212話 学園を辞める手続き
いくつか星系を移動したあと、今後の話し合いが行われる。
具体的には、学園には戻らないつもりでいるセフィをどうするか。
「学園の方には、誘拐されたセフィを無事に取り戻したことを伝える」
「ついでに学園を辞めることも伝えてください」
「仲良くなったクラスメイトとか、いただろうに」
「ちょっとの付き合いだから楽しいんです。それなりに長く一緒となると、むかつくこともあったりするので」
「……やれやれ」
そのあとは、共和国から送り込まれた戦力であるアンナとのやりとりになる。
「アンナ、報酬とかは何がいい? エーテリウムは無理だが」
「そうねえ……部下たちはどんなお宝を手に入れたか知らないわけだし、私の口を閉じさせたいなら、一つお願いが。キスしてくれるなら、嘘の報告を政府にしてあげる」
「…………」
「睨んでも怖くないわ。それとも、メリア・モンターニュという人物が大量のエーテリウムを所持しているということを、共和国政府に報告されたい?」
当然ながら、その会話はファーナとルニウにも聞かれているため、一触即発の事態となる。
「するのですか? 今ここで?」
「くっ、脅しを交えてキスを迫るとか、滅茶苦茶ずるい。でも今後の参考にはなります」
「こらそこ、余計なお喋りするなら出ていけ」
「いいえ、わたしたちの見てない時にやられるよりは、見ているところでやられる方がマシです」
「そうですそうです。共和国政府を敵に回さずに済むなら、悔しいですけど我慢しますよ」
「こ、こいつら……」
悔しいと言いながらも、それはそれとして、古い友人とどんなキスをするのか気になっているのを隠そうともしない態度に、メリアは舌打ちした。
まるで見世物なわけだが、アンナは気にせずに近づいてくるため、その分だけ距離を取る。
「逃げるの? 政府への報告の際、私の口は何を言うかわからなくなるけど」
「お前のことを一度殴ってやりたいよ」
悪態をつきながらも、メリアは渋々といった様子でアンナに近づいていき、お互いの唇が軽く触れる。
そのあと、アンナはさらに深いキスをしようとするが、メリアとしてはそれを避けるために全力で引き剥がした。
「今、何をしようとしてた」
「大人のキス。唇が軽く触れ合うだけとか、物足りないでしょ?」
「こちとら充分過ぎるほどに足りてるが」
「あ、ちなみにずっと隠してたことを言うけど、子どもの頃一緒に遊んでた時、あなたが居眠りした時とか、頬にキスしてたの。一度だけとはいえ唇にも」
「は? 死ね!」
「それじゃ、またね。ばいばい」
アンナは手を振りながら去っていくと、海賊船に偽装された共和国の船に乗り移り、艦隊から離れていく。
だが、協力者が去るのはこれだけではない。
今まで秘密裏に協力してくれていたフルイドたちからも、そろそろ離れるという通信が入ってくる。
「なかなかに刺激的な出来事だった。途中で惑星にも寄れたし満足できた」
「そうかい。それはよかった」
「一連の騒動の詳しい部分を聞きたいところではあるが」
「悪いけど、さすがにそれは言えない」
「とのことなので、我々はそろそろ離れる。長くいれば正体が露見する可能性が高まる。それはお互いにとってよくないことであるから」
「それなりに助かったよ」
艦船に侵食していたフルイドたちも去っていき、艦隊に残されるのはいつものメンバー。
ただし、一人と一匹が新たに増えている。
「そういえば、あの部屋にあった端末の中身は?」
「映像が入っています。再生しますか?」
「ああ」
ルシアンが守っていた部屋にあったのは、エーテリウムの入った小型のコンテナと小さな端末。
その端末の中に入っている映像を再生すると、まず現れたのは椅子に座る教授だった。
「さて、この端末の映像を再生しているということは、ルシアンを破壊せずにあの部屋に到達したというわけだ。それができるのはセフィぐらいのもの」
「これは、遺言か何か……?」
まさか教授が映像を残しているとは想像していなかったもこともあり、メリアはやや困惑するも、映像の中の教授は淡々と話を進めていく。
「セフィ、一つ言っておこう。君を助け出そうとするメリア・モンターニュだがね、彼女は厄介事を招き寄せる人物だ。君がそれに巻き込まれて死ぬことがないように願う。これは君を作った者としての、ちょっとした心配だ」
映像は長く記録するつもりがないのか、これで終わる。
「意外と心配性なようだね」
「教授からすれば、色んな意味で失うわけにはいかない存在なので。摂取した者を操れる血、さらには若返りという究極の可能性を掴めるかもしれないとあっては、この身の安全にはかなり気を使っていました」
「しかし、そんな教授を排除するように動いた」
「しょうがないことです。そうする必要があるから、そうしたまで」
「いつか、あたしも排除されたりしてね」
「そうならないよう、頑張って親をやってください」
「親、ね。難しいことを言う」
残るは、学園への報告だけ。
学園コロニーに向かう途中、メリアは変装をする。
さすがに、誘拐した組織と戦って取り戻したとは言えないため、後ろ暗い者にお金を支払って取り戻してもらったということを伝えるわけだ。
学園コロニーがあるメルヴ星系に到着したあと、メリア自ら通信を行い、事前に決めた内容を話していく。
子どもを誘拐された親への対応ということで、学園の代表者が出てきていたが、メリアの淡々とした言葉にやや面食らっていた。
「娘は取り返しました。あまり表にはできない者に頼んで」
「この度は、当学園の……」
「長い前置きはやめませんか? 私としては、このアクルという学園コロニーから別の場所に娘を任せます」
「そう、ですか。わかりました。ただ、いくらかの手続きが必要です」
落ち度は学園側にあるということで、代表者はもはや言いなりでしかなく、セフィが学園からいなくなることを邪魔する者はいない。
手続き自体は簡単に済み、あとは寮から荷物を運び出すだけ。
「どうする? あたしはクラスメイトに顔見せくらいはするべきだと思ってるが」
「次に会う機会はほとんどない。そう考えると、顔見せはしておくべきでしょう。けれど、わざわざそうしたところで、当たり障りのないお別れの言葉が関の山です。なので会う気はないです。もし一年一緒にいたとかなら、悲しむ者もいるでしょうけど」
「時々、妙に冷めてたりするね」
「生まれが生まれなので」
犯罪組織の中で生まれ、犯罪組織の中で育った。優れた教師がいたとはいえ。
そうなれば、同年代の子と比べて異なる育ち方をするのは、当然といえば当然ではある。
「お母さんの方こそ、似たようなものでは?」
「少なくとも、十五歳まではもっとガキだったよ。そこからは海賊として生きていくしかなかったから、こうもなる」
「親子で似ているとなれば、らしくなってきましたね」
「勝手にこじつけるな」
メリアはため息のあと、船のブリッジから出るも、セフィはついてくる。
そして腕を組むと、体を密着させてきた。
「何してる」
「もちろん親子、なので。腕を組むくらい普通だと思います」
「あの基地の中、あんなことをしておいてそれを言えるのは、ある意味大物だね。操って、拘束して、好き放題するとか、普通の親子じゃあり得ない」
「普通じゃない関係を楽しみませんか?」
「やだね。普通じゃない人生を送っているから」
無理に引き剥がしたりはしないが、だからといってセフィに合わせたりもしない。
通路にあるモニターの一つの前で立ち止まると、少しずつ離れていく学園コロニーをしばらく見つめるメリアだった。