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217話 人間が作られる一般的な方法

 「見学をしたいのであれば、こちらに記入を」


 いきなりやって来て見学がしたいと伝えるものの、そんなことはよくあるのか受付で軽い手続きをするだけで許可が出される。

 あまりにもあっさりとした対応に、メリアは驚きからわずかに表情を変えるも、無言のままでいた。


 「では、案内の者が到着するまで少しばかりお待ちください」

 「ええ、わかりました」


 待つ間、メリアとルニウの二人は近くに並べられている長椅子に座る。

 病院ということで、周囲にはそれなりに人がいた。

 パッと見ただけで体調が優れない人はいるものの、自力で動いて受付でやりとりできるので、救急車で運ばれてくるような人よりも健康体ではある。

 そして意外なことに、生身の肉体を使わずに子どもを作る施設の見学者は、他にも十人近くいるという有り様。

 老若男女揃っており、カップルだけでなく家族で来ている人もいるという。


 「おや、あなた方も見学ですか?」

 「そうなります。そちらもですか」

 「はい。設備が新しいのに変わったと聞いたので、それで少しばかり。以前利用した時と比べ、どう変わったのか気になりまして。良さげであれば、また新しく子どもを作る予定です」

 「それはまた……」


 今話している相手は、だいぶ高齢な人物。

 メリアとしては何を言うべきか迷っていると、苦笑混じりに返される。


 「子どもを作るのに必要なあれこれに関しては、若い時に冷凍保存している分を使うだけなので。さすがにこの歳になると、肉体がどうしようもありません」


 しわの刻まれた手を、開けたり閉じたりと繰り返していく。

 若者と比べ、目に見えて遅い動きであり、老いというものが肉体を蝕んでいるのがわかる。


 「あなた方も、子どもを作るのに必要なものは、若い時に冷凍保存しておいた方がいい。……親より先に子が亡くなる事態が起きても、新しく子どもを作ることができますから」


 老人はどこか悲しげな様子で語る。


 「帝国の内戦で、ですか」

 「息子と娘がいました。どちらも三十を越えていたものの、子を残すことなく亡くなってしまったんです」


 息子は皇帝派の貴族の艦隊、娘は反皇帝派の貴族の艦隊。それぞれ敵味方に別れていたとのこと。

 とはいえ、それぞれが所属している艦隊が直接ぶつかるようなことはなく、親を通じて連絡を取り合う余裕すらあった。

 だが、帝国の内戦が最終局面に入り、広範囲での戦闘が行われると、二人の子どもたちは亡くなってしまう。


 「それゆえに、新しい子を作ることにしたのです。まだ、冷凍保存したものは残っていたので」

 「……大変ですね」

 「まあ、致し方ありません。貴族の艦隊にいるなら、小競り合いで亡くなる可能性はありましたから。大規模な内戦が起きたところで、それが貴族同士の争いであることには違いがない」


 帝国の平民からすれば、貴族による小競り合いで平民が亡くなることはありふれた出来事。


 「だからこそ、我々のような平民に対して遺伝子調整関係の補助金が出されるわけですが。……結局、見た目の整った子を育てるのは楽しい。その逆は楽しくないのが悲しいことですが」


