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225話 待ちの一手

 「状況は?」

 「今のところ、これといった反応はありません」


 惑星ドゥールの研究所内部にあるカフェテラス。

 それなりの広さがあり、海に面した壁はガラスとなっているので海を眺めることができる。

 景色を見慣れた人にとっては変化がない殺風景なものではあるが。

 雑談ができる個室があるため、一通りの作業を終えたメリアとファーナは、注文したコーヒーを手に持ちながら話していた。


 「ドゥールの衛星……人工物ではない方に各種センサーを設置し、あとは軌道上にいくつか小型の機材を展開させていますが、怪しげな船は見かけません。そもそも、宇宙船自体がこの星系を訪れないんですが」


 ファーナがロボットの手を使って操作する、やや大きめな端末。

 その画面上には、現在いる星系のことが大雑把ながらも記されている。

 巨大な恒星が中心部にあり、その周囲をいくつかの惑星が周回しているという図だ。さらにその外側には、他の星系に通じるワープゲートが存在する。

 特筆すべきこととして、ドゥールにのみ呼吸可能な大気があると書かれている。


 「他の惑星は、既に企業が撤退したあとか」


 次はメリアが端末を弄り、画面が切り替わる。

 大気のないいくつかの惑星において、資源の採掘が行われていたものの、採掘をしていた企業が倒産したことで、地表の各地に放棄された基地などがあると書かれており、今はどこも無人とのこと。


 「さすがにすべてを調べるのは無理があります。一応、他の惑星の衛星を軽く調べて色々設置しました」

 「……まあ、他の惑星にいて、そこから出てきてくれるなら楽ではある」


 結局のところ、相手がどう動くか待つしかない。

 自分から仕掛けることができないのは、もどかしい気持ちが生まれるが、メリアはそんな気持ちを誤魔化すために目の前にあるコーヒーをゆっくりと飲んでいく。

 うっすらと湯気を立てる黒い液体。

 それは多少なりとも、気持ちを穏やかなものにするには十分だった。


 「あれ、メリアさんはミルクや砂糖は入れないんですか?」

 「そこは気分次第。今日は無しの気分」


 その時、背後からルニウが声をかけてくる。

 注文した商品を受け取りに行ってたのか、いくつかの飲食物が乗ったトレーを持ったまま。


 「いやあ、普通のコーヒーだったら船の方でも飲めるじゃないですか。こういうお店に来たなら、普通じゃ飲めないものを注文しておくべきだと思いません?」

 「で、そう言うルニウは何を頼んだ」

 「じゃじゃーん!」


 トレーの上には、茶色い飲み物と四角いケーキらしきものが乗っていた。


 「ダークモカチップフラペチーノとフルーツキューブケーキです」

 「甘い物に、さらに甘い物を合わせるか」

 「サンドイッチとか、芋や豆のチップスとかも考えたんですけど、今回は宇宙船では食べられない物にしようと思い、これを選びました」

 「そっちがそれでいいなら何も言わない」

 「あ、カロリーとかは心配ありませんよ。計算はしっかりとしているので、太ることはあり得ません。……遺伝子調整のおかげで、太りにくい体質というのも理由ではありますけど」


 最後、やや微妙そうな表情でルニウは言うと、メリアの隣に座った。


 「つくづく、遺伝子調整ってのは便利なもんだよ。昔の人間が今の人間を見たら、羨ましがるだろうね。それなりに頭がよくて、身体能力にも優れてる。あとは見た目も綺麗にできる」

 「……自分の子どもをそういう風に作れるなら、誰だってそうしますよ。どのくらいお金を注ぎ込めるかはともかく」


 容器の中身をストローで軽く混ぜながら、ルニウは苦笑する。


 「大昔、遺伝子調整ができない時代って少子化で人口が減っていたらしいですけど、遺伝子調整ができる今となっては、その言葉は無縁のもの。……みんな、劣った子どもより優れた子どもが良いんですよ。ハズレよりもアタリが欲しいわけで。頭が良いとか運動できるとかってそこそこ大事ですけど、やっぱり一番は綺麗な外見」


 混ぜるのをやめると、次は小さな鏡を取り出す。

 鏡の中に映るのは、水色の髪と目を持つ若く綺麗な女性。

 普通では現れない色は、遺伝子調整により生み出された存在であることを意味している。


 「子どもからしても、綺麗に作ってくれた親には、色々思うところはあっても感謝の気持ちがあります。とはいえ、遺伝子調整が当たり前となっているので、みんなそこそこ綺麗なんですけどね」

