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207話 囚われの身だった怪物

 「殺すのは待ってください。最後に言いたいことがあるので」

 「……言いたいこと、ね」


 セフィという少女は、教授により生み出された。関係性としては、形だけとはいえ父と娘と言える。

 その教授は死にかけており、メリアは数秒ほど悩んだ末にビームブラスターの照準を外す。


 「わかった。何も言わずにお別れというのもあれだ。ここはセフィに譲る」

 「ありがとうございます」

 「ただ、早めに終わらせてほしいね」


 メリアは苦しそうな表情で言うと、機体ごとビームの剣で斬られた自らの胴体を示す。

 斜め上からバッサリと深くやられており、普通なら死んでいるほどの大怪我だ。

 傷口は焼かれているからか、出血は少ないものの、完全には止まっていない。

 ある程度は床を赤く染めていた。

 それでも死なずに済んでいるのは、以前ファーナと出会った時に打ち込まれたナノマシンの影響なのは明らかだった。


 「くそったれなナノマシンのせいで、しぶとくなった代わりに人間という存在から離れてる。なんとも複雑な気分だよ」

 「ふ、メリア、君に打ち込まれたナノマシンがどういう代物か気になるな」

 「お前の話し相手はあたしじゃない。セフィだ」


 瀕死といった様子の教授に対し、メリアは蹴りを入れた。

 一応、生身の部分ではなくパワードスーツの部分に対して。

 そのあと、セフィはしゃがんで教授に目線を合わせると、ぽつぽつと話し始める。


 「教授、もうあなたに勝ち目はありません」

 「……そう、だな。この命も長くはない」


 勝敗は決した。セフィを助けに来たメリアたちの勝利であり、教授の敗北という形で。

 その事実に、彼はわずかに顔をしかめたあと、大きなため息をついた。


 「無念だ。これで人類は若返りを手にすることはなくなった」


 呟きながら、手袋を外していく。

 その手は、あまりにも多く深い皺が刻まれており、外見から判断できる年齢とはかけ離れていた。

 その手を見たメリアは警戒混じりに尋ねる。


 「教授、あんたはいくつなんだ」

 「君の目から見て私はいくつに見える? 四十か、五十か、もしかすると三十代かな?」

 「おふざけはいらないよ」

 「……つれないことだ。とりあえず、かなりの高齢であるとだけ伝えよう。エーテリウムによって老化を抑制しても、それは肉体が老いる速度が緩やかになるだけでしかない」

 「だから、若返りに執着していたのかい」


 教授は力なく笑うと、老いが刻まれた手を開けたり閉じたりする。

 それはとても弱々しい手であり、ついさっきまで激しい戦闘をしていた者には思えない。


 「それもある。だが、他には若返りの研究を実現させることで、銀河中で私の名声が広まることを期待している部分があった」

 「名声を求める、か」

 「富はどうにでもなるのでね」

 「だが、犯罪組織のトップだ」

 「若返りという成果の前には、すべては些細なことだとも。世界は私を許すだろう。まあ、研究は実現しないので夢物語となったが」


 さらなる会話は、次は自分だという無言の抗議をセフィが行うため、メリアはこれ以上教授に声をかけず黙り込む。


 「教授」

 「なにかな?」

 「どうしてこの基地の場所がすぐに知られたと思いますか?」

 「……さて、わからないな。物資の輸送や基地の維持などを行う人員は、私自ら選び抜くことでスパイの類いが入り込まないようにしていたが」


 わざわざセフィを隠すための基地ということで、教授にとって信用できる者だけを関わらせた。

 普通ならすぐに気づかれるはずがない。


 「教えました」

 「君がか。それはいつ、誰にだね?」

 「帝国で内戦が始まる前、アンナという人に保護された時」


 その言葉に教授はやや驚いたような様子でいたが、それ以上に驚いた様子となるのはメリアだった。

 どういうことか問い質したいところ、なんとか我慢して聞き役に徹する。


 「メリアの反応からして、君は彼女にも教えなかったのか」

 「秘密を知る人は少ない方がいいですから」

 「しかしまだ疑問は残る」

 「教授は定期的に会いに来ましたよね? 勉強を教えるためだったり、血の検査や研究などだったり。その時、血を摂取させたハッキングの腕前が高い者を操り、教授の持つ端末から色々な情報をこっそりと抜き出しました」


