205話 味方への疑念
星間連合は、帝国や共和国と同様に巨大な領域を内包しているので大量の星系がある。
その中でも、帝国と接しているところとなれば、大なり小なり星間連合の軍が存在している。
そんなところにオラージュのトップである教授が潜んでいるというのは、なかなかに厄介ではあった。
「目的地となる、トゥルバ星系に到着しました」
ファーナが通信によって伝えてくるが、メリアは険しい表情のままレーダーを見る。
ワープゲートから出てきたばかりで有人惑星からは遠いのに、百隻ほどで構成される艦隊が周囲をうろついているのが確認できたからだ。
定期的な巡回なのか一定の航路を移動しており、星系内で何かあればすぐにやって来る可能性が高い。
「厄介な監視がある間は、あまり派手な行動はできない。小惑星やデブリが集まっているところに攻撃しようものなら、警察がいるところまで同行することを求められ、面倒なやりとりをする羽目になる」
「ではどうしますか? 目立つ艦隊を囮に少数で調査を進めますか?」
「効率は悪くても、それでいこう。調査をするのは……」
「それは私たちに任せてもらえないかしら?」
すぐに手をあげたのはアンナだった。
「共和国の船で、かい」
「戦闘以外も手伝えるよう、用意はしてきてるの。あまり詳しい部分は見せられないし話せないけど」
「わかった。任せよう」
アンナは共和国の船に移ると、そのままメリアたちの艦隊とは別れて行動していく。
もはやレーダーによって位置しかわからなくなった段階で、メリアはファーナに声をかける。
「共和国の船だけどね、怪しげな動きとかは?」
「いいえ。わたしが確認する限りでは特にありません。ただ、少し気になるものが」
「それは?」
言葉での返答の代わりに、一つの映像が流される。
大型船であるトレニアの通路において、アンナとヴィクターがなんらかのやりとりをしている場面であった。
それは監視カメラのものに思えたが、だいぶ微妙な画質などからして、アンナたちに隠して設置された代物。
細部はぼやけてわかりにくいが、そこに誰がいるのかぐらいは判別できた。
「見たところ、ただの会話にしか見えないが」
「このヴィクターという人物は、機械の体という厄介なものを持っているので、非常に小さいカメラしか仕込めませんでした。録音するための機械はすぐに見つけ出してしまいます。……そしてそれゆえに、この映像だけが記録できた唯一のものになります」
「つまり、会話の内容はわからないと」
「本題はこのあとになります」
映像を見続けていくと、ヴィクターが周囲を調べるような挙動をする。
おそらくは、記録に残すような機械の類いを警戒してのものだろう。
やがてこの場は問題ないことを伝えると、アンナは頷いてヴィクターの肉体を部分的に分解し始めていくのだから驚くしかない。
「二人は……何をしている?」
メリアは思わず呟いたが、その答えは映像を見ていくうちに明らかとなる。
分解されたのは表面の装甲らしき部分のみ。
しゃがむヴィクターの背中にアンナは手を突っ込むと、なにやら内部を弄っていく。
作業自体は数分で終わるも、ヴィクターから取り出されたアンナの手には何か小さな部品が握られていた。
そしてその部品に似た代物をポケットから取り出すと、なんと代わりに埋め込んでしまう。
「部品の交換……? いや、それだけならこんなコソコソとしなくていいはず」
「何か秘密があるようですが、それを解き明かすことはできません。アンナとヴィクターのどちらも調査に向かいましたから」
「……やれやれ、教授を追い詰めることができそうだと思いきや、今度はアンナたちも怪しい動きをするとはね」
映像が終わったあと、メリアはしばらく考え込む。
あのヴィクターという人物のことを、アンナは夫であると言った。
しかし、映像で見た限りでは夫というよりはもっと別の存在を相手しているように思えた。
「偽装結婚……いや、判断する材料が足りないか」
いくつかの予想はできる。だが確実な答えとなるものはない。