 「昔の美男美女が、今は一般的なものとなった。例外としては、遺伝子調整をしていないというブランドを維持する必要がある帝国貴族」

 「そういう意味じゃ、貴族ってのも大変ですよね。もしも不細工に生まれてしまったら、きついなんて話じゃないですもん」

 「いや、外見は整形で弄れるからそこまででもない。一番あれなのは、当主の座がほぼ得られないという部分」


 十五歳まで貴族としての教育を受けて過ごした経験から、メリアは語る。

 当主に求められるのは、あらゆるもの。

 その中には外見も含まれている。


 「遺伝子調整せずに、遺伝子調整した平民を上回れる者であることが求められるから、頭、肉体、そして外見、あらゆる部分で優れていないといけない」


 当主になれるかどうか。

 帝国貴族にとっては、それは最も重要なこと。

 当主になれば家のすべてを引き継ぐことができるが、それ以外の者には何もない。

 これはそもそも、貴族の相続に関してのみ、分割相続というものを一切認めない法律が帝国に存在するため。

 領地という財産を子どもたちに公平に分けてしまえば、家が弱体化するからだ。


 「そして、貴族の中でそういう損な役回りの者がいるからこそ……帝国の体制は盤石なものとなっている。貴族と平民には目に見えるほどの差を設けながらも、貴族の中に平民以下の存在が生み出されるようにすることで」


 それは帝国における公然の秘密。

 ある種のガス抜きという見方もできる。

 だからこそ、帝国は今まで存続することができているわけだ。

 メリアは時間を確認したあと、コーヒーを一気に飲んで席を立つ。


 「そろそろ軌道エレベーターが稼働する時間だから、あたしは宇宙港に行く」

 「えー。それじゃ、私は代わり映えのしない海を眺めながら味わっときます」

 「この端末はここに残します。船の方でまた別の端末を動かして合流させます」


 軌道エレベーターが稼働する時間には、一定の周期がある。

 まるで列車のように、一定の時間ごとに行ったり来たりするわけだ。

 一人の人間を移動させるためだけに使うのは、さすがにコスト面で問題があるからか、そうなっている。

 惑星の軌道上にある宇宙港に到着したあと、大型船トレニアへと向かう。


 「メリア様、何をしますか?」


 入ってすぐに、ファーナの動かす少女型の端末がやって来る。

 地上と宇宙の双方に自分が動かせる端末を用意することで、移動するコストを軽減させることができるのは、人工知能だからこそ可能なこと。

 それは普通に考えるとなかなかに恐ろしいことだが、メリアからすれば味方なので、鬱陶しいだけで済む。


 「ルシアンの様子を見に」

 「お供します」


 トレニアは大型船だけあって広く、目的地へ移動するだけでも数分はかかるほど。

 到着した先は、いくつかのコンテナが収納されている一室であり、中にはセフィとルシアンがいた。


 「よしよし」

 「ワオン」


 一人と一匹は、昔からの知り合いということで親しい様子でいたが、メリアが入ってくると、犬のサイボーグであるルシアンは立ち上がって警戒混じりに見つめてくる。


 「警戒するな。このコンテナの中身を取りに来たわけじゃない。様子を見に来ただけだ」

 「クゥーン」

 「まあ、お前の主人の仇ではあるけどね」

 「ワンワン」

 「あー、セフィ、これは何を言ってるかわかるか」

 「完璧に意味を把握はできませんけど、取らないなら気にしない、辺りだと思います」

 「……そうかい」


 コンテナの中身は、魔法の金属と呼ばれるエーテリウム。主に、老化を抑制することからそう呼ばれている。

 当然ながら、現代の発展した科学でも限界がある老化の抑制ということで、かなりの価値がある。

 それはルシアンの主人だった教授の遺産と呼べる代物。

 資産的な部分だけで言えば、メリアは銀河有数の大金持ちと言っていい。

 なお、実際に換金しようとするとルシアンが襲いかかってくる可能性があるため、そこにあるだけで使うに使えない資産だったりする。


 「セフィは、地上で何か飲み食いする気は?」

 「ないです。あえて口にしてみたいのは、お母さんが作ったなんらかの飲食物」

 「いいですね。わたしも口にしたいところでした」

 「…………」

 「子どものために作ってください。親としてはそうするべきです」

 「やれやれ、子どもらしくない物言いだね。まあ簡単なものでいいなら作ることにする。あとファーナはセフィの言葉にちゃっかり乗っかるんじゃない」

 「むしろ今乗っからずにいつ乗るのですか」

 「こ、こいつは……」


 メリアはわずかに顔の一部をピクピクとさせつつも、トレニア内にある厨房へと向かう。

 そのついでに、ファーナに食料品などを事前に用意するよう指示を出した。

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