231話 開発計画のために訪れる者たち
惑星ドゥールの軌道上。
宇宙港のあるそこには、多くの船が存在していた。
まず、船体に企業名が大きく描かれた船が目立つ。
護衛に関しては、企業名の描かれた船の数倍もいるため、すべて合計すると百隻を超える。
複数の企業が集まることでこれだけの規模となったわけだが、その目的はただ一つ。
開発がほとんど行われていない惑星における開発の許可を、惑星の所有者たる貴族から得るため。
「なんともまあ壮観だね。民間の企業でこれだけの用意をしてくるってのは」
宇宙港に停泊している大型船トレニアから届いた映像を眺めながら、メリアは呟く。
土地を持たない名ばかりの貴族だったが、帝国で起きた内戦における活躍により、このドゥールという惑星の所有権を得た。
少しばかり、企業に対して受け入れる姿勢を見せた途端、数日も経たないうちにこれだけ揃えてきたのだ。
「そこはほら、メリアさんが凄い人だからってことで一つ」
「企業ってそういうものだと思います。素早く動けないと、商機を逃してしまうので」
「あたしとしては、セフィの意見の方が頷けるね」
「えー」
適当に言い合いながら、あまり広くはない一室で着替えをしている三人。
この場にファーナもいるが、こっちは着替える代わりに三人の手伝いをしている。
「メリア様、次は装飾品をどうぞ」
「助かるよ。こういうドレスとかは、一人で着替えるのが手間だからね」
今のメリアは、赤を基調とした高価なドレスに身を包んでいる。
これに豪華な装飾品が合わさることで、妖艶で美人な貴族という雰囲気を漂わせることができていた。
「今回、あたしは怠惰な人物を演じる。企業とのやりとりの際、ルニウとセフィによる口出しを期待している。そうすることで、相手側がぼろを出すかもしれないから」
「うひゃー、責任重大ですねえ」
「最初は肝心。まずは向こうを驚かせましょう。親子関係をいきなり暴露することによって」
そわそわとするルニウとは対照的に、どこか自信満々なセフィ。
白い髪を揺らしつつ、その赤い目は何かよからぬことを企んでいた。
「……一応、きちんとした交渉の形は維持しておくように」
「ところでメリア様」
「うん?」
「企業に開発の許可を出す予定はありますか?」
「さて、そこはどうしたもんだか」
ファーナからの質問受けて、メリアは少し考え込む。
既に着替えは済んだため、ファーナの差し出す端末を受け取り、画面に目を向けると、今回許可を得ようと訪れている企業の名前がずらっと並べられていた。
「ここは海洋学者の意見を聞こうか」
メリアは一度部屋から出ると、パウロに通信を行う。
「どうしました?」
「軌道上に数多くの企業がやって来ているのですが、どの企業に開発を任せるべきか、ドゥールに長く滞在している人物の意見を聞きたいと考えていまして」
「……一番当たり障りないのは、大企業に任せることです。共和国のGOE、帝国のEOG、そのどちらかに」
それは予想できた答えのうちの一つ。
とはいえ、理由を聞かないわけにもいかないため、質問をする。
「おや? このドゥールがあるのは帝国なのに、共和国の企業に任せることを良しとすると?」
「むしろ、共和国という外国の企業だからこそ、惑星の開発において無用な汚染を出さないよう慎重になるでしょう。帝国の企業からすれば、問題を起こして開発の許可が取り消されたなら自分たちに話が回ってきます。……惑星の所有者であるあなたに告げ口する機会を虎視眈々と狙っているわけです」
「やれやれ、大金が動くとなると面倒な限り」
「致し方ありません。呼吸可能な惑星の中で、未開発なところというのは、あまりにも希少ですから」
いくらか意見を聞くことができたため、通信を終えると、ルニウとセフィの着替えが終わるのを待つ。
「お待たせしました!」
「少し緊張してきます」
出てきた二人は、やはり高価な衣装に身を包んでいた。
貴族の着るようなドレスではないが、公的な場でも問題なく出ることのできる装いであり、貴族の配下という印象を受ける。
「わたしはこのままですか」
