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226話 料理の経験

 大型船の厨房ともなれば、大人数が食事することに備えて結構な広さをしている。

 普通なら何人もの人間が調理に関わるのだが、今この場にはわずかな人影しか存在しない。


 「アルケミアとは、さすがに違うか」

 「数百年もの違いがあるので」

 「ま、加熱ができるなら些細なことではある」


 食料品がやや積み重なっている調理台を前にしたメリアは、近くにいるセフィの方を見た。


 「どういうのが食べたい?」

 「お任せで」

 「なかなかに困る注文だ」

 「わたしはメリア様が作るものであればなんでもいいですよ」

 「ファーナには聞いてない」

 「つれないですね」


 メリアが料理を作るということで、ファーナとセフィは作業の邪魔にならないよう一定の距離を取る。

 ただ、見物する気であるのか、厨房から出ていこうとはしない。


 「ファーナ、パンをトースターで焼いておくように。時間は五分。そこの丸っこいやつを」

 「わかりました」


 冷凍状態のパンが、四角い機械の中にいくつか入れられると、少しばかりの操作のあと内部は赤くなり始める。

 それと同時に、メリアは目の前にある食料品から、市販されているベーコンとほうれん草を取り出す。

 どちらも半透明なパックに入っており、カット済み。

 宇宙船での調理は、できるだけ手間がかからないよう、カット済みのが基本となる。

 これは包丁などの刃物を使う機会を減らすことで、突然大きく船が揺れることがあっても、乗員が怪我しないようにするため。

 その他には、できる限りゴミが出ないようにというのもある。

 あとは切り込みの入ったバターを少々。

 火を使わないコンロに乗ったフライパンにより、まずベーコン、そのあとほうれん草が炒められ、あっという間に一品が完成する。


 「あっという間です」

 「そりゃあ、簡単なものを作るつもりだからね」

 「だけど、これだけじゃないんでしょう?」


 焼いたパンと料理が一つ。

 これだけでもお腹は満たせるとはいえ、少しばかり物足りない。

 セフィからの質問に、メリアは首を縦に振る。


 「さすがにもう一つ作る」


 その言葉のあと、ピーマンやニンジンにタマネギといった野菜に、紙パックに入った液状の卵が用意される。

 カット済みの野菜は、やや小さめな調理器具によって荒いみじん切りにしたあと、軽く炒められ、最後に液状の卵が加えられる。

 完全に火が通る前にパンの方が焼き上がるが、そちらはファーナに任せ、メリアはフライパンの中の大きなオムレツにしっかりと火が通ったのを確認すると、大きな皿へ移した。


 「野菜ばっかりでお肉が少ないと思います」

 「野菜ばっかりと思えるくらいでちょうどいい。健康を考えるなら。……海賊やってた時、病院とかには入れない。精々が薬を買って飲むぐらいしかできない。それに、病気で弱れば戦闘の生死に直結する」

