215話 子に遺伝子調整を行う親
「いや~、それにしても、よく会おうと思いましたよね?」
「……気にならないと言えば嘘になる。多少の興味はあるさ、そりゃあね」
閑散としている道路を走る無人タクシーの中、メリアとルニウは話していた。
外を見れば、太陽が真上の辺りに来る真昼の時間。
軌道エレベーターで地上に降り立った時はよく見かけた通行人や車両の類いは、軌道エレベーターから遠ざかるほどに減っていく。
「ま、一番大きいのはほとんどの面倒事が片付いてるという部分だけども」
「今まで大変でしたからねえ。私の親に会いに行くどころじゃないですもん」
かつて、様々な問題がメリアの前に立ち塞がっていた。
しかし、そのすべてに対処して乗り越えた結果、平穏な日々がなんとか訪れたのである。
だからこそ、ルニウの親に会ってみるという興味本位な選択ができるわけだが、留守を任せるファーナとセフィからは多少の文句があった。
「それで、目的地にはあとどのくらいで到着する?」
メリアは無人タクシーの運転席へと声をかける。
そこには誰も乗っていないが、機械的な音声による返答はあった。
「目的地までは、あと五分ほど、かかります」
法定速度をきっちりと守った車両は、やがて一軒の家の前で停止する。
二階建ての代物であり、あまり広くはないものの、平均的な一般人よりはお金があると見ていい。
「おや、意外とお金を持っていそうな家だね」
「私を作る前に、両親が一緒にお金を出して買った家です。ちなみにローンの支払いとかは残ってます」
無人タクシーから降りたあと、そんな会話をしながらメリアは衣服に乱れがないか確認し、ついでに発声についても気をつけた。
今の格好は、ちょっと小金持ちな女社長といった装いであり、下品にならない程度にアクセサリーを身につけている。
「んん、あーあー、よし、行きましょうか」
「毎度思いますけど、メリアさんって結構な役者ですよね」
「演じることを求められる機会は、多かったから。良くも悪くも」
ファーナと出会う前、たった一人で海賊をしていた頃を思い出すメリアはやや苦笑しながらそう言うと、さっさと家に向かうことを身振りで示す。
まずチャイムを鳴らすと、少ししてから扉が開けられる。
出てくるのは、三十代半ばに見える女性。
軽い挨拶のあと、家の中へと案内される。
居間らしきところには、何やら掃除している最中の男性がいた。
こちらも三十代半ばに見えるが、おそらくどちらも老化抑制にお金を使っていると考えていい。
「お父さん、お母さん……ただいま」
久しぶりに家に帰ったルニウだったが、どこかぎこちない様子だった。
そしてそれは、彼女の両親も似たり寄ったりという状況。
家族とはいえ、色々あるのだろう。
そう考えたメリアは何も言わずに済ませた。
「ええと、おかえりなさい、ルニウ」
「そちらの方が、前に言っていたメリアさんなのかい?」
「うん。私が働いてるところの社長」
「初めまして。なんでも屋アルケミアの社長をしています、メリア・モンターニュと申します」
普段とは違う人物を演じながら、軽く頭を下げる。
そのあとルニウの両親も名乗った。
父親の方はマレク、母親の方はエレナ。
親子揃った姿は、多少ぎくしゃくしているが、割とありふれている一般的なもの。
ただし、お金持ちな家庭という言葉が前につくが。
老化抑制というのはお金がかかるためだ。
「いきなりな質問になりますが、マレクさんとエレナさんは、どのようなお仕事をしておられるのでしょうか?」
「帝国の、しがない公務員です。私も妻も」
「公務員と一口に言っても、幅広いですが」
「私たちは人口省の、末端の方で働いているわけです」
「なるほど、そうでしたか」
もはや、生身の肉体を利用せずとも子どもを作ることが可能になるほどの技術が、銀河の各国に普及し、妊娠という肉体に負担をかける手段は珍しいものになっている。
それは必然的に、人口に関する省庁を生み出すに至り、帝国においては人口省というそのまま過ぎる名前のところが存在した。
主な役割は、人口の調整。
しかしながら、巨大過ぎる組織なため、星系ごとに実質的な責任者は分かれている。
ルニウの両親は、人口省の中でも下っ端とのこと。
それでも、福利厚生や給金などは一般人よりも良い部類ではある。
「メリアさん。なんでも屋とのことですが、どのようなことをしたりするのか、いくつか教えてもらっても?」
「一人娘の仕事場が気になりますか」
「ええ」
「身近なところでは、ペットの散歩、買い物の代行、家の片付けの手伝いなどもあったりします。とはいえ、これらは各地の支社から届いた報告の中に記されたもの。私自身は、武装した宇宙船を用いた大きな仕事をこなしたりしています。例えば、軌道エレベーターの工事をしている労働者のための大量の食事を積み込んだ輸送船。これが海賊に奪われたので取り返す、というものとかを」
「あ、ちなみにそれには私も参加してた。いやあ、船内はほとんど冷凍庫で、ぎっしり詰まったミールキットが山のようにあるから、もう凄かったよ」
ルニウが仕事の話をしている間、マレクとエレナの二人はしみじみとした様子で耳を傾けていた。
今こうして話しているのは、あくまでも表の仕事の部分だけ。
裏の仕事や、そもそも海賊として活動していた時期のことは話すつもりがない。
「今日はね、うちの社長にお願いして来てもらうように頼んだんだ」
「それはまた……」
「メリアさん、すみませんね。色々と忙しいのにここへ足を運ばれるだなんて」
