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218話 依頼人が抱える秘密

 惑星ドゥール。

 その星には陸地が存在せず、宇宙からだと真っ青にしか見えない。一応、白い雲もあるので完全に一色というわけでもないが、基本的には海の青さが目立つ。

 地上と宇宙を繋ぐ軌道エレベーターがあるが、これはドゥールが呼吸可能な大気のある惑星であるため。

 今のところは少数の研究者ぐらいしかいないが、将来的には企業などが進出する予定。

 内戦における勝利に貢献したことで、ジリー公爵からこの水の星を貰い受けたメリアは、軌道上の宇宙港に向かう途中、惑星の大まかな説明に目を通していた。


 「陸地がなくても、呼吸可能な大気がある時点で、まあまあ使い道があるね」

 「企業が進出……漁業関係でしょうか?」

 「ま、今はそこまで気にすることでもない。宇宙港にいる依頼人に会うのが先だよ」


 会社を通さず、わざわざ直接依頼してきた。

 そんな訳ありな人物は、ドゥールのある星系に入った時にさらなる連絡を送ってくる。

 それは、惑星ドゥールの宇宙港で待っているという内容のメール。

 今のところ、惑星の大きさに対して軌道エレベーターは一つしか存在せず、宇宙港も一つしかない。

 なので迷うことなく到着すると、船を降りたメリアへ数人の男女が近づいてくる。


 「お待ちしておりました。メリア・モンターニュ伯爵」

 「……一応、会社に登録しているのは一般人の方であるけれども」


 なんでも屋の社長として登録してあるのは、偽造した身分証によって生み出された架空の人物。


 「会社のサイトに顔写真があるのでわかります。あなたのことを直接目にしたことがある者なら気づきますよ。そうでないなら、他人の空似と思うでしょう」

 「では、依頼について詳しいことを聞きたいところですが」


 外向けの態度でメリアが質問すると、代表者らしき人物が前に進み出る。

 それは二十代半ばほどの若い貴族の女性。宇宙服姿なので、それ以上のことはよくわからない。


 「私はダニエラと申します」

 「名前の残りの部分は」

 「個人的な事情があるので、お知らせできません。提示した金額には、余計な詮索を行わないことをお願いしたい気持ちもありまして」


 余計な詮索を避けるために、通常よりも多めの金額を支払う。

 それは海賊として一人で活動していた頃、メリアも何度か似たようなことをしたことがある。

 もちろん、その逆についても。

 なので、怪しく思いながらも軽く頷いた。


 「……それで、誘拐されたという子どもたち、正確には出産前の胎児。その子を無事に取り戻せば依頼は完了ということで?」

 「はい」

 「あなたの後ろにいるのは、同じ被害を受けている方々?」

 「そうなります。子どもたちの入ったポッドを管理している病院が、犯罪組織の襲撃を受けてしまい、人質としてポッドごと子どもたちが……」


 ポッドに入っている胎児。

 人質として誘拐するなら、これほど狙い目な存在はない。

 暴れたり泣きわめいたりせず、小さいので一度に多くを運べる。

 ただし、胎児への栄養の供給などにおいて、多少はポッドの取り扱いに精通している者がいないといけないが。

 貴族からすれば、平民とは違って遺伝子調整せずに大金がかかっていない分、誘拐された子どもを見捨てて新たに作り直すという選択を取れるものの、ここにいる数人の男女はどうしても子どもたちを取り返してほしい様子。


 「一つ、質問を。その病院は、宇宙にありましたか?」


 メリアからすれば、それは聞かずにはいられないことだった。

 地上と宇宙では、誘拐をする難易度に違いが出る。

 当然ながら、地上の方が難しい。

 人々は基本的に軌道エレベーターを通じて行き来するため、単独で大気圏の突入や離脱ができる船は監視されやすい。


 「はい。医療用に建設された宇宙ステーションの一つであり、他とは隔絶された環境を活かし、未知の病原体への対処や、企業などと提携して色々な研究開発をしているところです。つまりは、よくあるステーションの一つになります」