 セフィには特別な能力がある。

 それは自分の血を摂取した者を操ることができるというもの。

 ある種の超能力であり、それゆえに当時いた組織を内側から崩壊させたという実績がある。

 その時から自分の血の力を使うことに迷わないというのは、彼女自身の幼さから考えると普通ではない。


 「なるほど……無知の者を演じれば警戒は弱まる。セフィ、君は役者としても上手くやっていけるようだ」

 「アンナという人も、今になるまで上手く合わせてくれました」

 「やれやれ、私よりもずいぶん頭が回る。少ない機会を物にするのだから」

 「以前、教授はこう言いました。“馬鹿を相手に教えるよりは、何も知らぬ子どものがいい。その子が飲み込みの早い者であるなら、なお素晴らしい”」

 「……まあ、頭の良い子どもに負けるなら、負けるにしてもまだマシではあるか」


 自分がどういう者を作って育ててきたかを理解した教授は、わずかな笑みを浮かべる。

 重荷が取れたような顔だった。

 そしてメリアの方を見ると言う。


 「撃つといい」

 「生かしたまま警察に連れていって、ブタ箱に放り込むという手もあるが」

 「だが、それには重大な問題がある。君も理解しているだろう」

 「教授の支援者が、あちこちから手を回してすぐに出てこれるようにするだろうね。そして教授が生きている限り、セフィは狙われるし、邪魔になるだろうあたしも排除されるわけだ。……だから、ここで殺す」

 「最後に一つ。もし、君もセフィを心のどこかで舐めている部分があったなら、思いもよらぬところでやられるかもしれない」

 「ご忠告どうも」


 メリアはそう言うと、殺傷設定になったビームブラスターを何度か撃つ。

 その後、教授はパワードスーツを着たまま床に倒れる。

 オラージュのトップは死に、一つの犯罪組織が終わりを迎えようとしていた。


 「これで、面倒事がようやく……うぅ」


 これまで我慢していたメリアだったが、大怪我のせいで立っていられなくなったのか、床に座り込む。

 だが、それだと傷口が痛むのか、ゆっくりと仰向けのまま床に寝転がった。


 「セフィ、悪いけど、通信機か何かをあの船から持ってきてほしい。しばらくしたらファーナが回収しに来るだろうけど、さすがに苦しくてね」


 呼吸はやや浅くなり、痛みのせいか激しい動きはできそうにない。

 そんなメリアの様子を見ていたセフィは、言われた通りのことをせず、むしろメリアへと近づいた。

 その顔には笑みを浮かべたまま。


 「……何を、企んでる」

 「そんなに怖い顔をしないでください。今は、二人きりですから」

 「笑みを浮かべる状況じゃない。教授のことが片付いたとはいえ」


 体を起こそうとするメリアだったが、その前にセフィの方が早く動いた。

 近くに落ちている金属の破片で自分の指を少し傷つけると、出てきた血をメリアの傷口に垂らしていく。

 咄嗟に腕を振って追い払うも、数滴ほど傷口に付着した。


 「う……」

 「動くな」


 その言葉と共に、起き上がろうとしていた体は動かなくなる。

 傷口を通じてセフィの血が体内に入ったことで、操られてしまう状態となってしまったのだ。

 入ったばかりなのか、今はまだわずかに抵抗できるが、それにも終わりは来るだろう。


 「ファーナはいない。ルニウもいない。そして、当の本人は大怪我のせいでまともに動けない。これ以上ない機会だと思いませんか?」

 「ふざけるんじゃないよ。どういう目的があってこんなことを」

 「子は親を選べないという言葉があります。しかし、どうせなら好みの親を選びたい」

 「あたしは、選ばれたってことかい」

 「はい。でも、距離を取られてはどうしようもない。なので、力ずくで行こうかと」


 動くなという言葉の影響か、メリアは話すことしかできない。

 それを確認したセフィは、メリアの血を軽く舌で舐めたあと、味わうように口をもごもごと動かす。

 そのあと茶色の長い髪を手で掴み、感触を楽しむように手を動かしていく。


 「やっていることがまるで変質者だ。親相手にこんなことをしたいのか」

 「それなりには。とはいえ、あなただからというのも理由ではあります。ファーナやルニウという監視の目がないので、しばらく楽しみたいと思っています」


 セフィはその言葉のあと、もう一度指先を傷つけて血を出すと、メリアの口に近づける。


 「じ、冗談じゃない。やめろ」

 「やめません。口を開けて」


 血を飲まされようとするので、当然ながら口を閉じて抵抗しようとするのだが、既に傷口を通じてセフィの血は体内に入っている。

 その言葉に従うしかなく、口は開けられる。


 「さあ、この血を飲んで。“お母さん”」


 赤い雫が、口の中へと落ちていく。

 一つや二つだけではなく、いくつも。

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