232話 二つの大企業
「誰から最初に見せてくれますか?」
この場に集まった者に対し、あくびでもしそうな態度でメリアは言う。
これは演技なのだが、普段から一緒にいる者以外は見抜けない。
軽いざわめきのあと、それぞれの企業の者たちが小声で話していく中、最初にメリアに向かって口を開くのは帝国のEOGから送り込まれた者だった。
「一つ提案が」
「それはどのような?」
「あまり規模の大きくない他企業の方々に、最初にモンターニュ伯爵へ説明する名誉をお譲りしたいと考えています」
慇懃無礼という言葉が似合う態度だが、メリアは何も言わない。
手招きしてルニウを呼びつけたあと、あとは任せるとばかりに頬杖をついた。
「ええと、その、EOG側は後回しでいいということですか?」
「はい。大企業の計画を最初に見せてしまっては、そのまま決定してしまい、中小企業の計画に目を通さないかもしれません。それではいけない。チャンスは平等に与えられるべきです」
ルニウの問いかけに、EOG側は堂々と答えた。
それはなんとも聞こえのいい言葉だが、見方を変えると、中小企業の計画よりも大企業の計画が選ばれることを疑っていない傲慢さが見え隠れしている。
「我々としても同感です。大企業は後回しで構いません」
帝国の大企業に合わせるかのように、同業他社たる共和国のGOEも同意した。
こうなると、中小企業側からしても最初に惑星の開発計画を話すことになるわけだが、結果は既に見えていた。
「さて、次はこちらの番ですな。データをお送りしますのでご覧ください」
帝国のEOG側が提示したのは、複数の中小企業の計画を内包した大掛かりなもの。
しかも、すべて合計したよりも費用が低く抑えられているという有り様。
それを目にしたメリアは、頬杖をついたままわずかな笑みを浮かべる。
「ふっ……まず中小企業たちにアイデアを出させて、使えそうなものについては自分たちの計画に取り込む。だからこそ、最初に譲った。違いますか?」
「それではまるで、悪巧みをしたように思われます。そのような意図はないのですが」
心外だとばかりに肩をすくめてみせるが、返ってくる反応はそれだけ。
とはいえ、メリアとしてもこれ以上何か言うつもりはなかった。
結局のところ、惑星の開発計画自体はそこまで重要ではなく、潜水艦を送り込んで人の土地を好き勝手していたのは、いったいどこの誰なのかを調べる方が重要だったからだ。
「おっと、これはなかなか緊張してきますが、恥ずかしくないよう頑張らないといけません」
最後は、共和国のGOEの番となるのだが、そのせいか他の企業の面々からの注目が集まる。
それこそ、この場における主役たるメリア以上に注目されているが、これは相手が共和国の企業というのも影響しているだろう。
「まずは既に存在する軌道エレベーターを基点として増築していき、さらに数キロ間隔で調査用の拠点を設置。生態系に与える影響を最小限に留めつつ、開発を進めていく形となります。とはいえ、ドゥールの所有者はモンターニュ伯爵であります。もし、生態系に与える影響を無視するのであれば、惑星の別の場所に新たな軌道エレベーターを建設するという手もございますが」
最初の開発においては、それほどの制限はかからない。
それゆえに、後半はかなり大胆なプランが出てくるが、メリアは頷くことなくルニウを呼びつけると、耳元で囁いた。
それを受けて代弁するかのようにルニウは背筋を伸ばして話す。
「有力なのは二つの大企業。しかし、内容は似通っている。どちらを選ぶべきか、今すぐには決められないとのことです」
「ふむ、そうでしょうな」
「内戦における即断即決ぶりを思えば、ずいぶんと慎重なご様子」
「大胆なことを成し遂げるためには、慎重でないといけません。そうでなければ、私は伯爵様と共にこの場に立っていないのですから」
メリアと共に戦場にいた者としての立場から、ルニウがそう言うと、辺りは納得したような空気に包まれた。
ある意味、有耶無耶にした形となるが、その時おとなしくしていたセフィがメリアに呼ばれる。
「そろそろ……あれを話題に」
「わかりました」
短いやりとりだが、セフィにとってはそれで十分。
今回、ここに訪れた企業の者たちに見せるべきものがあるからだ。
「お母さん、話がまとまったのなら、外に行きませんか」
「ええ、そうしましょうか。皆さんもどうですか? 息抜きがてらに少し」
