228話 裏の仕事を行う者
大気圏内に宇宙船、それも二隻が軌道エレベーターへと近づくのは普通ではない。
そのせいか、研究所にいる者たちはほとんどが外に出て、目の前に降りてくる船を眺めていた。
「パウロさん、これはいったい……」
「おそらく、モンターニュ伯爵が何かしたのだろう。この水の星の所有者となった彼女が来てから、なんとも慌ただしい限りだ」
「我々に対処できる問題であるといいんですが。帝国軍の介入は避けたいです」
誰もが思い思いに話している中、二隻の船から人が出てくる。
一人はメリア。そしてもう一人は、パワードスーツに身を包んだ男性らしき存在。
「戦闘になっても大丈夫そうな頑丈な場所は?」
「……案内するので、こちらに」
険しい表情のメリアを見て、パウロは他の者たちに元の場所に戻るよう指示しながら施設の中へと歩いていく。
一切の陸地がないとはいえ、軌道エレベーターの基部を利用することで、研究所を含めたそれなりに広い施設を建設することができている。
それはある意味、水しかない惑星における陸地といっていい。
「伯爵、あなたはその者をどうするつもりなのですか」
「色々と聞きたいことがあるので、力ずくでも聞き出す」
「……流血沙汰は避けてもらいたいの。ここはそんなに医療設備が整っているわけではなく、そしてそれは医薬品についても同じく」
数分ほど無機質な通路を歩くと、分厚い扉の前に到着する。
壁に設置してある端末をパウロが弄ると、重そうな扉はゆっくりとだが自動で開いていく。
「ここは?」
「倉庫です。開閉がやや面倒なのと時間がかかるせいで、利用する人は自然と減っていき、今は誰も利用していないという有り様ではありますが」
パウロは肩をすくめたあと、利用されていない倉庫の明かりをつける。
「私はいるべきですか、出るべきですか」
「今回は出てほしい」
「わかりました。仲間も来ているようなので、私は邪魔にならないように離れましょう」
パウロが出ていくと、入れ替わる形でルニウが入ってくる。
その手に、飲み物が入っているカップを三つ持った状態で。
扉が閉まったあと、ルニウは興味深そうにパワードスーツを着た相手を見ていく。
「おおう、これが怪しげな誰かさんですか」
「……その手にあるのはなんだ」
「飲み物ですよ。中身は適当に冷たい紅茶で。そこの正体不明な誰かさん。いります?」
「……受け取ろう」
ルニウから紅茶の入ったカップを受け取る相手を見て、メリアはなんともいえない表情のまま頭を振る。
「大気圏内で追いかけっこをしたにしては、ずいぶんおとなしい。理由を聞きたいところだけどね」
「救援が絶望的になった。なので降伏することにした」
「あの潜水艦は、なんなんだ?」
「知らない。とりあえず、潜水艦に対して物資を送るという仕事をしていただけだから」
「どこの誰が、そんな仕事を?」
その問いに対する答えは、しばらく返ってこなかった。
パワードスーツを着た何者かは、迷うような様子を見せていたが、無言のまま時間だけが過ぎていく。
「言えないところからなのか」
「言えないというよりは、上手い説明がわからない。……時折、仕事のメールが送られてくる。そこに書かれていた場所に向かうと、既に揃えられた物資があるため、それを運ぶ」
パワードスーツに組み込んでいるのか、片手で持てる端末を取り出すと、画面上にメールを開いてみせた。
そこには、荷物の量、星系と惑星、そしてどの宇宙港に寄るべきかが書かれており、なんとも簡素なもの。
「情報屋に、よさげな仕事がないか聞いたところ、これを紹介された」
「情報屋、ね。今から取っ捕まえようとしても、既に逃げ去ってるか」
仕事が失敗に終わった時点で、なんらかの介入があると判断し、仕事を紹介した情報屋はとっくにどこかへ逃げていることだろう。
メリアは少し顔をしかめたあと、口を開く。
「さて、次は目の前にいるのが何者か聞きたいところだけども」
「裏の仕事で食い繋いでいただけの一般人だ」
「そのパワードスーツは?」
「宇宙船の事故により、生身の肉体の結構な部分が失われた。サイボーグとなっているが、それを隠すために着ている。なので脱ぐことはできない」
