209話 義理の親子
宇宙船に備え付けられている狭いベッド。
そこには一人の女性が横たわっており、さらに拘束用のベルトらしき代物が両手と両足をベッドに繋ぎ止めている。
その拘束は強固であり、抜け出そうと暴れても手首や足首が痛くなるだけ。
そして最も重要なことに、拘束されている女性の上には、一人の少女がのしかかっていた。
「セフィ……どうして、あたしを縛りつける。操れるんだから、逃げ出す心配とかはないだろうに」
「それだと、生の感情を楽しめません。操っている間は、本人の意識とかはほとんどないに等しいので」
「だから、操ってない時の状態を楽しむために、わざわざ縛りつけたって? とんでもない話だよ、まったく」
教授との戦いのあと、セフィの血を飲まされたメリアは、彼女からの命令によって自ら破損した船内に入り、さらには手足の拘束を逆らうことなく受け入れた。
普段のメリアであれば、そんなことは受け入れなかっただろう。
その後、操る状態を解除されて今に至るのだが、血を摂取した相手を操ることができるというセフィの超能力と言うべき力に対して、どうするべきか思考するも今のところ打つ手はない。
「お母さんの反応を楽しみたい。今の状況は、予想外のものであり、こうして密着していると焦っているのか鼓動が早いのが伝わってくる」
「触れて楽しみたいから、あの怪我を治したのか」
「この船は、教授がいざという時に使うことを想定していたため、医療用の道具は良いのが揃っていました。……まだ表には出てない代物とかも含めて」
今のメリアは、一切の怪我がない無事な体でいた。着ているものはいくらか破けているが。
船内に入ったあと、セフィによる治療を受けたのである。
まず謎の薬剤が入ったパックの中身を、傷口にかけていく。
粘性のあるそれは、瞬く間に失われた肉体や皮膚の代わりを果たし、やがて弾力のある塊となり、じわじわと肉体と同化していった。
ビームによって肉体の一部が切られても、メリアが平気な顔でいられるのは、試作段階らしき医療品のおかげというわけだ。
「大怪我ですら、傷口にかけるだけで治せる代物とはね。つまりそれだけ教授は色んな繋がりを持っていたわけだ。……このあとどうなるかが不安になる」
「大丈夫です。手を出せば大火傷をするということが広まるので」
セフィを誘拐したオラージュという組織は、トップである教授という人物を失うことになった。
さらに組織自体にも大きな被害があるため、メリアを怒らせるようなことをするのは避けようとするはず。
そう説明するセフィに対し、メリアは睨むような視線を送る。
「現在進行形であたしを怒らせてる奴がいるんだが」
「でも、その怒りは死にまでは至らない。なぜなら、義理とはいえ“娘”だから」
娘という言葉を口にしたあと、セフィは全身の力を抜いてメリアにもたれかかる。
白い髪は体の上を流れ、少しベッドの外にはみ出す。
それだけなく、傷口だった部分を撫でるように触れたあと、指で強く押し込んだりもする。
「う……」
「顔が綺麗だと、痛みを我慢する様子ですら様になります」
反応を確かめるためか、体のあちこちを指で押していく。
傷口じゃない場所でも、肋骨の間ともなれば不愉快そうな表情になる。
そこが人間にとってデリケートな部分の場合は、拘束されていても逃げ出そうともがいたりする。
「ふざ……ふざけるんじゃないよ!」
「いいじゃないですか、これくらい。義理とはいえ“家族”なんですから」
一通り反応を楽しんだからか、セフィはメリアの耳を見ると、顔を近づけて噛みついた。
そこが露出しているという部分の他に、こういう時でもないと噛む機会がないため、拘束したまま噛むわけだ。
当然ながら、そんなことをされて黙っていられるはずもなく、メリアは唯一自由に動かせる頭を振って抵抗するも、いつまでも逃れることはできない。
