210話 末恐ろしい子ども
「いつから……」
「うん?」
「いつから、二人は組んでいたんだ」
このままだと、貞操を含めた様々な部分で危ういことになるのを感じ取ったメリアは、少しでも時間を稼ぐために質問をした。
「そうねえ……始まりは、この子が自らを閉じ込めていた犯罪組織を壊滅させて、私がこの子を保護した時から、とでも言いましょうか」
「……どんなことを言われて、協力するつもりになった?」
出会って間もないのに、協力することを決める。
いくらセフィが幼い少女とはいえ、それは普通ではない。
その問いかけに対して、アンナは軽く笑うとしゃがんでメリアに目線を合わせた。
「私がこの子に協力することを決めたのは、人を操ることができるという血の力を知ったから」
「あたしを、操るつもりか」
「勘違いしては困るわ。操られた人間は、感情に乏しくなる。私は人形で自慰をする趣味はないの」
アンナの手は、拘束されていて動けないメリアの首に触れ、そのあと少しずつ位置が変化していく。
やがて胸で止まると、心臓の鼓動を確かめるように強く手のひらを押し込んだ。
「ねえ、どんな気持ち? 怒り? 困惑? あるいは悲しさ? 今、目の前でメリアのあらゆる部分が私たちのものになっている」
「外の状況をわかっているのか」
「もちろん。運悪く流れ弾が直撃して、このまま一緒に死ぬのもいいかも。セフィ、あなたはどうかしら?」
「どうせ死ぬなら、やりたいことをやってからのがいいです」
「予想外だよ。二人がこんなに、いかれてるとはね」
「うふふ、お褒めの言葉ありがとう」
余裕そうな表情のままお礼を言ってみせるアンナに、メリアは軽く舌打ちすると、盛大にため息をついたあとセフィの方を見る。
「そもそも、どうしてあたしを選んだ」
「その辺の女性では、母親にしても長持ちしなさそうなので。少なくとも、オラージュという組織とやりあえる意思と強さがないと。あとは、普通に見た目が好みでした」
「…………」
「というわけで、手を噛みます」
「なっ、やめ」
ガリッ
メリアの手袋を外したセフィは、音がしそうなほど強く手を噛んだ。
噛む力はかなり強く、わずかながら出血してしまうほど。
セフィは血を見ると、もう一度手を口に含み、なんと血を舐めとってしまう。
「ナノマシンのせいか、味がちょっと物足りないです」
「……そうかい。それはなによりだよ」
もし血が美味しいとなれば、さらに怪我を増やすことで血を飲まれていただろう。
そうならずに済んだのはよかったが、まだまだ安心はできない。
「見た目が好みだと言うなら、こういうことはやめてもらたいんだが」
「ならお願いがあります。人間の赤ん坊というのは、生まれてからしばらくは母親から授乳されることで」
「却下」
最後まで聞くことなくメリアは拒否した。続きを言わせないためでもある。
「今の時代の赤ん坊の育て方は、昔の時代とは違う」
「だから、昔の時代のやり方を経験してみたいというわけです」
「もう十五歳だろうが。ふざけるんじゃない」
「駄目なら駄目でこうするだけです」
セフィは無造作に近づくと、メリアの唇に自分の唇を合わせる。
触れ合ったのは一瞬だったが、メリアが固まるには十分過ぎた。
「とりあえずこれでキスは消化しました。次に消化しておくべきこととしては」
「……くそっ、いきなりそう来るとは」
「初めてだったりします?」
「いや、初めてではない」
「誰としました?」
「なんで言わないといけない」
「誰としたんですか」
「そうそう。私も知りたいから、早く答えてよ。答えないと、私もキスしちゃうけど?」
「……ファーナと、だよ」
アンナの脅しを受け、かなり不本意そうにファーナの名前を口にするメリア。
その答えに、周囲にいる二人は納得するように頷いていた。
「まあそうなりますよね」
「なるほどなるほど。あーあ、メリアの初めてのキスは私が奪いたかったな」
「もうキスとかの話はやめろ。二人は協力関係になったあと、どうしていた?」
拘束されている現状では、何をされても受け入れるしかない。
今度はアンナがキスをしてきそうになったため、メリアは無理矢理にでも話題を作る。
「セフィと一緒にいた間のことは、そっちが詳しいでしょ? 私は、後処理とかをちょっとね」
「見定めていました。教授と一時休戦したあと、すぐに学園コロニーに送られるので、その時はちょっと厄介だなとは思いましたけど」
「学校に通って、卒業することは大事だ。経歴とかの部分で」
「偽造すればどうとでもなると思いますよ。そもそも、お母さんこそ身分証を偽造したりしているじゃないですか」
メリアは海賊であるため、常に別人として振る舞えるよう、経歴を偽造することで複数の立場を用意してあった。
ある時は資格を持った技術者、ある時は良い学校を出た経営者、またある時はこれといって特徴のない一般人。
どういう経歴の人物かは手軽に作れる。あとはボロが出ない程度に演じればいいわけだ。
それを知っているセフィにとって学校に通うことはそこまで重要ではない。
「どういう学校に入って卒業したかは、偽造すればどうにでもなります」
「有名なところは、偽造対策に力を入れている。そこに入って卒業したというだけで、未来が約束されたと言えるほどの」
