211話 教授の遺産
「前方、複数の海賊が戦闘中」
「どうやら、あたしたちにとっては良い状況のようだね」
基地の内部には次々と海賊が入り込み、驚くべきことに海賊同士での戦闘が発生していた。
監視カメラの映像を見ていた時は、まだ協力してしたが、いったい何があってそうなったのか?
その答えは、倒れている海賊の一人が持っている通信端末を手に入れることで解決する。
『すげえ……ここにはマジで大量のエーテリウムが……』
録音されていたものを再生すると、驚くような声と銃撃の音が聞こえてくる。
どうやら確証はなかったようだが、実際にエーテリウムが存在することを知った時点で仲間割れが起きたようだ。
そして、裏切られた者はせめてもの仕返しとして、死の間際にエーテリウムがあることを他に広め、それを聞きつけて外部からやって来た者との同士討ちが始まる形となった。
「エーテリウムの争奪戦。あたしたちはどう動くべきか」
メリアは、周囲に転がっているキメラの死体を見たあと少し考え込む。
警備のために置いていたのだろうが、数で上回る海賊相手ではどうしても犠牲が出る。
「今はまだ、独り占めしたい者がやって来て争ってるけど、それもやがて落ち着くはず。そうなれば、私たちはエーテリウムの争奪戦どころではないわ」
「とにかく、さっさと奪って引き上げる。これが大事だと思います」
「ふん、時間はかけてられないか。よし、警戒しつつ進むよ」
激しい戦場となったのか、基地内部の通路には大勢の海賊が倒れている。
生身の者から、機甲兵に乗った者まで幅広く。
「この装甲部分の傷……ルシアンか」
「あのサイボーグ犬は、とても厄介よ。ヴィクターが足止めしてくれなかったら、私や部下がやられていただろうから。ま、足止めするよう命令出したのは私だけど」
「キメラを率いての抵抗。いつか限界が来てやられるとはいえ、海賊相手にかなりの被害を与えてる」
「ルシアンについては任せてください」
「具体的には?」
「会ってからのお楽しみということで」
セフィがそう言うので、メリアとしては半信半疑ながらも任せるしかない。
正面からやり合うよりは、何か策があるならばその方が良いからだ。
まるで目印のように床に転がる海賊たちの死体を辿り、先に進んでいくと、戦闘の音が聞こえてくるようになる。
メリアは片手をあげて全員に止まるよう指示を出したあと、機甲兵の内部でコンソールを弄って遠くの音を拾いやすくした。
「くそっ、パンドラ事件のニュースで見かけたキメラという生体兵器がこんなにいるとは!」
「教授は作ることができた。つまり商品として売ることもできた。まったく、あの人の死は本当に惜しい」
「いや、もしかしたら生きているかもしれないだろ」
「死んでるさ。オラージュを襲っていた奴がここに入り込んでる。そして俺たちが暴れても何か言ってくることもない。研究室とかで戦闘していたのに、だ」
先行している海賊たちは、生き残っているだけあって実力者揃いなのか、キメラとの戦闘を行いつつも会話をする余裕がある。
やがてキメラが退却することで戦闘は終わるが、メリアたちの後ろから新たな海賊がやって来る。
メリアはすぐに隠れるよう指示を出し、海賊たちに挟まれないよう動くと、二つの集団は武器を向け合う。
「へへへ、掃除ご苦労。あとはこっちでいただくから帰っていいぞ」
「……あとからやって来て、その言い草はひどいもんだ」
「教授は死んだ。なら、その遺産は誰が手に入れるべきか? 幹部の中でも実働部隊を率いていたこの俺様よ」
「おとなしく渡してやるのは、むかつくんで無理」
「なら死ね!」
海賊同士の戦闘は、予想よりは落ち着いたものとなった。
教授の遺産。
万が一にもそれに被害が出ないよう、少しばかり加減していたのだ。
そのおかげでメリアたちは隠れ続けることができたため、戦闘が一段落した頃合いを狙って奇襲を行う。
「ちょうど良い具合に減ってきたね。全員死にな」
「なにっ!?」
「隠れていただと!? ちぃっ!」
自分たちの戦力は、たった三機。
携行できる武器にも限りはある。
普通にやり合うと危ないため、敵同士が争って数を減らしたところを見計らい、横合いから攻撃していく。
銃弾やエネルギーを消耗し、疲労によって判断力もいくらか鈍っている。
そこを狙うことで、相手よりも乏しい戦力であっても優位に立つ。
最優先の目標は、そこそこ頑丈で火力もある機甲兵。
「最低でも銃器は潰すように」
「わかってるわ。遠距離攻撃は封じておかないとね」
基地の内部といった狭いところにおいて、三メートル前後の人型機械である機甲兵は真価を発揮する。
そもそも、それ以外の広い場所では普通に戦闘機や戦車などの兵器が使い物になったりする。
ただ、人類が宇宙に進出する時代では意外と狭い場所での戦闘は起きるため、機甲兵の需要はなくならない。
特に、宇宙にある基地の攻略において機甲兵は重宝される。
「お母さん、敵の機甲兵は沈黙。歩兵はどうしますか」
「逃げる奴は放置。戦う気がある奴にはトドメを」
「わかりました」
奇襲を受けた海賊側は、一気に戦力が減ったため、生き残りは次々と逃げていく。
わずかながらも武器を構える者はいたが、機関銃の斉射により一掃される。
邪魔者がいなくなったので先に進む三人だったが、とある存在を見つけると一時的に立ち止まった。
頑丈そうな扉の前には、サイボーグ犬のルシアンと、海賊から手に入れただろう武器を持つ少数のキメラがいたのだ。
「ここは任せてください」