 それは自嘲するような言葉だった。

 子どもという存在に対し、親がお金と時間を費やすことは、見方を変えるとかなりの投資だが、投資しただけの利益を回収できるかはわからない。

 親は子に対し、愛情を持って接するが、見た目というのはどうしても影響してしまう。


 「一度、こんなことを考えたことがあります。外見に関連する遺伝子調整をしていない子を、愛することができるのかどうか」

 「その様子から見るに、難しいといったところですか」

 「そうです。見た目が整っていない子を育てる気は起きませんでした。……さて、そろそろ案内の者が来ました。この辺りで終わりにしましょう」

 「ええ」


 遠くから近づいてくるのは、白を基調とした制服に身を包んだ二人の男女。

 おそらくはここの職員。

 まず大まかな注意点として、勝手に機材に触ったりしないようにという説明がされる。

 何かあれば、大勢の胎児の命に関わるということも付け加えられる。


 「それではこちらへ」


 荷物の類いは、一時的にロッカー的なところへ入れることとなり、なんらかの探知機を通ったあと、お目当ての場所へと向かう。

 そこは長い通路と、卵型の機械が置いてある広い空間に分かれており、頑丈なガラスで仕切られていた。


 「歩いている間、軽い説明でも。かつて人類は少子化に悩まされていました。産業構造や社会が、子どもをたくさん生む時代とは根本的に異なっていたからです」


 移動の間、職員による話が始まる。


 「しかし、体外受精や人工子宮といった技術の発展によって解決しました。とはいえ、初期の段階では、現在のように大勢が利用できるほどではありませんでした。時代が進むと共に改善されていきましたが」


 卵型の機械は、稼働している物としていない物があった。

 数人の職員らしき存在によって、数百台の機械の点検が行われている。

 今見える範囲でこれなので、全部合わせれば相当な数になるだろう。


 「今から、未稼働の機械が揃っている一室に入ります。卵型の機械、一般的にこれはポッドと呼ばれていますが、当然ながらかなり高額な機械なので、安易に触れたりしないようお願いします」


 間近で見学できるのは、未稼働の代物だけ。

 稼働している代物に、部外者が近づいて問題を起こしたとなれば、ニュースになる程度には大きな騒動となるため、見学者は全員が慎重な様子で入っていく。


 「へぇ、実際に同じ一室に入れるなんて。私が学生の時は、ガラス越しに見ることしかできませんでしたよ」

 「今はたったの十人前後。学生となると何十人もいるクラス一つが丸々見に来るはず。そりゃ、監視とかの部分を考えればそうもなる」

 「……メリアさんは見学した時どうでした?」

 「両親が見学の予約をし、わずかな使用人と共に見学しに行った。普通は、貴族が見に来るようなことはないから、向こうも緊張した様子だったけど、間近で見たり触れたりできた」

 「触れることできるとか、貴族様々ですねえ」

 「帝国はそういう国だよ。どこまでいっても、平民と貴族の間に差はある」


 そしてその貴族よりも上にいるのが皇帝。

 だからこそ、クローンを作るという無茶苦茶ができる。だからこそ、自分という存在が生み出された。

 その事実は、メリアからすれば顔をしかめたくなるものだが、周囲に人がいるので我慢した。


 「ポッドは通常、九ヶ月から十ヶ月ほどで内部にいる胎児の成長が完了します。出産時期が近づくと、親となる人物へ連絡を入れます。そして、受け取り予定日に引き渡すという形になります」

 「質問があります」


 その時、若いカップルの一人が手をあげて質問をする。


 「もし、受け取り予定日になっても両親が来なかった場合、赤ちゃんはどうなりますか」

 「ポッドの大きさには多少の余裕を持たせてあるため、数ヶ月は問題ありません。とはいえ、そこまで連絡がないとなると、親となる人物が亡くなってしまったと仮定して動きます」