一番わかりやすいところでは、ルニウが通っていたファリアス大学などが該当する。
帝国の貴族が通うということもあって、それはもう厳しい調査が待ち受けており、無事に卒業できたなら帝国において仕事に困ることはない。
なお、ルニウ本人が変わり者であったため、なぜか海賊の一員になっていて、そこからメリアのところに転がり込んでくるがこれはまた別の話。
「そもそも、お母さんの会社に入るので学歴とかはどうでもいいというのが本音です。それに、学園に戻るつもりはないことも伝えておきます」
「なんだって?」
「それについては私が補足するわ。セフィはね、あなたと一緒にいたいから、学園をやめるしかない状況を作り出したの」
「……まさか、誘拐されたのは」
メリアの言葉は途中で止まる。
果たして最後まで言っていいか悩んでしまったからだが、セフィは軽い笑みを浮かべると、代わりに続きを口にしていく。
「実のところ、教授は動く気はなかったんですよ。まだ組織を立て直している途中だったので。でも、万全な状態になられると厄介なので、その前に動くように仕向けました。つまり、誘拐しやすいようにこっちでコロニー内部に少しばかり工作を」
「……オラージュという組織を潰したいなら、あたしに伝えればよかったはず」
「それだと、卒業するまで学園コロニーにいないといけないですよね?」
セフィは、自らの目的にために大勢を振り回した。
誘拐しやすい状況を作り、教授が準備を整える前に動くようにし、メリアと戦わせることでオラージュという組織ごと教授を排除する。
そして誘拐騒ぎのせいで学園にいられなくなったため、そのままメリアのところに居着くという筋書き。
「ったく、末恐ろしい子どもだね」
「こうでもしないと、教授に勝つことはできません」
「その点については、ある程度理解できる。できてしまう」
「準備不足なため、教授本人はこちらにかかりきりになる。その間に、お母さんはオラージュという組織を攻撃して弱らせていく。そして最後に教授を倒す。これにより、今後注意すべき相手は減ったわけです」
「……教授も、とんでもない子どもを作って育てたもんだ」
偶然とはいえ、特殊な能力を持ったセフィという存在を作り出した時点で、教授の能力はかなりのもの。
個人的な戦闘力もそこそこあり、組織の経営もできる。
あらゆることをこなせる万能な人間であるわけだ。
ただ、そんな教授を死に追いやったセフィは、彼以上の人物になる可能性がある。
メリアはしみじみとした様子で息を吐くが、その時基地の警報が鳴る。
それは特殊なものなのか、聞き慣れないパターンのものであり、すぐにメリアの拘束は外された。
「メリア、セフィ、この船は未だに基地とリンクしている部分があるから、今の警報の理由も判明したわ」
「だから、あたしの拘束も外しておくってわけか」
「まあね。私はともかく、この子は不満そうだけど」
「個人的には外したくなかったんですが、明らかな異常が起きてはそうするしかないので」
セフィはむっとした表情を浮かべていて、メリアとしては怒りたいところだったが、今は警報の理由について知ることが優先。
「で、どうして変な警報が鳴った?」
「監視カメラの映像をこっちに出すわ」
船内のスクリーンの一つに、基地内のカメラの映像が出てくると、三人はそれに集中する。
なにやら海賊らしき者たちが、とある場所に向かって迷うことなく進んでいるのが見えた。
「アンナ、そっちの部下は?」
「既に基地の外。メリア相手に色々するつもりだったから」
「……そうかい」
何か言い返そうとする前に、映像に変化があった。
閉じられた扉を前に、海賊たちは軽く話し合い、ハッキングを始めたのである。
やがて扉は開き、犬のような存在と小型のキメラが現れ、海賊たちとの戦闘を開始する。
「ふーん、私たちはそれ以上進まないことにしたところを、海賊がわざわざねえ」
「ルシアンか、あれは。教授の護衛ではなく、あそこにいる理由は……」
「おそらく、エーテリウムがあるのかもしれません」
セフィの言葉を受けて、メリアは納得したように頷く。
教授は若返りについて執着していた。
エーテリウムという魔法の金属では、老化の抑制しかできない。
それゆえにセフィを誘拐したわけだ。
ただ、そうなると、保管されているエーテリウムがカメラに映る先にいくらかあるはず。
「アンナ、セフィ。あたしはエーテリウムを奪いに行く。それを手伝うなら、さっきの糞みたいな出来事について許してやってもいい」
「あら、太っ腹。手伝うわ」
「許してくれるなら手伝います」
「次、同じようなことやったら、ビームブラスターを撃ち込む。これだけは言っておく」
まずはファーナに通信を行い、現在位置を伝える。
そのあと、基地内部に入り込んだ海賊らしき者たちの動向について話す。
「エーテリウムを奪いに行く。ここに機甲兵とかを寄越してくれ」
「わかりました」
「外は大丈夫そうかい?」
「まあまあきつい状況です」
「だろうね。基地に乗り込まれてる時点で、あれか」
少しして、ファーナによって装備や兵器が送り込まれたあと、三人は行動を開始した。