216話 足止めからの寄り道
もうそろそろ軌道エレベーターの近くに到着するというその時、タクシーは急停止する。
無人なので運転手に文句を言うことはできない。
「無人の車両が急停止とはね。前の方で事故でもあったか」
「シートベルトしていてよかったですよ。危うく頭をぶつけるところでした」
機械的な音声が、この道はしばらく通行不可能になったというのを伝えてくるため、料金を支払ってさっさと降りてしまう。
そして急停止した原因がなんなのか前方に目を向けると、だいぶ遠くの方でいくつもの車両を巻き込んだ事故が発生していた。
「軌道エレベーターまでは……徒歩で三十分くらいか。やれやれ、運が悪い」
「事故現場、見に行きません?」
どこかワクワクした様子のルニウに、メリアは首を横に振る。
「行かない。ここからでもわかる事故なんだ。ニュース映像の中にあたしたちが映るようなことは避けたい」
「そうは言いますけど、事故現場を避けるとなると、軌道エレベーターは遠くなりますよ?」
ここから直線で三十分。
事故現場を避けるなら、さらに十分か二十分ほど余計な時間がかかってしまう。
さてどうしたものかと考えるが、事故の影響か道路は渋滞し始めてきた。
これでは、新しいタクシーで迂回するという手段でも時間がかかることは確実なため、仕方なく徒歩で軌道エレベーターを目指す。
「……こうして地上を歩いていると、宇宙にあるちっぽけな惑星でも、かなり広いことを実感できる」
「惑星のほとんどは、軌道エレベーターの周囲にしか都市がないですからね。それでも人間からしたら充分過ぎるほどに広いという」
「初期の開拓は、大気圏の突入と離脱ができる宇宙船頼りなこともあって、割と広範囲に散らばって発展していった。けれど、軌道エレベーターの建設が簡単に進むようになってからは、軌道エレベーターの周囲ばかりが発展していく」
発見が新しく、開拓から時間が経っていない惑星ほど、人口は軌道エレベーターの周囲に偏る。
数十年単位で時間が経っていくと、多少は軌道エレベーターから離れたところにも人が暮らすようになるが、やはり人口の偏りは大きい。
つまり、未開拓な自然に溢れた土地に溢れている。
それを商売に利用しようとする動きはあるが、一定以上の開拓には国からの許可が必要。
そのせいか、宇宙開発を優先する動きが多い。
道中、惑星の開拓や宇宙の開発のために人員を募集している企業の宣伝が、大型ディスプレイから放送されているのを見ることができるが、今のメリアにはあまり関係ない。
「メリアさん」
「うん?」
「どうせなら、地上で少し観光とかしていきます?」
「しない。そもそも、ファーナやセフィを待たせてるわけで。放っておいたことがバレたら、あとから盛大な文句が出てくる」
宇宙に比べれば、地上というのは楽しみに満ちている。
未開拓な自然の景色もそうだが、人の手が入って管理されている自然も、それはそれで楽しむことができるのだ。
「動物園とか水族館に寄るのは」
「それくらいなら、宇宙にあるのでも十分だろうに」
「でも、現地でないと見れない生き物とかいたりするので」
「で、ここでしか見られない生き物というのは?」
「実はいません」
「……やれやれだね、まったく」
歩いていくうちに、少しずつ軌道エレベーターへと近づいていく。
数分もすれば、建物の中に入って少しの手続きを済ませてそのまま宇宙港へと移動できるのだが、その時、二人に声をかけてくる人物がいた。
「少しお時間よろしいでしょうか?」
「……帝国の、人口省の方のように見受けられますが」
周囲に人が多いこともあって、メリアは演技しつつ対応した。
相手が帝国の公務員なため、揉め事を避ける意味合いもある。
「何か用でしょうか」
「このたび、規定の人数になるまで子の作成、および遺伝子調整に対して補助金を出すことが決まりまして、人口省としてはこの辺りを通る方々にお知らせしているところなんです」
少し周囲を見渡せば、おそらく同じ役職らしき男女が、他にも様々な人々に対して声をかけていた。
「わざわざ出向いて教えてくださるとは、大変ですね」
「そこはまあ、能動的に情報を得られる方々以外に、受動的な方々にもお教えしなくてはいけないからです。……正直、もっと上手いやり方が……んん、失礼しました」
インターネット上で告知をする以外に、こうして直接教えてくれるのは大事ではある。効率はともかくとして。