 「そういう人を見てきました?」

 「それなりには。体調の維持ってのは大事だよ」


 一応、海賊の宇宙港には病院と同等の施設があるとはいえ、一般人が受けているような医療保険制度は役に立たないため、利用する場合はかなりの高額を覚悟しないといけない。

 逆に言えば、お金さえあれば一般的な病院とは比べ物にならない医療を受けることはできるのだが。

 そもそもの話、当時のメリアは公的には死者となっており、あらゆる制度を頼ることができず、病気になるだけでも生死に影響する状況だった。

 当然ながら、お金にも余裕はない。


 「強いだけじゃ生き残れない。健康にも気を使えないといけない」

 「いつでも万全の状態を維持できないと、死ぬ時はあっという間、と」


 完成した料理は近くのテーブルに並べられ、すぐさま食事の時間となる。


 「これは……なかなか美味しいです」

 「確かに。そういえば、メリア様はどれくらい料理の経験が?」

 「一人で海賊やってた時は、いくらでも経験を積める機会があったからね。基礎的な部分は、子ども時代だが」


 遺伝子調整した者は病気や怪我への耐性があるため、多少は雑な生活をしてもこれといった問題は起きにくい。

 しかし、帝国貴族ともなると、遺伝子調整していない者ばかりとなるため、病気や怪我を予防するための知識を小さい頃から学ぶことになる。

 かつて帝国の皇帝だった、メアリ・ファリアス・セレスティア。

 メリアは彼女のクローンであり、その肉体は遺伝子調整を受けていない。

 それゆえに、幼い頃に健康や栄養に関する知識を学ぶことがあった。

 そしてこれは結構重要なことに、栄養のバランスが取れた食事を実際に作ることも、勉強の一環として行われていたりする。


 「ま、自分で料理できるようにするのは、何も相続できない場合を見越してのものでもあるわけだ」

 「帝国貴族は、大量の子どもを作り、たった一人の優秀な者だけが家のすべてを相続する」


 セフィは帝国に関する知識を持っているため、軽く呟いたあと、小さく切ったパンとオムレツを同時に食べる。


 「それはつまり、大量の落伍者を生み出すものでもある」

 「一つ、面白いことを話そうか。あたしの個人的な観測範囲だけど、宇宙海賊やってる奴には、何も相続できなかった貴族がそこそこいる。相続できなかった者が犯罪者になった時点で、家に名前とかを抹消されるから、より正確には元貴族ってところだが」

 「余った貴族には海賊になってもらうことで、合法的に間引くことができる」

 「そして軍縮を避けたい派閥からすれば、宇宙海賊というちょうどいい脅威は、軍の維持にも繋がる」

 「……あの、食事中に話す内容ではないのでは」


 二人の会話を横から聞いていたファーナは、大きなオムレツを切り分けながら呟く。

 食事中の話題としては、さすがにそれはどうなのかと思ったからであるが、メリアは苦笑混じりに頭を軽く振った。


 「とにかく、このセレスティア帝国ってのはろくでもない国だってことだよ。まあ、共和国や星間連合も、そこまで大きく違わない糞っぷりだろうね」


 宇宙海賊は一般人に被害を出す。

 しかし、被害が軽微なうちは軍は動かない。

 ある程度大きくなるまで放置することで、大きな被害が出るようにし、その段階になってやっと討伐を行う。

 これにより軍の存在意義を示すと同時に、功績を稼ぐことができるからだ。


 「そんな状況を快く思わない派閥とかは……」

 「あるにはある。現状を見る限り、状況を変えられるほどの勢力ではないみたいだが。ただ、帝国では大規模な内戦が起きた。それによって海賊はかなり減った。さらには貴族も断絶したところが出ている」

 「つまり、これからは少しマシになるということですか」

 「どうだかね。こればかりは、数年経たないとわからない」


 どこか物騒な話題をしながらも、料理は減っていき、最終的には食べ終える。

 メリアが片付けをしていると、何か報告したいことがあるのかファーナが背中を軽く叩く。


 「うん?」

 「報告したいことが。ドゥールの海に、一瞬ですが小型船のような反応がありました」

 「写真とかは」

 「撮るための機材がないので、撮っていません」


 それはとても気になる報告。

 探す価値はあるため、大気圏外からの撮影ができる用意をさせたあと、新たな報告が入るまで待つことに。

 数日ほど待つと、さらに新たな報告がもたらされる。

 それは一枚の写真。

 海面と、何やら黒い船体が表示されている。

 ファーナが提示したそれを見て、メリアはわずかに顔をしかめる。


 「潜水艦、か?」

 「位置的には、軌道エレベーターからかなり離れた場所です」

 「……大気圏突入できる船で一気に近づいたところで、水中に潜られたら逃げられる」

 「大気圏外から狙撃を行うという方法も」

 「沈めたら意味がない。生け捕りにしないと」

 「そうなると、取れる手段は……」


 話している途中、一時的にファーナは固まる。

 何か情報を処理しているのか、十秒ほど経ってから、再び動き出す。


 「ワープゲートに船の反応。小型船が一隻だけのようです」

 「まずは宇宙の方を優先。航路の予想と追跡」

 「はい。気づかれないようこっそりと行います」


 本来はいるはずがない潜水艦の存在。

 そして現れた一隻だけの小型船。

 怪しさに満ちているため、メリアからすれば見逃すという選択肢はあり得ない。

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