「そうかい……まあいいさ」
「一つだけ教えられることがある。その代わり、解放してほしい」
「情報次第だ」
先程の端末の画面が切り替わると、今度は地図と座標らしきものが表示される。
それは、惑星ドゥールの全域をいくつかのエリアに分けたものであり、色がついた部分とついてない部分がある。
「これは?」
「潜水艦に渡す物資を落とす場所を記した地図。色がついた部分では、潜水艦が海面に出てくる」
「なるほど。使い物になりそうな情報だ」
「いつ解放される?」
「数日ほど監視がある中を待ってほしい。今解放すると、どんな情報が漏れるかわからないから」
「……わかった」
声はやや不満そうだったが、状況的に仕方ないと考えたのか、メリアの提案は受け入れられる。
その後、ファーナと合流したあと、早速地図に描かれている部分へ出発することに。
「ずいぶん急いでますね」
「もう少し準備を整えた方が」
「船体の損傷はない。行動は早ければ早い方がいい。あたしたちは、普通はいないはずの存在に気づいた。そうなると、向こうはどんな手を使ってくることか」
相手が潜水艦だからこそ、メリアは賭けに出た。
水の中に潜る必要があるため、宇宙船と比べて搭載できる武装には限りがある。
ビーム系統のものを使おうにも、海水から保護する必要があるため、水中から撃つことは難しい。
ミサイルが撃たれたところで、ビームで迎撃してしまえばいい。
小型船にルニウとファーナを乗せたまま、目標となる場所へ加速していく。
「大気圏内でこの速度はまずいです」
「あまり無茶をすると、船体に損傷ができてしまいますって」
「長くは加速しないから問題ない」
宇宙船というのは、圧倒的な速度を出すことができる。
宇宙空間では、他の船やデブリなどに気をつけないといけないため、あまり速度を出すことはできない。
だが、大気圏内、それも未開発なところともなれば、ぶつかることを気にせずに加速することができる。
数時間ほどで到着したあと、レーダーと睨み合うメリアだった。
「このエリアには……いた」
反応はあった。
今まさに潜ろうとしているため、即座にビームを撃ち込む。
宇宙船に搭載されているようなシールドはないのか、かすめただけで爆発が起こり、今度は威力を弱めたものを当てていく。
「一見派手ですが、海水がビームを軽減しています」
「もし沈んだら、なんのためにここまでやったのかわかりませんからね」
「こらそこ、お喋りしてる暇があるなら機甲兵の用意しときな。脅すためにも」
何度も攻撃を受けたからか、潜水艦は水中に潜ることを諦めて完全に浮上してくる。
その際、ミサイルを放ってくるが、ビームによってすべてが撃墜されると、ついに通信が入る。
「何が目的だ?」
「それはこっちが言いたい。そっちこそ、このドゥールという惑星で何を?」
聞こえてきたのは、意外なことに若い女性の声。
返事は数分ほどなかったため、ビームを近くの海面に当てて潜水艦を揺らすと、さすがに返事がやってくる。
「調査を」
「どこの誰の意向で? 調査の内容は?」
「とある大企業。内容は……ええと」
「言わないともう一度撃つ」
「その前に約束してほしいことが」
「殺したり傷つけたりしないようにという話なら、約束する」
「その、警察に突き出すのもやめてくれると……」
「そっちは約束できない。さあ、早く言わないと、こちらから乗り込むという手段を取る」
「……この惑星にいる生物の遺伝子情報を集めること」
「遺伝子情報か」
「未知の生物の遺伝子情報は、様々な実験において新しい利益を見込めるので」
未開発な惑星、それもほとんど人がいないところとなると、星に住んでいる生物についてはほとんど手出しされていない。
だからこそ、こっそりと潜水艦を運び入れ、細々と生物の遺伝子情報を収集していたという。
「軌道エレベーターまで向かうことは?」
「修理しないと無理です」
「なら、こっちで牽引する」
潜水艦はそこまで大きくはない。
あとは海面にギリギリ浮かぶようにして重さを軽減すると、メリアは急ぎつつも慎重に軌道エレベーターを目指した。