっと、始まりと言える」


 メリアはしばらく口を閉じると、時折すれ違う人々に軽い会釈をしつつ歩いていく。

 外は暗くなりつつあったが、施設の中は照明によって一定の明るさが保たれている。

 そうして歩き続けたあと、とある場所で立ち止まった。

 そこは港に繋がる通路の一つ。

 ただし狭いので、なんらかの機材を利用する場合は、こことは別のもう少し広い通路を選ぶ人ばかり。

 このドゥールにおいて港に出るのは、ほぼ研究者のみであり、そうなると基本的に機材を運ぶ形になる。


 「う、あいたたた……」

 「お母さん、大丈夫ですか?」

 「ええ、外は夜が近づいているから、そろそろ部屋に戻りましょうか」


 一連のやりとりは、姿の見えない何者かに対して行う演技。

 先程の会話は小声でしていたが、今はやや声を大きめにしていた。

 セフィはすぐに察して合わせてくれるため、メリアからすれば楽な限り。

 体調を崩してふりをしてしゃがんだ際、袖に隠した髪の毛をさりげなく床に置いたあと、セフィに支えられる形で元来た道を戻っていった。


 「ファーナ、状況は?」

 「通りかかる人はいません」

 「怪しげな人影があれば、すぐに報告を」


 部屋に戻ったあと、ファーナと話すメリアだったが、そんなに早く結果が得られるわけでもないため、着ているドレスを脱いでいく。

 そして宇宙船におけるいつもの格好に戻ると、威力を抑えたビームブラスターの試し撃ちを、ベッドの上に並べたペットボトルなどに行う。


 「メリアさん、戦闘が起きると思ってます?」

 「どうだかね。起きるかもしれないし、起きないかもしれない。まあ、お高いドレスを着たまま寝転がるわけにもいかない」

 「あー、それはそうですね」


 待つ間、特にすることもないため、メリアはそれぞれの企業が提出した開発計画に目を通す。

 ルニウやセフィも横から覗き見るのだが、それを咎めたりはしない。


 「ところで、メリアさんはどれにするつもりだったりしますか?」

 「共和国のGOE、帝国のEOG、どちらも計画は似通っている。そうなると、適当にコインの裏表で決めるのが楽だろうね。とはいえ、まだ決定しない。大企業のうちどちらかが、あたしに所有権があるこのドゥールに潜水艦を送り込んで好き勝手していた可能性はある。その場合、その企業を選ぶなんてことは避けたいから」

 「でも、明日まで何もない可能性が」

 「その時はもうコインの裏表で決める」


 それからしばらく何事もないまま時間は過ぎていき、深夜になって外が真っ暗になると、さすがに施設の照明は弱められ、だいぶ薄暗くなる。

 夜でも強い明かりが存在すると、海の生物の中でも一部が港に上がってきたりするため、そうなっている。

 そしてその薄暗さは、あまり人に見られたくない行動をするにはちょうどいい。


 「メリア様、罠に食いつく者がいました」

 「やっぱり、どこかの企業の者として紛れ込んでいたか」


 休んでいたメリアのところに、小型の端末を通じてファーナからの連絡が入る。

 ルニウやセフィも起きると、次に備えた。


 「それで、どこの誰かわかるか?」

 「移動させたカメラからの映像では、薄暗いこともあってはっきりとしません。髪の毛があった場所には一人ですが、途中で他の者と合流したので二人います」

 「二人……」


 端末からはファーナの音声だけでなく、カメラが記録した映像も流される。

 なにやらどこかの企業の者らしき格好をした男性が、辺りを見渡しながら歩いていた。

 一見するとそれは道に迷ったような姿。

 しかし、メリアの髪の毛が置かれている場所でしゃがむと、そのあとは迷いのない足取りで来た道を戻っていく。

 その途中、誰かと会話をして髪の毛を引き渡す。

 そこで映像は途切れた。


 「おいこら、他にもカメラは」

 「既に設置されている固定されたカメラを巧みに避けているのか映っていません。移動できるカメラは、これ一つだけ。とはいえ、貸し出している部屋の前に、わたしが仕込んだ隠しカメラがあるので怪しい者は絞れます」

 「それで、今のところ怪しいのは?」

 「部屋を出て、そのあと戻る時間帯から考えると、二つの大企業から送り込まれた者が当てはまります」

 「一つではなく、二つか」

 「捕まえて締め上げますか? 貴族という立場を全面的に利用すれば、平民を痛めつけても罰金だけで済みます」

 「そこまではしない。……とりあえず、二人を呼び出せ。その間に、部屋の調査も進めろ」

 「わかりました。少しお待ちください」


 通信が終わったあと、メリアは軽い舌打ちをしてからソファーに雑に座る。

 これは面倒だとでも言いたげだが、ファーナが共和国のGOEと帝国のEOGの者を連れてくる頃には、いくらか落ち着いていた。

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