213話 星間連合を離れる
平穏を取り戻したはいいものの、しておくべきことはまだ残っている。
今回、星間連合内部で盛大に暴れ過ぎたせいか、中央政府がこっそりと接触してきたのである。
内容は、秘密裏に話し合いを行いたいとのこと。来る時は一隻のみという注文つきで。
無視するわけにもいかないため、指定された星系に向かうと、数隻ほどの船がワープゲート付近で待ち構えていた。
「海賊、正規軍、一般の船、色々と揃っているね。大きさはどれも中型ぐらい。どんな話し合いが行われるのやら」
「この数なら、真正面からの戦闘になればとりあえず勝てます。そのあとが怖いですが」
「ユニヴェールに、オラージュに、それらの大きな犯罪組織を潰してきたじゃないですか。だからそのお礼とかだったり?」
「しかし、そんな犯罪組織と繋がっていたりするのが、星間連合の政府だったりしますけど」
「むむむ、セフィちゃんの言う通りではあるから困る」
「馬鹿やってないで、話し合いに備えろ」
話し合いの場となるのは、この場に集まった中で一番当たり障りのない一般の船。
そこに集まることを求められ、さらには教授が遺伝子調整によって生み出した少女も同行させるようにという文章も付け加えられていた。
「……ファーナ、あたしたちがいない間の警戒を怠るな」
「わかっています。こっそり侵入することにも備えておきます」
「あとは、ルニウの他にルシアンも連れていく」
「護衛代わりにですか」
「コンパクトでありながら、かなり強力な戦闘能力を持っている。セフィの言うことなら聞くから、そういう観点から見ても任せられる」
ファーナは留守番、ただしメリアの宇宙服の機能を使い、その場の状況を見聞きする。
大型船トレニアの格納庫から、三人と一匹が乗った小型船が飛び立つ。
そのまま一般の船にドッキングし、中に入ると、内部はどこかの高級ホテルかと思えるくらいに豪勢だった。
「お待ちしておりました」
「どこに向かえば?」
「ご案内いたします」
案内人についていくと、広い一室に到着する。
どこか会議室に思えるような部屋には、既に何人もの男女が席に座っていた。
軽く見ただけでもわかるくらいには、立場ある者だったり、裕福な者であったりすることが判別できた。
それはつまり、この場で行われる話し合いが非常に重要なものであることを意味している。
「ほう、今回の主役のお出ましだ」
「女性と聞いてはいましたが、ずいぶんと線が細いように思えます」
「いやあ、軍の鍛えに鍛え上げた女性兵士と同じでなくてよかったと思っていますよ。こちらとしては」
メリアが入ると、視線は一気に集まり、割と好き勝手な感想を言い合う。
それを見てため息をつきたそうにするメリアであったが、さすがにそれは我慢すると、案内人が示す席に座り、ルニウやセフィも隣に座った。
犬であるルシアンは足元にいたが、席が余っているからか案内人はルシアンにも席につくよう促す。
「さて、皆様に集まってもらったのは他でもない。そちらにいるメリア・モンターニュ殿が、星間連合にて大暴れした件について、少しばかり話し合いが必要になったのです」
「……話し合いだけで済むことを願ってますが」
「それは、あなたの対応次第としか言い様がない。戦闘になるような事態はお互いに避けたいとはいえ」
代表として、一人の身なりのいい男性が口を開くと、宇宙空間における秘密裏の話し合いが始まった。
「私に何を要求します? 戦闘によって損害を負った地域への賠償? それとも……」
「ははは、そちらについては政府が代わりに支払ってくれたりなどの対応をしてくれるのでご安心を。それに、ユニヴェール一家を潰した功績があるので、大抵のことには目を瞑りますとも」
「で、どこの派閥が今回の話し合いを?」
中央政府の方からわざわざ接触してきた。
しかし、それは完全に統一された政府の意思ではないはず。
秘密裏の話し合いという時点で、どこかの派閥がこっそりと行動しているのが予想できる。
「軍縮を求める派閥、とだけ」
「これはまた、範囲が広い」
「まずはお礼を。軍縮を避けるために、海賊をちょうどいい脅威として養殖している派閥が、今回の一件で大きく動きました。そして大きい動きゆえに、こちら側としては隠されていた不祥事などを見つけることができたので、優位に立てました」
銀河の各国において、軍縮を避けるために海賊を存続させるための援助というのは行われていた。
国同士の大規模な争いは数百年も起こらず、大規模な争いがあったとしても内戦のみ。
平和が続けば軍縮を求める動きというのが出てくるが、それに抵抗する形で、海賊という脅威を支援して育成するところというのは出てくる。
わかりやすいものとしては、宇宙のあちこちに海賊用の宇宙港が存在したりなど。
