230話 海に関連する企業
「……駄目です。これといった情報はありません」
床に倒れた人物が着ているパワードスーツ。
その中になんらかの情報がないかファーナが調べるものの、しばらくしてから出てきた言葉は喜べないものだった。
「本来保存されているべき視聴覚などのデータが綺麗さっぱり消失しています」
「……下っ端の命を奪って口封じをするなら、こっちも対策済みか」
これにより、手がかりとなるものは、あとは潜水艦から吸い出したデータだけ。
一度外に出てから精査しようとしたが、進行方向に一つの人影があった。
それはパウロであり、何か言いたいことがあるのか、無言でついてくるよう促してくる。
メリアたちが彼についていくと、やや乱雑とした部屋に入る。
「その表情からして、あまり良い成果はなかった様子」
「潜水艦を動かし、この水の星でなんらかの行動をしていた者を捕まえたはいいものの、事前に仕込まれた装置か何かで、その者は口封じのためか死んでしまいました」
「……メリア・モンターニュ伯爵。ドゥールの所有者となったあなたに、伝えておくべきことがあるので、こちらを見ていただきたい」
パウロはそう言うと、既に起動しているパソコンの画面を示す。
そこには、惑星ドゥールの新たな所有者に対して話し合いの場を設けるよう、パウロにお願いする企業からのメールが表示されていた。
一つだけではなく、いくつも。
「それは?」
「直接あなたに声をかけるのは難しい。なにせ、領地を持たない貴族であったから。それがこうして、惑星ドゥールを所有することになった。そうなると、開発する権利を欲しがっている企業にとっては、あなたとの話し合いの場がなによりも必要」
「……土地の所有者の許可がなければ、開発は行えない。この中に、怪しい企業があると?」
「さて、それはさすがにわかりかねます。まあ、怪しいところがあるかもしれないとだけ」
パウロに対して連絡を取ってきた企業の名前をメモしたあと、宇宙港に停めているトレニアに戻って調べるようメリアはルニウに指示を出した。
そして自分は地上部分に当たる施設の中を移動する。
「ファーナ、念のために戦闘の用意を」
「捕えたあの人物もパワードスーツを着ていましたね。わかりました」
分厚い扉の前に到着すると、まずは警戒した様子のファーナが入る。
ドン!
次の瞬間、大きな衝撃と音が聞こえてくるが、メリアはビームブラスターを構えたまま、中には入らずしばらく待った。
「メリア様の予想が当たりました。入った瞬間、彼はこちらに襲撃してきました」
「ぐ……うぅ……」
足音を鳴らしながら、メリアはわざとらしく中に入ると、床に押さえつけられているパワードスーツ姿の男性を見下ろす。
「データの吸い出しはいけるか?」
「生きてる間に勝手にハッキングしてみましょう」
死んでからでは遅い。
なら、生きているうちにデータを奪い取ってしまおうということで、ファーナによるハッキングが行われる。
ついでのように、勝手に身動きできないようパワードスーツ全体にロックをかけたあと、数分の時間が流れた。
「このパワードスーツは、市販されているもので、求めている情報はありませんでした」
「……こっちは、裏の仕事で食い繋いでいただけの一般人だぞ」
「なら、なぜさっきは襲った? 誰かを人質にして宇宙港に向かうつもりだったか?」
「………」
「まあいいさ。パワードスーツを脱がせたあと、尋問させてもらうだけだから」
今のところ、口封じで殺されるような気配はない。もしかすると、なんらかのキーワードをきっかけに作動するのかもしれないため、今のうちにパワードスーツを取り除いてしまう。
ハッキングにより、自発的にボロボロと剥がれ落ちるように壊れていくパワードスーツ。
少しすると、中身であるサイボーグの男性が現れる。
全身の六割くらいを機械化している姿は、ある意味見応えがある。
「それじゃあ質問。お前は何者なのか」
「…………」
何か隠しているのか、答える様子はない。
メリアは待ち続けるが、その間、ファーナによって床に落ちているパワードスーツの残骸が掃除されていく。
六十秒が経ったあと、メリアはビームブラスターの出力を弱め、サイボーグの男性の生身の部分に放った。
「ぐ……」
「死なないよう加減はする。答えないなら、そのうち死ぬだろうけどね。質問、お前は何者なのか」
「……アレクセイ。裏専門の運び屋をしていた」
「では、さらなる質問。アレクセイ、お前はあの潜水艦がしていたことについて、知っていたか?」
「ある程度は。物資を送ると同時に、潜水艦からコンテナなどを回収することも仕事に含まれていた。中身について詮索しないよう注意されていたが……」
「気になってつい見てしまった、と」
裏の仕事だからこそ、信頼関係というのは大事になる。注意されたことを守れない者など、必要ないからだ。
アレクセイがまだ消されてないのは、彼が他者と関わりのない生活をしているのが大きいだろう。
それゆえに、注意を破ってもそれが知られず、消されずに済んでいる。
「こんな仕事を任せるところに心当たりは? こちらとしては、別に裏の仕事をしてる人間を消す意味はないから、教えるなら解放してやってもいい」
「……二つある。宇宙に人々が行き交う時代において、海に関連した企業というのは少ない。そしてそれゆえに、でかいのが少数だけとなる」
「ふうん。言ってみな」
「ギャラクティックオーシャニックエンタープライゼズ、通称GOE」
「長いね。それでもう一つは?」
「アントルプリーズオセアニックギャラクティック、通称EOG」
「…………」
「名前の長さの文句はそれぞれの企業に言ってくれ。GOEは共和国の企業で、EOGは帝国の企業。元々は一つだったらしいが、大昔に分裂した結果こうなっているとかなんとか」
「そうかい。とりあえず、その二つを調べてみよう」
メリアは倉庫として使われている一室から出たあと、ルニウに連絡を入れる。
「はいはいー、どうしましたか?」
「パウロのところでメモした中に、GOEとEOGという名前はあるか? 前者が共和国の企業で、後者が帝国の企業」
「ええと、ちょっと待ってくださいよ……」
ごそごそと漁るような音が聞こえたあと、ルニウは答える。
「ああ、長ったらしい名前がありますあります。共和国のGOEに、帝国のEOGですね」
「その二つは、特に注意しておくように」
「了解です。とは言っても、直接関わるのはメリアさんですけども。……こっちから連絡入れます? 大企業からしたら、未開発な水の惑星というのは、喉から手が出るほど魅力的なわけで」
「ふむ……二つの大企業だけだと怪しまれそうだから、いっそのこと全部呼ぶか」
「ええっ!? ぜ、全部ですか」
メリアの考えを聞いて、ルニウは驚きの声をあげた。
開発の許可を求める企業は、すべて合計しても二十程度。
海に関連する企業が統廃合を繰り返した結果、こうなっているのだ。
メモに書かれている分がこれだけなので、他にも企業はあるのだろうが、問題は、一度に全部を呼べば企業同士で揉めることが予想できてしまうという部分。
「あのー、護衛とか、その他諸々の人員を含めると、滅茶苦茶大勢来るのでは」
「だから良い。ぼろを出す可能性が増える」
「研究所の人たちには、事前に言っておかないとですね」
「多少、迷惑をかけることになるだろうから、パウロに話を通しておくか」
次にどうするか決まったところで、メリアはパウロに今後の予定を伝える。
一時的に大勢が来ることになるわけだが、パウロは軽いため息のあと、研究所の者に被害が出ないことを条件に受け入れると答えた。
明らかに、渋々といった様子ではあるものの。