メリアは軽く息を吐くと、再びファーナに声をかける。
「そういえば、ヴィクターと話す機会はあまりないね。そっちはどうだい?」
「わたしも同じく」
「ついでにルニウにも聞こう」
「通信を繋ぎます」
今、トレニアのブリッジにいるのはメリアとファーナのみ。
ルニウは食堂にいるため、ヴィクターと会話する機会があるかどうか通信によって尋ねる。
「ヴィクター……彼とは私も話すことはないですね。というか、話そうと思ったことあるんですけど、アンナという人に防がれることがあって」
「へえ? もう少し詳しく」
「ほら、ヴィクターという人って、アンナと一緒の時にしか来ないじゃないですか。通信越しにやりとりすることはあっても、それじゃ世間話までいきませんし」
ルニウにそう言われてメリアはわずかに表情を変える。
機械の体となっているヴィクターが、このトレニアという船に訪れながらもほとんど話す機会がないのは、そういうものであると思っていた。
なんらかの機密などに抵触する可能性があるからだと、自然とそう考えていたが、アンナが意図的に防いでいるとなると、色々な疑念が浮かんでくる。
「アンナは、いったいどんな目的があって来たのやら」
「ただ助けに来た、と考えるのは楽観的過ぎますよねえ。何か目的があるとなると、やっぱりセフィちゃんとか?」
「……共和国のお金持ちや政府の一部には、教授と繋がりがある。そして若返りの研究の援助をしているとなれば、色々と知っている。そうなると、セフィを確保するためというのは、理由としてはおかしくはない」
若返り。
それは宇宙船が当たり前に複数の星系を行きする世の中であっても実現できていないもの。
整形などにより、若い見た目にはできるが、老いた肉体から逃れることはできない。
大金をかけて老化を抑制する程度が限界だった。
だが、セフィの血から精製されるブラッドという薬物。
その重度の中毒者は、一部分だけとはいえ肉体が若返っていたという。
それはつまり、セフィという少女の存在は、あらゆる人物にとって重要であることを意味している。
「……帝国と星間連合も、こっそり艦隊を動かしている可能性がある」
「そもそも、あの巡回してる百隻近い艦隊とかは、そういう目的があったりして」
星系内部を巡回する艦隊というのはありふれている。
とはいえ、百隻という規模はさすがに珍しい。
「もう少し戦力を整えてから来るべきだったか、これは」
「とりあえず、ファーナが動かす戦力を増やすために有人惑星で船を買いませんか? なんかこっちに注目してそうな艦隊の目を引きつけるためにも」
「ああ、そうだね。そうしよう」
軌道上にある宇宙港に向かい、そのあとは大型や小型の区別なく船を買う。
船というのは基本的に注文を受けてから建造されるが、種類によっては在庫があったりする。
「小型が三十、中型が二十、まあまあ余っていたね」
「他の宇宙港の分も含めて、ではありますが。これでこちらも百隻を超えました」
「さて、次はどうするか……」
「メリア様、アンナから連絡が。偽装された基地を発見したそうです」
ファーナからの報告に、メリアは自らの茶色い頭に手をやると、何度か茶色い髪の毛を弄る。
その際、軽く舌打ちもする。
「ちっ、いくらなんでも早すぎる」
「スパイがいたのでは?」
「あの教授が内部のスパイに気づかないとは思わないが」
「それでは罠の可能性もあると?」
「どうだかね。……この星系内部に、他の艦隊は?」
「民間の船団がそこそこあるので、判別できません。先程のような巡回している艦隊という意味ならゼロです」
「悩ましいね。けど動かないわけにもいかないか。罠があること前提で、アンナのところへ」
「はい。ではルニウにも用意をするよう伝えます」
アンナは心の底から信頼できる味方ではない。
しかし、今のところ明確な敵でもない。
いつ戦闘が起きても大丈夫なよう、メリアは警戒したまま、宇宙服を着たり武器の点検をしたりといった準備をする。