「……セフィ。そういう趣味なのか」
「それはどういう意味の言葉ですか? 人をいたぶる? 同性を狙う? 個人的には、義理とはいえ母親になったからなのが大きいですけど」
子どもという立場から、義理の母親をいたぶる。それもいやらしい意味で。
はっきり言って普通ではないため、メリアは舌打ちをする。
「変態め……くそっ、あたしじゃなくアンナが義理の親になっていれば」
「それは無理ですよ。なぜなら、アンナ・フローリンよりも、メリア・モンターニュという人物の方が魅力的であるわけですから」
わざとらしく言ったあと、セフィは血が出ないギリギリまで耳を強く噛んで歯形をつける。
その次は両手でメリアの顔をぺたぺたと触っていく。
まぶたを指先でつつき、鼻を軽くつまみ、頬を両手でこねたあと、口の中に指を入れて歯や舌などにも触れるという有り様。
「抵抗しないんですね。てっきり噛まれるかと」
「…………」
「睨んでも効果はありません」
「ここまでやったんだ。解放されたあと、かなり叱るよ」
「ぜひとも叱ってください。親らしく、悪いことをした子どものことを」
いつかは、ファーナに見つかって無理矢理に引き離される。
それがわかっていながら、セフィはメリアの全身を触ることで楽しんでいた。
「肉体は鍛えられていて硬い。けれど独特の柔らかさもあって包み込んでくれる」
「くそ、手足が自由だったなら」
一方的に好き勝手やられている現状は、メリアとしては非常に腹立たしい限りだが、どうすることもできない。
手足は伸ばされた状態で縛りつけられ、もがいても周囲をわずかに揺らすだけ。
セフィは、そんな抵抗をむしろ楽しんでさえいる。
「どうですか? 一回り年下の相手に好き勝手にされるのは」
「ろくでもない気分だよ。それと教授の言葉の意味が理解できたのも、余計にむかつくね」
“もし、君もセフィを心のどこかで舐めている部分があったなら、思いもよらぬところでやられるかもしれない”
最後、教授はその言葉を口にした。
その意味を身をもって理解することになったメリアとしては、色々な意味でむかつくわけだ。
「さてと、触れて楽しむのにも限界はあるので、そろそろしてみたいことがあります」
「……何をするつもりだい。寄るな」
「ちょっとしたキスを」
「じ、冗談じゃない」
頭を振ってどうにか抵抗するも、手足が拘束されている状態では全身が自由な相手から逃れることはできない。
少しずつ近づいてくるセフィの顔に、いっそのこと頭突きをすべきか考えると、セフィは途中で体を起こして不機嫌そうにため息をつく。
ここではない別のところを見ているので、釣られて見てみると、そこには新たな来客があった。
「あら、お邪魔しちゃったようね」
「アンナ。どうせならもう少し遅れて来てほしいんですが」
「まあまあ、そう言わないで。ちょっと外の状況を共有するつもりだから」
部下たちは別の場所にいるのか、船内に新しく増えたのはアンナだけ。
キスは先延ばしになったので、内心安堵するメリアだった。
「外の状況なら、あたしにも教えてくれ」
「もちろんよ。今のところ、数で負けていながらもファーナが率いる艦隊は優勢を保っている」
「それはよかった。結局のところ、宇宙を抑えられたらどうしようもないからね」
「でも気になるところとしては、まだまだ敵艦隊の数が多いという部分。定期的に増援が来ていてね。そのうち押し負けるかも」
「それならさっさと脱出……は流れ弾が怖いか」
「そうなるわねえ。脱出はおすすめしないわ。まあ、私としては“お楽しみ”を満喫したい部分もあるけど」
すると今度はアンナが近づいてくる。
笑みを浮かべ、身動きできないメリアを見下ろし、これから何をしようか頭の中で想像しているようだった。
十中八九、ろくでもない想像であるため、メリアは強く睨むが効果はない。