224話 海の中でのゴミ拾い
海の上を進む比較的大型の船があった。
その船には、見慣れぬ機材といくつかのロボットが搭載されており、軌道エレベーターからある程度離れると、推進機関は停止する。
「確か、ポッドを回収したのはこの辺りだったはず。セフィ、向こうとの通信を」
「はい。研究所との通信を繋ぎます」
船には、メリアとセフィだけが乗っていた。
ファーナとルニウは、宇宙空間における監視網の作成に取りかかっているため、ここにはいない。
海中のゴミ拾いはそこまで危険ではないことから、手伝いとしてセフィが参加する形になっている。
通信を繋ぐと、やや緊張している女性の声が聞こえてくる。
「モンターニュ伯爵、いくつか注意すべきことをお伝えします。軌道エレベーター付近は、天候などが穏やかなため安全ですが、離れれば離れるほど危険度が増します。場合によっては、危険な生物と遭遇する可能性があります」
「それは海中探索用のロボットを用意していても?」
「いえ、海中よりも海上の方が危なかったりします。念には念を入れてください」
「ご忠告どうもありがとう。何か聞きたいことがあったら、また連絡を行います」
通信が切れたあと、メリアは船に搭載されているロボットに近づく。
四足歩行する獣のような外見をしたロボットは、人が乗り込んで動かす種類のもので、大きさは五メートルほど。
コックピット部分は、特殊なガラスによって内部から外が見えるようにしてあるため、あまり戦闘向きではない。
「こんなロボットもあるんですね。初めて見ました」
「まあ、こういう水中で運用するやつは、宇宙暮らしをしていると目にする機会はほとんどない。昔、貴族時代に見たことがあるから、あたしもこれを利用しようと思えたわけで」
「動かすの大丈夫そうですか?」
初めて動かすロボット、しかも水中という環境。
セフィは結んだ白い髪を揺らしながら問いかけるが、メリアは笑みを浮かべて返す。
「こちとら、宇宙船や機甲兵を動かしてきたから余裕だよ。とはいえ、水中は初めてだから多少の慣らしは必要だけどね。それに、そっちこそ気をつけないといけない。船から落ちないように」
「大丈夫です。通信機器のあるブリッジにいますから。それに、空調が効いてるので」
空調の部分をやや強調して言ったあと、セフィはあまり広くないブリッジに入っていく。
それを見たメリアは、四足歩行のロボットに乗り込むと、船が大きく揺れたりしないよう気をつけながら海に飛び込んだ。
「宇宙暮らしに慣れた体からすれば、海の上はあまり気分がよくないか」
基本的に、宇宙船やステーションでは温度や湿度が一定に保たれている。
セフィは生まれてからのほとんどを宇宙で過ごしており、地上に降り立つのはメリアの養子となってから。
そのため、地上という環境に体が慣れていない部分がある。
「ま、若いんだしそのうち慣れる。それに、まずはこっちを慣らす方が先だ」
重力に従って沈んでいく機体だが、コックピット内部で軽く操作すると、四足歩行する獣のような姿から変化していく。
四肢は変形して折り畳まれ、どこか流線形をした潜水艦のような姿となる。
大きさとしては小型であり、武装の類いもないため、水中での作業に特化した機体であるわけだ。
「推進機関部分を足にして、少しは地上でも動けるようにする。よくもまあ作ったもんだと思うけど、パーツを取り替えれば地上での作業に特化できるから、小規模なところではありか」
複数のロボットを揃えるよりも、一つのロボットのパーツを換装するだけで地上と水中の両方に対応できるようにする方が、置き場所などの面で助かる部分がある。
なにせ、このドゥールは陸地の存在しない海だけの惑星であるから。
「セフィ、通信は正常に動いてるかい?」
「問題、ありません。きちんと、聞こえています」
多少ノイズ混じりとはいえ、音声はしっかりと聞こえてくる。
それを確認したメリアは、潜水艦と化した機体を動かしていく。
前進と後退、左右への旋回、さらには宙返りも。
「……いたた、重力がある中ではやらない方がいいのもあったね」