何か色々と書かれた紙を貰ったあと、早速ルニウが中身を見ていく。
「ふむふむ、なるほどなるほど……どうやら、内戦によって大勢の死者が出たから、減った分を増やすつもりのようです」
「二十年近くかかるだろうに、一気にやるとはね」
「段階的に分けて増やすのは、それはそれで面倒だからじゃないですか?」
「雑な話だ。だけど、帝国は状況が状況だからね。ある意味仕方ないか」
皇帝が撃たれ、新たに皇帝の地位を簒奪する者が現れるも、その奪った者も最終的には地位を降りた。
今現在、セレスティア帝国において皇帝は存在しない。
有力な貴族たちの協力により、かろうじて成り立っているだけに過ぎないという、非常に危うい状態だった。
「次の皇帝は、誰がなるのやら」
「んー、あまり強い皇帝は問題がありそうなので貴族たちの傀儡とか?」
「後ろ楯のない弱小な者。皇族の中にはそういうのもいるだろうね。ま、誰であってもあいつに比べればマシか」
メリアからすれば、自分のあのオリジナルに比べれば、傀儡としての皇帝であってもマシに思えた。
メアリ・ファリアス・セレスティア。
殺そうとしたのに殺しきれなかったしぶとい存在。
彼女が今も生き残っている時点で、そう遠くないうちに面倒事がやって来る可能性があるため、メリアはわずかに顔をしかめた。
「メリアさん、メリアさん」
「うん?」
「子ども作りませんか?」
「…………」
「ちょ、ちょっと、無言での暴力はまずいですよ。街中、ここ街中!」
いきなりの提案。
それへの答えは、固く握りしめた拳。
だが、振るわれることはなかった。
ギリギリのところで、拳は下ろされたからだ。
「ふぅ……あまりふざけたことを言ってるとね、相手を物理的に黙らせる手段があることを自覚するようになるわけだ」
「何もおふざけだけで言ってるわけじゃないですよ。遺伝子調整への補助金が出るという部分が大きいです。なんと、国が五割負担してくれるとか」
遺伝子調整にはお金がかかる。
調整する箇所が増えれば増えるほどに。
そこを五割も国が負担してくれるなら、子どもを作ろうとする者は増えるだろう。
自分にとって理想の子どもを作るために。
「捨て子も増えそうだ」
「当たり外れがありますからね。普通なら、大金出して遺伝子調整をしたから残念そうにしながらも引き取るでしょうけど、普通よりも安く作れるなら、一度の失敗は捨てるかもしれません。というか、そういう者を見てきたことあるんですか?」
「ある。捨て子から海賊になった者とかいたりするよ。新しい子どもと仲良くしてる親を見たせいで、自分は捨てられたのに許せないって怒りを燃やして、襲撃のための人員を集める奴とかいた」
「メリアさんは参加したんですか?」
「いや、しなかったよ。当時は、できる限り他人に顔を見せる機会がないよう慎重だったから」
海賊にも様々な者がいる。
昔の皇帝のクローンだった自分はその筆頭であるが、広大な宇宙にはいくらでも事情を抱えた者がいる。
それこそ掃いて捨てるほどに。
「それで、その海賊はどうなりましたか」
「……家族を殺すという目的を果たしたのか、それなりにすっきりした様子だったよ。まあ、そのあと別の海賊と揉めて死んだけど」
「あらま。なんというか呆気ないですね」
「海賊なんてやってれば、そんなもんだ。だから、あたしは表の社会で働ける仕事として、なんでも屋を立ち上げた」
いつまでも後ろ暗い世界で生きていくことは難しい。
それゆえのなんでも屋だったが、完璧に海賊から足を洗うことはまだできていない。
そのことに今度は軽くため息をつくメリアだったが、ルニウは気にせずに言う。
「ところで、見に行きませんか?」
「どこで何を?」
「子どもを作っている場所。とても品のない言い方をすると人間工場」
「……見ていて楽しいものではないと思うが」
「見学したことあるんですか? 私は、学校の見学で少しありますけど」
「貴族として教育を受けてた時に、一度だけ」
「では、近くにあるので行きましょう」
ルニウは指し示す先には、病院があった。
しかしながら普通の病院とは違い、どこか工場的な雰囲気をも漂わせていた。
メリアは数秒ほど悩むも、ファーナとセフィに連絡を入れてから向かうことを決める。
当然ながら文句は出てくるが、そもそもファーナは入れないのと、セフィは似たような施設をかなり見てきたからか、同行すると言い出すことはなかった。