それもこれも、ちょうどいい脅威としての海賊を求める派閥の意向があってこそ。
国を脅かすほどではないが、軍でないと対処に困る程度に制御された武装集団。
一般人に適度な被害が出るようにすることで、軍縮の動きを止めているわけだ。
とはいえ、軍縮を求める側としてはそんな横暴を黙って見ているわけにもいかない。
今回、メリアが暴れたことで、ユニヴェールやオラージュといった星間連合内部の大きな犯罪組織が倒れ、それは軍縮に反対する派閥の大きな動きを引き出すに至った。
「まだまだ、残党や弱小な組織は残ってるだろうに。私に対してお礼の言葉を口にする前に、やるべきことがあるのでは?」
「ふむ、ではお手伝いしてもらっても? その道に詳しい人物が主導してくださるなら、海賊などへの対処は格段に楽になります」
「それは謹んでお断りさせていただきます。……星間連合に取り込まれることは避けたいので」
「そうですか。残念です」
あまり残念そうではない様子で男性はそう言うと、次の話題に移る。
それはセフィに関するもの。
「オラージュを乗っ取った教授という人物が、遺伝子調整により生み出した褐色の肌の少女。彼女について少しばかりよろしいですか?」
「まず言っておくけど、身柄は引き渡せない」
「そうなると、若返りの研究への協力も不可能?」
「ああ。この子に薬物を食べさせ、体内で濃縮させて血を精製することにより作られるブラッド。それの重度の中毒者を生み出すことが前提であるわけだから」
「断られては仕方ありません。あなたの望む通りにしましょう」
「若返りを目指すなら、もっと別の形で探し出すべき」
「でしょうね。教授は、そこにいる彼女のクローンを多く作って色々と実験をしていた。しかし上手くいかなかったという結果が、今の状況に繋がっているわけで」
セフィに関しては、一応聞いてみただけなようで、さらに話題は変化する。
「教授が作り出した子ども。あなたは悪用しないと約束できますか?」
「さっきまでのは前置きで、それが本題というわけ? もちろん、しないことを約束します」
人を操る部分に関しては、知っているのか知っていないのか、お互いに明言したりはしない。
それはちょっとした駆け引きであるが、最終的には向こう側から引き下がった。
「信じましょう。信じるしかないという悲しさでもありますが」
「話はこれで終わりですか?」
「そうですねえ……では最後に一つ。エーテリウムをどれくらい所持していますか?」
それは予想外の質問なのか、周囲にいる人々はわずかに動揺していた。
こそこそと話していたりするが、メリアにとっては些細なこと。
一番注意すべきなのは、その質問をぶつけてきた男性であるからだ。
「質問の意味がわかりません。私自身、小さなものを持っていますが」
「教授の隠れていた基地。そこには大量のエーテリウムがあったのではありませんか?」
「そうなのですか? それらしい代物は見ていませんが」
これは嘘である。
エーテリウムの入ったコンテナを見つけたあとに運び出し、今は船内に置いている。
「……記憶にないのであれば、これ以上は聞きません。エーテリウムと呼ばれる金属は、とても需要がありましてね。犯罪組織のトップともなれば、それなりに持っているだろうと」
「もし持っていれば、星間連合に換金してもらいたいところですよ。なにせ、普通に売れば目立ち過ぎる」
「……もし、換金するつもりがあれば、政府のどこでもいいので伝えてくだされば、信用できる者が対応に当たります」
「記憶しておくよ」
エーテリウムについては確信があるようだったが、メリアがどれくらい持っているかの予想はできない様子。
そのあとは星間連合で暮らすつもりはないかどうか聞かれるも、これもメリアは断った。
一時的に協力するのはいいが、あまり深く関わのは避けたいのだ。
そして当たり障りのない会話が続いたあと、話し合いは終わりとなる。
「ファーナ、異常は?」
「ありません。何か仕掛けてくるかと思いましたが」
大型船トレニアに戻ったあと、異常がないことを確認してから周囲の中型船を眺めるが、どれもワープゲートによって別の星系に移動するのでトレニア以外の船はいなくなる。
「お母さん、これからどうしますか?」
「放置していて溜まってる仕事とかの対処」
「それは大変です」
「まったくだよ」
やるべきことは溜まっている。なんでも屋、所有することになった惑星、その他にも色々と。
しばらくはそれへの対処で忙しくなるだろう。
想像するだけでため息が出そうになるくらいには面倒だが、だからといって放置し続けるわけにもいかない。
メリアの乗るトレニアという船は、星間連合から帝国へと進路を変える。
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