セフィが話を切り出し、メリアはそれに乗っかる。
こうなると、企業の者たちにとっては断るという選択はできない。
大事な商談を問題なく進めるため、そして伯爵という立場ながらも惑星を丸々一つ所有している貴族との繋がりを得るために、全員がその誘いを受けた。
「凄いですよね。あれだけの大人が、割とふざけた態度でいるお母さんに付き従うのって」
「帝国における貴族という立場、そして未開発な惑星の所有権を持っている、この二つがそうさせている」
先頭を歩く、義理の親子二人。
企業の者たちの対応をルニウに任せる、もとい注意を集めさせることで、それなりに話すことができるが、内容は義理とはいえ親子がするようなものではない。
「大企業の社員ともなれば、貴族の人がいそうなものですけど」
「当主に比べれば何段階も劣る。有力な公爵家の一員なら、また違うけどね」
「今回来た者の中には、公爵家の者はいなかった、と」
「ああ。おかげで、色々やりやすい」
「ふざけた態度もその一環ですか」
「そうなる。商談のため顔には出さないけど、さすがにムカッとしてるだろうね」
「わかっててやるんだから怖いお母さんですよ」
「不満なら他の親を探して選べばいい。特別な能力を使えば、普通の子どもでは無理なこともできるだろ?」
「うーん……お母さん以外の人で良さげな人はいないので、お断りです」
「はいはい」
セフィは、自らの血を摂取させた相手を操ることができる。
その特別な血の力を使えば、好きな人物を親にすることは容易である。
どこまでもいっても、義理の親子関係でしかないとはいえ。
しばらく歩くと、いくつもの船が停まっている港に出る。
そこには様々な大きさの水上船があるが、目立つところに損傷した潜水艦が鎮座していた。
海から引き揚げられ、堂々と道の一部を塞いでいる代物に対し、当然のようにざわめきが起こる。
「あの潜水艦はいったい……」
「戦闘によるものか損傷が見えますが」
「周囲の船には武装は存在しませんが……」
「まさか、これを見せるために?」
全員の注意が一点に集まったのを確認すると、メリアはわざとらしい咳払いをしてから口を開く。
「お集まりの皆さん。こちらの潜水艦に見覚えがある方はおられませんか?」
質問に対する答えは返って来ない。
なのでさらに話を続ける。
「この潜水艦ですが、先日、軌道上のカメラに怪しい影が映っていたことから調査したのです。その結果、この惑星の生物を勝手に他の惑星などに運び出していたことが判明しまして」
ざわめきは大きくなる。
許可を得ないまま、生物を別の惑星に運び出すというのは、帝国の法律を違反している。
厳密には、共和国と星間連合の法律にも。
一番の理由としては生態系が破壊されることを防ぐためだが、生物固有の病原菌が拡散することを恐れてのものでもあった。
ある生物には無害でも、他の生物にとって致命的な病気というのは存在するからだ。
「しかも、潜水艦に乗っていた者を捕らえて色々と聞き出そうとした時、着ていたパワードスーツに自殺機構が仕込まれていたのか、何も漏らさないよう処理されてしまったのです」
「モンターニュ伯爵、お尋ねしたいことがあります」
「なんでしょう?」
「この潜水艦と戦闘を行い、怪しげな者を捕らえたのは、あなた自らの手によってですか?」
「ええ。大気圏内に突入できるオプションを完備した、小型の宇宙船を持っているので」
その瞬間、一部の者たちは海での仕事ではなく、宇宙船乗りに対する仕事を組むためか、どこかへ連絡を取り始める。
「ファーナ、内容は」
「普通に仕事の話ですね。別の仕事の予定を考えついているのかもしれません。惑星の開発は大企業に取られるとしても、別の仕事で稼ぐ意欲があるようです」
「ならいい。怪しげな反応は?」
「さすがに出てきません。ただ、一人だけやけにチラチラと潜水艦を見ている者が。顔を向けずに目だけですが、わたしの目には判別できます」
「誰だ?」
「帝国のEOGから送り込まれた者です」
「……それとなく監視を強めておくように」
潜水艦という実物を見せつける。
それにより、怪しげな者が浮かび上がった。
ただ、まだ確実ではない。
怪しい者一人だけに注目していては、他にもいるかもしれない者を見逃してしまう可能性がある。
次はどうやって相手を揺さぶるか、メリアは考えていく。