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220話 一つの依頼の完了

 ほぼ無傷で確保した海賊船。

 船体を覆う黒いシートを、作業用機械が慎重に剥がしていく。

 回収したシートについてはファーナが独自に調査をするのだが、それは意外な性能を持っていた。

 攻撃の際に多少の穴が空いたものの、それなりの耐久性を持っており、さらには電波などをいくらか遮断することができる。

 当然ながら市販されてはおらず、類似品も存在しない。

 つまりは、試験段階の代物をどこかから手に入れたということになる。


 「ずいぶんと、大きなスポンサーがいそうだね」

 「海賊を新製品の実験に使うような、大きい企業辺りですか」

 「あたしも、かつてはそういうことをしていたことがあるから、よーくわかる。匿名の企業から新製品を無料で貰い、その代わりにデータや個人的な意見を送るわけだ。ちょっとした小遣い稼ぎになるから、色んな海賊がなんらかの企業の新製品を利用してたりする」


 表ではできないことは、たくさんある。倫理や法律などの面において。

 しかし、海賊を使えば普通では手に入れにくいデータを集めることは簡単になる。

 海賊同士で争うことはしょっちゅうあるため、ある意味実戦経験豊富な者たちばかり。

 企業の新製品を所有したまま何か問題を起こしたところで、企業からすれば盗まれたということにしてしまえば、自分たちに火の粉は振りかからない。

 無責任にデータを集めることができるという気楽さから、有象無象の企業は海賊という犯罪者集団を利用するわけだ。


 「ま、今は自分たちだけで考えるよりも、捕まえた奴らを尋問する方が先」

 「代表者をトレニアに連れてきます」

 「ああ」


 砲台と推進機関を潰された宇宙船というのは、大きな棺桶に等しい。

 メリアが通信で降伏するよう呼びかけると、すぐに海賊たちは同意した。

 そのあと、代表者となる数人が大型船トレニアに運ばれてくる。

 尋問する場所はトレニアの格納庫。

 ファーナの操作するいくつもの無人機が、これ見よがしに武器をちらつかせたながら周囲を取り囲むと、海賊の代表者たちは隠し持っている武装を床に置いて両手をあげる。


 「隠してるのも出すとか、ずいぶん素直だね」

 「スポンサーがこっちを切り捨てたからな。さっさと投降するに限る」

 「殺される心配はしなかったのかい」

 「あんたが殺すつもりでいたなら、俺たちはここに立つことはなかった。……聞きたいことがあるんだろう?」

 「話が早くて助かるよ。胎児入りのポッドだが、あれを奪ってくるよう依頼したのはどこの誰だ?」

 「それは……」


 何か問題があるのか、依頼人の名前を口にすることを躊躇している。

 その間にも卵型のポッドは運び込まれ、次々に回収が進む。


 「切り捨てられたんだろう? つい口が滑っても問題ないと思うが」

 「……悩む程度にはでかい」

 「そっちの船の通信記録とか調べてもいいんだよ。こっちはそれができる」

 「それは無駄だ。調査されることに備えて、特定の単語だけで通じるようにしてあるからな。まあ、そろそろ言う気になってきたから言うが、胎児入りのポッドを求めたのは、アステル・インダストリーだ」

 「……共和国の大企業の?」


 共和国以外の企業に、同名のところがあるかもしれないため、メリアは念入りに尋ねると、海賊の代表者は頷いた。


 「そうだ。セレスティア共和国の、代表的な大企業様だ。とはいえ、少し前のどでかい不祥事でだいぶ色々と弱まってるんだが」


 どでかい不祥事というのは、アステル・インダストリーがこっそりと行っていた数々の違法行為が明らかになったパンドラ事件のことであり、メリアは思いっきり関わっていた当事者なのだが、そのことについては黙っていた。


 「で、大企業様が、どうしてわざわざ他国の海賊に通じてまで胎児を求めるのか」

 「そりゃあ……実験用のマウス的な感じで欲しいんじゃないのか。ポッドの中身は帝国の貴族の子だと聞かされていたから、つまりは遺伝子調整されていない人間なわけだ。新しい薬品の開発とかを考えると、企業としてはまっさらな人間が使いたいんだろう」

