221話 水の惑星へ降り立つ
「水の星……か」
惑星ドゥールの軌道上にある宇宙港。
そこには一部だけガラス張りになっている部分が存在し、圧倒的な青と一部だけ白が混ざる星を見下ろすことできた。
「メリア様。そろそろ降りないと、ルニウとセフィが」
「今から行く」
帝国の内戦における貢献から、この水の惑星の所有者となったメリアだが、足を踏み入れるのは今回が初めて。
今までいくらでも軌道エレベーターに乗る機会はあったが、今回向かうのは自分のものになった星ということで、少しだけ落ち着かない気持ちでいた。
「おや、メリア様がそんな風になっているのは珍しいですね」
「うるさいよ。あたしだって、落ち着かない時はあるもんさ」
白い髪と青い目をした少女型のロボット。
それはまともではない人工知能であるファーナの、実質的な肉体にして本体。
かつて存在した巨大な本体は、大型船アルケミアと共に消失した。
それゆえに、以前と比べれば処理速度などは落ちているが、その代わりなのか定期的にベタベタと引っ付くようになった。
「……離れろ」
「今までは争いや事件に満ちていました。つまり、おふざけとかをする余裕があまりないわけです。しかし今は平穏な限り。なら、こうしておかないと損なわけです」
軌道エレベーターの中、座席に座っているメリアに対してファーナは抱きつきながら寄りかかる。
当然ながら、この場にはルニウとセフィも一緒にいるので見られてしまうが、ファーナは気にしない。
「むむむ、まさか今ここでそうするなんて」
「あの程度なら別に。お母さんは鬱陶しそうにしてるので」
今は惑星へと降り立っている途中であり、全員が座ったまま。
やがて地上に到着すると、白衣を着た男女が集団で出迎えに現れた。
「メリア・モンターニュ伯爵。お待ちしておりました。私はパウロ・ハンプトン。海洋学者です」
「……あなた方は?」
メリアが問いかけると、今さっき名乗った代表者らしき男性が前に進み出る。
「我々は、この惑星ドゥールにおいて研究をしている者の集まりとでも言いましょうか。スポンサーは、イネス・ジリー公爵になります」
すぐに公爵という存在を出してくる。
それは牽制の意味合いもあるのだろう。
「なるほど。それで、そちらの要求は?」
「話が早くて嬉しく思います。モンターニュ伯爵にお願いしたいことは、研究の妨げになるようなことを控えていただけたら、と」
「問題ありません。この星を所有することになったとはいえ、どう有効活用するかは決まっていないので。なにせ、軌道上からわかるほどには海ばかり」
陸地ならば、色々な使い道がある。
しかし、海しかない状態では使い道は限られる。
そもそも、どんな研究が行われていて、どんな行動が研究の邪魔になるのかすらわからない。
それを理解してか、研究者たちの中から一人の女性が手をあげる。
「モンターニュ伯爵が望むのでしたら、このドゥールという惑星について、実物を見ながらいくつか説明をしたいのですが。よろしいでしょうか」
「その申し出は嬉しいのですが、船に乗って海に出るのですか?」
「はい。宇宙船よりも乗り心地はよくなく、海水に濡れてしまいますが、画像越しでは伝わらないことというのはあるものでして」
「……少々お待ちを」
メリアはそう言うと、軽く手招きしてファーナたちを集める。
「……全員、どうする? 個人的には行くつもりだが」
「わたしはもちろん行きます。離れてしまう時間は少ない方がいいですから」
「右に同じく」
「ルニウは、水に濡れたお母さんを見てみたいだけだったりするのでは? まあ、一人だけ残るのもあれなので、ついていきます」
話がまとまったあとは早かった。
研究者たちの代表者であるパウロは、水の星の新しい所有者に挨拶するだけの予定だったのか、メリアたちが別の研究者と共に海に出ることを止めたりはしない。
「事故が起きないことを願っています」
「起きたところで、この星の権利はジリー公爵が手に入れそうに思えますが」
「とはいえ、混乱は避けられません。我々は平穏に研究できる状況を望んでいるので」
軽く言葉を交わしたあと、軌道エレベーターから外部の建物へと移動していく。
無機質な通路を数分ほど歩き続けると、小さなエレベーターで下に降りていき、そこからさらに緩やかな下り坂が続いた。
途中、一定の感覚で窓が存在し、そこから外を見ることができた。
それは陸地が一切存在しない、海だけという光景。
しかし、水面には見たことのない水生生物を見かけることがあるため、すぐに飽きるようなことはない。
「窓から見えるのは、この星に暮らしている中でも極一部の種類のみ。船で離れたところに出ると、さらに驚くような生き物を見ることができます」
「それは、軌道エレベーターという人工物が影響しているから?」
「はい。巨大過ぎる構造物は、生態系を変えてしまいます。水中では特に」
「そう言われると、海の中の方が気になるけど」
「まずは水面の生き物からです。このドゥールという惑星に大きく関わることでもあります」
「へえ?」
なかなかに興味を引かれる言い方に、メリアはわずかな笑みを浮かべる。
ただでさえ人目を惹く美しさを持つのに、演技ではない笑みを浮かべたせいか、今しがた会話をしていた研究者の女性は、どこか驚き混じりの表情となっていた。
「……帝国貴族は、遺伝子調整をしていないことが絶対条件。モンターニュ伯爵の美しさは、羨ましいを超えて恐ろしいと思えます」
「恐ろしい、ね。それと、いちいち伯爵はつけなくてもいいから」
「では、メリアさんで構いませんか」
「もちろん」
「メリアさんの美しさは、ストーカーがたくさん現れるのではないか。そう思えてしまって。ただ綺麗な以外に、立ち振舞いやら雰囲気やら」
「ああ、そういうこと」
メリアは、端的に言ってかなりの美人。
美辞麗句に慣れた人物であれば、その美しさを称える言葉をスラスラと流れるように口にすることができるだろう。
貴族令嬢としての品の良さ。
宇宙海賊としての品の悪さ。
十五歳の誕生日が転換点となったかつての厳しい経験は、相反する二つを内包するに至り、単なる美貌以外の部分でも人を惹きつける。
「私は野外での研究ばかりなせいか、あまり人に自慢できる美貌とかはないので」
そう話す研究者の女性は、そばかすと眼鏡が目立つ以外には凡庸な外見をしていた。
「ストーカーについては、貴族だったこともあってほとんどなかった。とはいえ、一部の男子と女子がつきまとう程度のことはあったものの」
「それはまた大変ですね。大人になってからストーカーとか出ましたか?」
「…………」
子どもの頃はどうとでも答えられる。その時期は貴族の令嬢として過ごしていたからだ。
だが、大人になってからという言葉が出てくると、メリアは無言になる。
そして周囲にいるファーナやルニウといった面々に軽く目を向けたあと、軽いため息をついた。
「あるには、ありますよ。ええ。宇宙船で各地を行き来しているので、滅多にないことですが」
「どうやら、ずいぶんと大変なことがあったようですね。別の話にしましょう」
複雑そうな表情をするメリアを見て、何かを察したのか、研究者の女性は慌てて別の話題を出した。
そうこうしているうちに、船が停まっている小さな港へと到着する。