 「孤児院とかに預けるわけですか」

 「はい。それか、親族の方々が引き取るといったこともあり得ます。とりあえず言えることは、事故や病気には気をつけてください」


 人工子宮を用いた妊娠。

 それは、両親が亡くなって胎児だけが取り残されるという事態を生み出すこともあった。

 生身の肉体を用いた妊娠の場合、母体となる人物が亡くなれば胎児も亡くなるのだが、人工子宮の場合は親とは切り離されているため、良くも悪くも子は無事なまま。


 「次はポッドの機能についてですが……」


 それからしばらくの間、職員の一人がポッドを持ち上げ、もう一人が機能の説明などをしていき、やがて全員で今いる一室から出ていく。

 入ってきたのとは逆方向に進み続けると、稼働しているポッドが集まっているところが見えてくる。

 その近くには、親や職員のいる受付らしきところが存在し、書類に何か記入をしてから子どもを受け取っているところだった。


 「ポッド内部で十二ヶ月育ちました。なので、予防接種をするのであれば、すぐに受けることができます」

 「お願いします。よーし、この子には帰ったら何を買ってあげようか」

 「ねえ、ちょっと待って。この子、事前に指定したのと目の色が……」

 「あー、色の方は予算的な問題から安く済ませたからなあ。まあ、外見とか才能とかが問題ないなら大丈夫さ」

 「……ええ、そうね。せっかく大金をかけたのに、指定した通りになってないのは少し不安になってくるけど」


 そんなやりとりを目にしたルニウは、一瞬険しい表情になるも、下を向いてからメリアの手を掴んで強く握りしめる。

 そして、人間工場とも呼べる場所から出たあと、病院の自動販売機までメリアは移動し、周囲に誰もいないのを確認してから声をかけた。


 「ああいうのは嫌か」

 「そりゃもう。なにせ、私は遺伝子調整されまくって生まれたので」

 「水色の髪や目は、両親の望みと同じなのか」

 「両親的には、色合い自体はそこまで気にしていなかったとか。どんな色でも見た目が良ければそれでいいとのこと」

 「そうかい。あたしとしては、ルニウのその色は悪くないと思ってる」

 「慰めはいらないです」

 「代わりに何かあたしにしたいとか言うのはなし」


 その言葉を受けて、ルニウは固まる。


 「……駄目ですか?」

 「一応聞いとく。何をするつもりだった?」

 「メリアさんの肉体で癒されるために全身で抱きつく、とか」


 メリアは軽く息を吐くと、近くにある綺麗な顔、より正確には鼻の先を指で弾いた。


 「あふっ」

 「そういうのは断る」

 「うぅ、では手を繋ぐだけでも。腕を組むまでは求めませんから」

 「……それくらいなら」

 「えへへ」

 「笑ってると、また顔のどこかを指で弾くよ」


 現在の宇宙において、人間が生まれる手段としては一般的な方法。

 人工子宮によるそれを見学し終えたメリアとルニウの二人は、巨大な病院から去っていく。

 軌道エレベーターから宇宙港、そして大型船トレニアに戻ると、所持している端末にファーナからメールが送られてくる。


 「うん?」

 「なんでも屋に対する仕事の依頼です」

 「募集していないはずだが」

 「わざわざ、この船に送られてきました」


 いったいどこの誰が。

 そう思いながら、メリアはメールを開いて中身を読む。

 そこにはこう書かれていた。


 “なんでも屋アルケミアへ依頼したいことがあります。私の子を含めて、誘拐された子どもたちを取り戻してください。全員が人工子宮のポッドに入っており、あとは出産からの親への引き渡しを待つばかりでした”


 「出産前のポッドに入った子ども……これはまた厄介な仕事が来たね」

 「あのあの、これって普通に警察に任せるべき案件では」

 「つまり、そうできない理由があるわけだ。……受けよう」


 メールには続きがあった。

 依頼したのは帝国貴族。提示された報酬は、大型船が五隻は購入できるほど。

 そしてなにより、指定された場所が場所だった。

 惑星ドゥールの周辺宙域に、誘拐犯がいるとのこと。


 「なんか怪しくないですか?」

 「偽の依頼なら、それはそれであたしにどういう策略を仕掛けてきたのか聞き出せる」

 「ちゃんとした依頼でも、そうでなくても、どっちでもいいと」

 「ああ。残存してる艦隊と共に行動する必要はあるけれども」


 元々、ドゥールという惑星には向かうつもりだった。

 何が起こるとしても対処できる。

 その確信があるからこそ、宇宙船の進路は変わらない。

 ただし、無人機を増やすために市販されている機甲兵を購入したりはした。

 武装に関しては、どんな惑星であっても犯罪者による軍用品の横流しがあるため、お金さえあればどうとでもなる。

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