「……さすがに不安になってくる。アンナ、後方の警戒を」
「はいはい」
セフィは機甲兵から降りると、白い髪を揺らしながら前に進む。
驚くべきことに、ルシアンやキメラは攻撃することなくその場に立ち続けており、それは海賊の死体が転がるこれまでの惨状からは考えられないものだった。
「ルシアン。教授は死にました」
しゃがんで話しかけると、悲しげな鳴き声が返される。
「クゥーン……」
「このままここで、言われた通りに守り続けますか? 何回かは勝てても、やがて死にます。そうなれば、守っている物は奪われるだけ。キメラには被害が出ていて、ルシアン自身も怪我をしてる。……別のところに移せば、誰にも奪われない」
ルシアンはしばらくセフィの目を見つめていたが、ゆっくりと動き始めると、ついてくるように促してくる。
「案内してくれるようです。行きましょう」
「ルシアンとは、付き合いは長いのか?」
移動の途中、メリアは尋ねる。
「十年くらいの付き合いがあります。確か、五歳辺りの時に、教授が遺伝子調整をした犬を作りました。信用できる護衛として。生まれてから数年が過ぎて、手術に耐えられそうだと判断してからは、少しずつ機械化は進められていきました。今も生身な部分は、脳ぐらいだと思います」
「信用できる護衛、か」
「他人はいくらいても、その中から自分が信用できる者となると、一気に少なくなりますから」
「まあ、その考えはわからなくもないけどね」
しばらく歩き続けると、途中で小さな扉が存在し、それは自動で開く。
機甲兵から降りて部屋の中に入ると、そこにはいくつかの小型コンテナと、小さな端末が置いてあった。
「殺風景な部屋だけど、このコンテナの中身は……」
ルシアンは部屋に入ると座って動かなくなるので、メリアは何気なくコンテナを開ける。
だが、中身を見た瞬間、固まってしまう。
「あら、どうしたの?」
やや遅れてやって来たアンナは、そんなメリアの様子を見てから、コンテナの方を見て、呆れ混じりに肩をすくめてみせた。
コンテナの中には、大小様々なエーテリウムが収納されていたのだ。
ついでのように他のコンテナを開けると、全部がエーテリウム入りのものだった。
「……とんでもないわね。これだけのエーテリウムがあると世間に知られたなら、お金持ちが雇った傭兵とかによって小さな戦争が起きてしまうわ」
「よくもまあ、これだけ集めたと言うべきか」
魔法の金属。
エーテリウムがそう呼ばれるようになったのは、身につけているだけで老化を抑制する効果があるのが大きい。
エーテリウムを利用すれば、既存の物よりも優れた代物を作ることができるが、今は老化抑制以外の用途で利用されることは皆無に等しい。
まとまった量があれば、銀河中のお金持ちが確保しようと動くために。
そして最も重要なことに、エーテリウム自体の産出量は非常に少ない。
それゆえに、資産としての価値はかなりのものがある。
「教授の遺産、か。セフィはこれをどうする?」
「換金した時点で、色々なところから目をつけられる。そういう意味ではお金にできない資産なので、適当な場所に保管しておくしかないでしょう。エーテリウムの警備にはルシアンが適任だと思います」
「ま、そうなるか」
価値があり過ぎるがゆえに、お金に変換するだけでも危険な代物。
厄介なエーテリウムだが、このまま他の誰かに奪われるのもそれはそれで嫌なので、コンテナごと運ぶことに。
「ファーナ、お宝を見つけたから、あたしたちを回収する船を」
「急いでください。基地に群がる海賊が大量で、外は戦闘よりも話し合いが始まっているので」
「そっちは無事か?」
「適当に嘘ついて時間を稼いでいます。映像通信で、歴戦の海賊っぽい男性を表示して音声も男性に変えて対応してるので、ギリギリ怪しまれないで済んでます」
こちらの狙いは教授だけ。それ以外はすべてそちらに譲る。
そう話すことで、外は一時的に小康状態となっているらしく、入り込んでいる海賊とは遭遇しないルートが送られてくる。
「隠し通路があるのか……」
「ハッキングする時間はありましたから。なので、今は隔壁などを操作して海賊の足止めをしています」
「そうかい。助かるよ」
隠し通路のある場所まで移動したあと、セフィの乗る機甲兵にルシアンも乗り込み、海賊が来る前に移動していく。
「クゥーン……」
「ルシアンから報告があります。どうやら、基地内部のキメラたちは全滅したとのこと」
「指揮していた奴らの反応とかがなくなったか」
サイボーグだからか、部隊の指揮ができるようになっているようで、ルシアンはキメラたちを率いていた。
いくら生体兵器とはいえ、全滅したことはさすがに悲しいのか、そのあとも悲しげな声で鳴くものの、脱出用の船に入り込む辺りになると落ち着きを取り戻す。
「ファーナ、すぐにこの星系を離脱」
「はい」
艦隊は、戦闘の影響か二十隻にまで減っていた。
普通なら痛手であるが、どれもファーナの動かす無人の船だったため、それほどの問題はない。
お金さえあればすぐに再建できるのだから。
「エーテリウムというお宝は既になくなってる。海賊たちは、それに気づくまでどれくらい争うのやら」
「かなり、じゃないかしら?」
「見たところ、オラージュの残党以外に星間連合の軍もいます。あとは傭兵も少々。得るものがないと気づいた時、かなり揉めるはずです」
複数の勢力が大慌てで動くような状況を作り出した張本人は、サイボーグの犬を撫でながら、呑気そうに言った。