 「…………」

 「睨むなよ。あんたも俺たちの同類だろうに」

 「胎児入りのポッドを盗むなんてことは、さすがにしたことはないが」

 「ろくでもないことを頼んだのは、アステル・インダストリーという共和国の大企業様だ。ちなみに、警察にチクっても意味ないぞ。似たようなことは帝国の企業とかもしているだろうから」

 「……やれやれ、ろくでもない世の中だね」

 「だからこそ、俺たちのような海賊がのうのうと活動できるんじゃないか。それで、他に聞きたいことは?」


 他に何を聞くべきか。

 胎児入りのポッドは取り返せているため、ほぼ受けた依頼は完了しているようなもの。

 アステル・インダストリーに関しては、そもそも共和国の企業なので自分たちではどうすることもできない。

 そうなると、目の前にいる海賊たちをどう利用するべきかに考えは移る。


 「お前たち、配下になるつもりは?」

 「おっと、これはまたずいぶんお優しい提案が」

 「二百メートル級の中型船を揃えて、海賊をやれている。多少は使い物になると思ってね」

 「受けますとも。断ったところで、後ろからドカンだ。それで、あなたが何者なのかお聞かせ願っても? ただの海賊じゃないんでしょう?」

 「え、お頭、いきなり配下になるのって……」


 配下になるかどうかの提案は、一人だけ頷くも、他の者はどこか困惑していた。

 そこでメリアは自らの正体を明かす。

 メリア・モンターニュという名前の帝国貴族であり、今いる星系に存在する水だらけの惑星ドゥールの所有者でもあることも伝えた。


 「ははぁ、どおりで勝てないわけだ」

 「貴族の私兵……それならまあ……」


 帝国の貴族であることを明かしたあとは、消極的とはいえ配下になるのを受け入れる者ばかり。

 上の者がそう決めたとなると、船内に残る下っ端たちは逆らうことなく決定に従った。


 「指示は追って出す。それまでは宇宙港で修理しておくように」

 「わかりました。ま、次の仕事はこの惑星近辺の警備でしょうがね」


 海賊を取り込んだあとは、依頼人のところにポッドを運んでいく。

 胎児入りなので、取り扱いに関しては慎重にしつつ、宇宙港に到着したあと連絡を行う。

 すぐに依頼人たちはやって来ると、積み上げられたポッドを見上げて感嘆したような声を出す。


 「まさか、すべて無事な状態で取り戻してくださるとは」

 「なんでも屋アルケミアに関する情報は、色々と修正しないといけません。奇特な者が単独でしているのではなく、十分な戦力を保持している勢力という風に」

 「お褒めの言葉はありがたいのですが、こちらとしては、報酬の件についてお話したいところです」


 外向きの態度でメリアがそう言うと、依頼人である貴族たちは全員が乗り気な様子でいた。

 当初予定されていた金額よりも、報酬は増額されるが、これは実力ある集団とは仲良くしておくに限るという判断から。

 海賊相手に、目的のものが無事なまま取り戻すことができた時点で、その実力は示されているからだ。


 「二倍の金額、ですか」

 「今後も、なんでも屋に依頼をするかもしれません。その時に断られないようにしておきたいと思っていまして」

 「今回のような依頼は、勘弁してほしいと個人的には思っていますけどね」


 誘拐された子ども、もとい胎児入りのポッドの奪還。

 それは正直なところ、内心顔をしかめる出来事であり、積極的に受けたい依頼ではない。


 「では、遺産の相続を巡って家族の間で戦闘が発生している貴族の仲裁などは?」

 「……それも勘弁してほしいですね」

 「次もまた会えることを楽しみにしています。それでは」


 ポッドを引き渡したあとについては、依頼人たちに任せることに。

 大量のポッドを乗せて、船が何隻か同時に出ていく。

 それを見送ったあと、メリアは軽く体を伸ばした。


 「ふぅ……ようやく、自分のものになった星に集中することができる」


 一見すると、やれやれとでも言いたげな様子だったが、声の中には少しだけまだ見ぬ惑星への期待が満ちていた。

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