着替えた三人を前にして、いつもと変わらない格好のファーナは呟く。
「綺麗で高価な服を着たかったのか?」
「それなりには。個人的には、メリア様が選んだものを着てみたいですね。わたしに対してどんな衣服を選ぶのか、センスとかが気になります」
「……悪いけど、それはまた別の機会に。ロボットであることをわかりやすく見せつけないといけない」
準備は終わり、あとは企業から派遣されてきた者たちを出迎えるだけ。
宇宙港から軌道エレベーター、そして地上部分にあたる施設へ。
一気に百人近い人々が現れると、早速メリアのいるところに近づいてくる。
「皆さん、初めまして。これだけの方々が、ドゥールという惑星の開発に興味を示してくださり、私は嬉しく思います」
丁寧に一例したあと、メリアは勝手に歩いていく。
その後ろをついていくルニウは、企業の面々に対してついてくるよう小声で伝える。
「あの、皆さん、モンターニュ伯爵は落ち着いて話せる場所に向かうようなので、ついてきてください。護衛の方々は抜きで」
「娘である、このセフィ・モンターニュが案内します」
「なんと、伯爵殿はお若いのにずいぶんと大きな子を……」
セフィの名乗りに、まずは一度驚くような声が出るが、注意はすぐに別の方に向いた。
「待て待て、肝心の伯爵殿がどんどん遠くに」
「うーむ、護衛なしというのはさすがに……」
「いいでしょう。伯爵殿が望むなら、こちらもそれに合わせるまで。自分に何かあっても、GOEには代わりはいくらでもいますのでね」
中小企業からはやや困ったような反応が返ってくるが、共和国の大企業たるGOEの社員は、堂々と胸を張って答えた。
規模が大きいからこそ、代わりとなる人員がいくらでもいるというのは、嘘ではないだろう。
しかし、惑星一つの商談に関わる人物となると、失えば大きな痛手となるはずだが、それを一切感じさせない。
「おや、GOEの方に先にそれを言われてしまうとは。我々EOGも先んじて言うべきでしたな」
肩をすくめながらそう言うのは、競合他社たる帝国の大企業EOGから派遣されたであろう人物。
この時点で、二つの大企業は中小企業を一気に呑み込むほどの印象を見せつけた。
「今のところは、どちらも商談に力を入れている。怪しい部分はない。勝手に潜水艦を持ち込んで、色々やらかしたのは、どこのどいつなんだか」
企業の面々に対応するルニウにより、メリアの呟きは後ろにまで届かない。
それにより、小声ながらもファーナとの会話ができる。
「このあとの予定は、それぞれの企業が出す開発計画に目を通し、軽い休憩のあと……」
「潜水艦の実物を見せる。その時の反応で怪しい者を見つけられたらいいが、あまり期待はしないでおくか」
ドゥールという水しかない惑星に潜水艦を送って、現地の生物の遺伝子情報を確保するために他の惑星へと持ち出すのは、色々な法律を違反している。
わざわざ、水しかない惑星に目をつけるという時点で、海に関連した企業が関わっていると考えていい。
「あるいは、他にも協力している企業はあるかもしれないが、まあそれについては考えても仕方ないね」
「悩ましい限りですね。警察に通報するのが、ある意味手っ取り早いですが」
「警察に通報したところで、どこかで握り潰されるだけだよ。企業の関わり具合次第とはいえ」
「帝国の警察はまあまあ腐っていると?」
ファーナの問いかけにメリアは頷く。
それもだいぶ力強く。
「なにせ、海賊時代に賄賂とかで警察の捜査などを切り抜けたことがある」
「それはまた……」
「後ろ楯のない個人でそれだ。なら、それなりの資金力がある企業ともなればどうなる? そもそも、帝国は大規模な内戦をしたから、警察は警察で色々と手が足りないわけだが」
「結局、わたしたちでどうにかしないといけないわけですか」
警察の腐敗についての実体験があるメリアとしては、企業が関わっている可能性がある案件において、警察があまり頼りにならないことを知っている。
その後、広い一室に集まったあと、それぞれの企業が提出した開発計画に目を通していく。