 「……それともう一つ。このドゥールの周辺宙域に、誘拐犯がいるとのことですが、どうやって突き止めました?」

 「我々は帝国貴族です。私兵を動かせる者、工作員を動かせる者、他の貴族との広い交友関係を持つ者、それぞれが協力し、居場所を突き止めることはできました」


 貴族ともなれば、お金には余裕がある。

 そうではない貧乏貴族は、そもそも依頼をしてこない。

 そしてお金という代物は、非常に多くの物事を可能にする。

 大貴族でなくとも、それぞれが協力すればある程度の目的を達成できる。

 しかし、それゆえにメリアとしては気になることが増えた。


 「そこまでやれたなら、警察や軍に働きかけてしまうのはいかがですか? なんなら、艦隊を所有している貴族に協力してもらうというのも」


 居場所を突き止めた。

 なら、あとは誘拐犯から取り戻すだけ。

 帝国貴族ともなれば、私兵として宇宙艦隊を所有している者はそれなりにいる。

 少し協力してもらえば、誘拐犯を武力でどうにかすることは簡単だ。

 人質が心配なら、特殊部隊を派遣してもらうという方法もある。


 「それは……」

 「できない理由がありますか。依頼を受ける身としては、その理由が気になるところですが。どういう方法で、人質を助けるかにも関わります」


 詮索しないことを求められたが、依頼に関わるかもしれないため、聞かずに済ませることはできない。

 数分ほどメリアが真正面から見つめ続けると、観念した様子で貴族の女性は話し始める。


 「他言無用を誓ってもらえますか」

 「もちろんです」

 「誘拐された子どもたちですが、全員が実験のために作られました」

 「……実験用マウス、それと同等の存在。大金と引き換えに、作ることに同意しましたか」

 「はい。精子と卵子を提供するだけで、相当な大金を得ることができました。それもこれも、貴族という存在が平民と違って遺伝子調整をしていないからこそですが」


 メリアの顔は険しいものになっていく。

 もはや、生身の肉体を使わなくとも人間は作ることができるようになった。

 それは、実験用の人間を生み出すことへの忌避感を大きく下げる。

 親となる者からすれば、精子と卵子を提供するだけで済むため、罪悪感はあまり湧かない。

 もちろん、表沙汰になれば処罰される違法な行為ではあるが、共和国の大企業たるアステル・インダストリーですら違法なことには手を出している。


 「……よく、依頼できますね」

 「モンターニュ伯爵。あなたが、後ろ暗い世界で過ごしたことがあることを見込んでのことです。……海賊か、それに匹敵する行為をしてきたのでしょう? それも貴族に復帰する前から。つまりは、あなたが悪党であるからこそ、表沙汰にできないことを依頼するのです」

 「この事を表沙汰にしてしまう可能性は考えなかったのですか?」

 「その場合は、我々に罰金などの処罰が課され、あの子たちがどうなるかわからなくなるだけです。誘拐犯からすれば、遺伝子調整されていない胎児なんて、欲しがっている企業に売ってしまえばいいだけなので」

 「とんでもない悪党だ」

 「けれど、マシな悪党でもあります。少なくとも、子どもたちを取り戻すために、あなたへ依頼したので」


 帝国貴族。それは共和国の企業と同じくらいには、悪どい存在と言える。

 メリアは舌打ちしたくなるも、軽いため息だけで済ませると、さらなる質問を行う。


 「最後に一つ。誘拐された子どもたちを取り戻したあと、その子はどうなるのかお聞きしたいところですが」

 「もちろん、自分の子として育てます。十人いる中に、一人増えるだけなので。他の方々も今いる子どもは似たり寄ったりでしょう」

 「…………」

 「売ると思っていましたか? 誘拐なんてことが起きた時点で、捜査が行われるので胎児の売買なんてことはしばらくできなくなります」

 「その言い方からすると、やがて再開するように聞こえます」

 「止めたいのであれば、皇帝選挙に出るのはどうでしょう? 皇帝の座が空位となるのは、帝国の歴史からして数える程度。貴族であれば、皇帝候補として名乗り出ることができます。公爵辺りでないと可能性は低いですが」


 帝国の皇帝になれば、帝国の様々な部分を個人の意思で動かすことができる。

 貴族に反対されない限りにおいて。

 そのため、公爵辺りの有力な貴族でないと、傀儡としての不自由な日々を送ることになる。


 「皇帝になるつもりはありません。ただ、このようなことは行われないでほしいと、そう思っています」

 「意外とお優しいのですね。モンターニュ伯爵は」

 「……子どもたちを誘拐犯から取り戻すために行動したいので、そろそろ失礼します」


 まったくもって宇宙はろくでもない者ばかり。自分を含めて。

 メリアは船に戻ったあと、そんなことを考えつつ、ため息混じりにファーナへ指示を出す。

 依頼人が示した、誘拐犯がいる場所へ進むようにと。

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