「いえいえ。もっと早くに立ち寄るつもりでいたところ、延期し続けての今ですから」
そのあとは、当たり障りのないやりとりが続いた。
軽いおもてなしを受け、ちょっとした食べ物や飲み物を口にしつつ、主にルニウの働きぶりなどについて話したのだ。
しばらくすると、ルニウの遺伝子調整に話は移る。
「ルニウ本人に聞いたのですが、遺伝子調整にかなりのお金をかけたとか」
「……大なり小なり、帝国の平民は遺伝子調整に手を出します。貴族の方々ように、何十人も育てて、その中から優れた者を選別するというやり方は、色々な意味で真似することは難しいですから」
遺伝子調整をせずに、遺伝子調整した者を上回るためには、土地やお金、とにかく資産がないとどうしようもない。
「失礼なことをお聞きしてもよろしいですか?」
「質問の内容はある程度予想できています。どうぞ」
「お二人は、自分たちの子に遺伝子調整を行う際、どの部分を重視しましたか」
メリアがそう問いかけると、数秒ほど沈黙が辺りを包み込む。
近くで聞いていたルニウは、さすがに今それを尋ねるのは早いんじゃ……という表情を浮かべていた。
マレクとエレナの方は、そういう質問が来ることを予想していたのか、あまり表情は変わらない。
「……ルニウが働いているところの社長だから言いますが、やはり優先したのは外見です」
最初に沈黙を破るのは父親だった。
「私たち夫婦は、整形していましてね。以前の姿を撮った写真は見せるつもりはありませんが、まあとにかく周囲に馬鹿にされるような不細工であったわけです」
「当然ながら、結婚相手は見つからず、同じ程度の相手ということで紹介されました。人工知能を用いて結婚相手を探すやつです」
二人は出会ったあと、子どもには良い外見を与えるつもりでいたという。
外見が悪いことで苦労した自分たちのようにならないよう、それが最初に決められた。
「外見……」
メリアは貴族として過ごしていた過去をわずかに思い返していた。
貴族は遺伝子調整をしないため、実は見た目が悪い者というのはそれなりに存在している。
いわゆる不細工な者は、遠巻きにされ、見目麗しい者と比較されるだけの置物であった。
かつての自分は、その美しさから人が勝手に近づいてきた。
だが、見た目が悪いせいでその逆になるならば、それはかなり悪い影響を人生に及ぼすだろう。
「メリア・モンターニュさん。あなたは貴族だ。遺伝子調整をしなくとも美しい外見を持つことができたのは、とても優位に働く場面が多かったはず」
「…………」
マレクの言葉を否定することはできなかった。
クローンである自分のこの美しさは、オリジナルが美人だったからこそであるが、美しさを維持するための努力はさすがにしている。
オリジナルに対してむかつくことは多々あるとはいえ、やはり自分が綺麗な外見をしているというのは、それだけで好ましい部分がある。
「ああ、申し訳ない。少し愚痴っぽくなってしまいました」
「いえ、貴族の中には不細工と呼ばれる人がいて、その人たちは肩身の狭い思いをしているのを見てきました。それを思えば、私は運がよかったのでしょう」
再びわずかな沈黙が訪れるが、それをどうにかしようと今度は母親であるエレナが口を開く。
「遺伝子調整を行うにあたり、私たち二人は欲が出ました。外見だけならそこまでお金がかからないからです。そこで、さらなる遺伝子調整を求めました。優れた頭脳、優れた肉体、そして病気や怪我に強くあるように、と」
「そこまでを求めるとなると、かなりの費用がかかったはずです」
「はい。遺伝子調整する箇所が増えると、費用は加速度的に増えていきました。そして人工子宮を経て、大金をかけた娘が出来上がったわけです」
語っていく両親の姿を、ルニウはやや無表情な様子でみつめていた。
「……そろそろこの話はやめにしませんか? 辛気臭くなるので。メリアさん、宇宙船に戻りませんか」
「なら、そうしましょう。マレクさん、エレナさん、本日は貴重なお話をありがとうございます」
一礼したあと、軽い見送りを受けながら家の外に出る。
そのあとは無人タクシーを呼ぶのだが、来るまでに数分の時間があった。
両親が完全に家の中にいるのを確認したあと、メリアはルニウに話しかけた。
「ルニウ、両親のことは好きなのか」
「……一般的な人々と同じくらいには」
「これまたずいぶんと含みを持たせた言葉だね」
「家族ってのは色々ありますよ、そりゃもう。メリアさんの方こそ、どうなんです?」
「家族としては……微妙だった。血の繋がらない他人としては、それなりに上手くやっていけてた。既に死んでいるから、何も聞けないけれど」
「そう、ですか」
タクシーが来るまでお互いに無言が続いたが、乗ってから扉が閉まったあと、ルニウはメリアに寄りかかる。
「幼稚園から大学まで、私ほどに遺伝子調整した人っていないんですよ。でも、みんな外見は調整してるんですけど」
「人は見た目が何割だっけか」
「見た目とはいっても、外見以外の色んな部分ですよ。立ち振舞いとか」
「ところで、なんで寄りかかってる」
「メリアさんって、良い匂いしますし、適度な弾力があるので、こうしてしたいというか」
「離れろ」
「外に人が増えてきたら離れますよ」
「やれやれ……」
無人タクシーには、乗客が問題を起こした時に備え、カメラが設置されている。
なので力ずくで引き剥がそうとしたり、あるいは暴力に頼れば、タクシーのカメラが録画するかもしれないため、メリアは盛大にため息をつくだけで済ませた。