軽く機体を慣らしたあとは、いよいよゴミ拾いが始まる。
まずはソナーによって怪しいものがないか大雑把に探していき、何か反応があれば、接近して目視による確認を行う。
とはいえ、初めて目にする海底なだけあって、これといった成果はない。
「どうですか? 何か見つかりました?」
「いいや、さっぱり」
「初めての機体に、初めての場所なので、これもう仕方ないと思います」
「まあね。それに海底は暗いから、照明で明るくしないとよく見えないってのもある」
軌道エレベーターが建設されたのは、惑星の中でも比較的浅い部分。水深はおよそ百メートル。
当然ながらその周囲も浅いのだが、海底にはあまり光が届かないため、かなり視界は悪い。
「百メートル程度でこれだ。二百メートルにでもなれば真っ暗だろうね」
「それだけ視界が悪いとなると、魚とかを眺めて楽しむこともできなさそう」
「やろうと思えばできなくはないが……あまり遊んでると宇宙で作業してるファーナたちから文句が出てくる」
「場所を変えますか?」
「いや、もう少し探索する。この辺りでポッドを見つけたんだ。他にもゴミがある可能性は高い」
探索する範囲をずらし、ソナーや目を駆使すること数十分。
ゴミらしき代物を発見する。
ポッドの時と同じように藻が付着していたが、比較的最近捨てられたのか、割と綺麗なまま。
「セフィ、一つ見つけた。機械の部品」
「…………」
「うん? 何か問題があったか?」
「あ、すみません、寝てました」
「やれやれだね……」
「数十分近く何もしないまま、揺れる船の上なので」
「居眠りぐらいは別にいい。船から落ちなければ。今はゴミ拾いという安全な作業の最中だから」
戦闘が発生している状況ともなればさすがに一喝するが、今は安全であるため、居眠りしてもそれを咎めたりはしないメリアだった。
機体外部に取りつけられた簡易的な容器に、拾ったゴミを入れたあと、再び辺りを探索していく。
「今のところ機械だけ……いや、そもそも機械以外は残らないか」
「再利用できるものは、できる限り再利用することが求められてますからね。恒星に向けてゴミを放つのは、手っ取り早いけど禁止されてるので」
「それを認めたら際限がなくなるから、禁止するのはわかる。結果的に資源が失われるわけだし。まあ、割と監視はザルだけども」
恒星に向けてゴミを放って処理することは、法律で禁じられている。
帝国、共和国、星間連合、すべての国において。
とはいえ、監視のための艦隊はいるものの人が多く住んでいる星系にしかおらず、その気になればゴミを恒星に捨てに行くこと自体は難しくない。
「宇宙空間でも恒星でもなく、わざわざ陸地のない水の惑星に捨てる。これってつまり、保管するためだったりしませんか?」
「へえ? それはまた興味深い考えだね」
ゴミを探している途中、通信越しにセフィが独自の考えを口にすると、メリアは割と納得した様子で頷く。
「どうしてそう思った?」
「宇宙空間に捨てる形にすると、見知らぬ誰かに取られる可能性がある。恒星は言わずもがな。その点、このドゥールという水の星なら、軌道エレベーターに近づかなければ気づかれにくく、海水に対する備えをしておけば、放射線とかへの対策はそこまで考えなくていい。どうですか?」
「……なるほど。しかし問題がある。どうして保管するのか。誰が何のために」
「それについては、宇宙における監視網次第です。捕まえて直接聞くより手っ取り早い方法はないので」
「ま、結局はそうなるか」
その後もゴミを探し続けるのだが、数時間かけて機械の部品をさらに一つ見つけるだけという結果に終わる。
その頃になると日が沈み始めるため、メリアはゴミ拾いを切り上げて研究所に帰還した。
「モンターニュ伯爵、無事に戻られてなによりです」
「パウロ・ハンプトン殿に連絡を。少し調べてもらいたいものがあります」
「わかりました」
拾い集めたゴミである機械の部品については、パウロに頼んで調査できる者に任せる形になるが、何かわかるまで数日はかかるとのことだった。