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203話 豪華客船への潜入

 「とまあ、メリアが亡くなったという発表を知った私ことアンナ・フローリンは、色々あって共和国で暮らすことになったわけ」


 かつて貴族だった頃を話していたアンナは、軽く手を叩くと立ち上がる。

 これ以上、自分自身の過去について話す気はないことを示すように。


 「……色々の部分については話してくれないんですか?」

 「その辺りはメリアとは関係ないから。それに、乙女には秘密の一つ二つはあるわけでね?」


 話を聞いていたルニウは、わざとらしい言い訳にやや不満そうな表情を向けるも、無理強いしたところでどうしようもないため、渋々といった様子で立ち上がるとメンテナンス用の通路を共に歩いていく。


 「ああ、そうそう、小さい頃のメリアって結構無愛想だけど、仲良くなると結構親身に色々付き合ってくれるのよ」

 「わざわざ言うのは自慢ですか」


 少しむっとした表情で問いかけるルニウ。

 しかし、アンナは数歳ほど年下である相手の苛立ちなどまるで意に介さず、笑みを浮かべて答える。


 「ええ、そうなるわ。ルニウ、海賊の下っ端だったあなたは、今のメリアしか知らない。でも、私は子どもの時に付き合いがそこそこあったから、誰も知らないメリアのことを知ってる。……ふふふ、詳しいことは教えてあげないけどね」

 「驚きましたよ。あなたがこんなにむかつく人だなんて」

 「まあ、言える相手はあなたぐらいだしね。本人に言ったらブラスターを撃ってきそう。それならいっそ相方っぽいロボットの方はというと……あまり効果がなさそう」


 メリアとファーナが相手では、アンナの望んだ反応が返ってこないため、消去法でルニウが選ばれたというわけだ。

 当然ながら、そう言われた当人にとっては良い気分はしない。


 「まるで私には効果があるとでも言いたげですが」

 「メリアの小さい頃の写真とか興味ない?」

 「そ、それは」

 「気になるでしょ? 今とは全然違うから。ちょっと頑張って背伸びしてる感じが、とても可愛らしいのよ」


 自分だけが知っている昔ということで、自慢していくアンナだったが、通路の出口が見えてきた辺りで話を中断する。


 「さて、メリアについては、本人抜きに話したところでどうしようもない。それにそろそろ出口だし、ここに潜入した目的を優先しましょうか」

 「豪華客船エミラテスへの襲撃。ファーナがハッキングしている間、私たちは情報収集と陽動のための下準備を行う、と」

 「そうそう。問題は周囲にいる護衛の巡洋艦だけど……そっちはその時になってから考えましょうか」


 メンテナンス用の通路から出入りする姿を見られると面倒なため、息を殺しながら様子をうかがう。

 船の稼働している音で聞こえにくいが、運の良いことに誰もいない。

 一度ファーナに連絡を入れて監視カメラがないか調べてもらうと、そこにはないという返事が来るため、二人はメンテナンス用の通路から船内の無機質な一角へと出る。


 「ふう、このあとは乗客として振る舞うわけだけど、監視カメラとかに備えて、歩き方も含めて色々と演技しないといけない。もちろん、ファーナへの通信もできなくなる」

 「わかってますよ。お金持ちっぽく振る舞う程度なら大丈夫です」


 船内の通路、それも船員が歩くようなところは、普段乗客から見えないからか無機質で圧迫感を覚えるくらいには狭苦しい。

 時折船員とすれ違うも、アンナは堂々としていたため、ルニウもそれに合わせる。

 そうすると、たまにちらりと視線を向けられたりはするが、特に怪しまれないまま他の乗客が集まるところへと出た。


 「まずは、あそこで一息つきましょうか」

 「バーに見えますが。飲むんですか」

 「お酒で口を潤しつつ、聞き耳をね。動き回っても怪しまれるから」

 「飲み過ぎて酔っぱらうことのないようにお願いしますよ」


 大きな豪華客船だけあって、船内には酒場と思える規模のバーがあった。

 思い思いに席に座る者たちに混ざりながら、お酒を注文し、味わっていると、酔っている乗客の男性の一人が、同席している者たちに対して何か囁くのがかすかに聞こえてきた。


 「特別なお客には注意するといい。とある組織の幹部がいるから」

 「そこは怖い組織なのかな?」

 「見てみたい気はする」

 「だがな、興味本位は危ない。お互いに面倒を避けようとしても、そうはいかない時だってあり得る。関わらないのが一番だとも」


 色々と世の中の後ろ暗い部分を知っているのか、しみじみとした様子で語る姿は、色々知っていそうに思えた。

 チビチビと飲んでいる彼から情報を得たいところだが、今は周囲に大勢の人がいる。

 今は後回しにすると、陽動のための下準備も行っていく。

 といっても、そこまで難しいものではない。

 スカートの中に隠した爆薬を設置するだけ。

 それは粘土のように柔らかく、小分けにしたり望む形に変形させたりすることができるという代物。

 それを、掃除や点検をしていても見落としそうなところに仕込んでいくのだ。


 「よくもまあスカートの中に隠しておけますね」

 「実は化粧品とかにも仕込んでたりするけど。化粧するふりして爆薬をこっそり、ってね」

 「いやー、怖い話です」

 「さて、お次は協力者のところに行きましょうか」

 「協力者?」


 ルニウが首をかしげると、アンナは口元に指を当てて微笑む。


 「いわゆるスパイ。そのスパイが手伝ってくれたおかげで、ここの乗客の顔写真とかを入手できたの」

 「だからオラージュの幹部に気づけた、と」

 「会って、何か新しい情報が貰えないか試してみるわけ」


 豪華客船は広く、いくつかの階層に分かれている。

 アンナとルニウは、どちらも裕福な女性を演じており、怪しまれない程度にうろつくことで、船内にいる協力者と出会う。


 「はあい。そこの船員さん、少しお時間よろしいかしら?」

 「困ります。今は仕事の最中なのですが」


 アンナは警備員らしき男性に声をかけるが、困惑するような表情が返される。


 「少しくらいのお喋り、良いとは思わない?」

 「監視カメラがありますので。仕事をしていないと思われたら怒られます」

 「なら、別の場所ならどう?」


 やや扇情的な声色で、どこか誘うように話していくアンナであり、それを近くで見ていたルニウはどうするべきか迷う。

 止めるべきか、放っておくべきか。


 「勘弁してください。怒られてしまうので」


 警備員らしき男性は、アンナの手を握ると手加減しながらも遠くへ押しやるような形で距離を取る。

 こうまで断れたら、無理に誘い続けている方が馬鹿らしいため、アンナは軽く肩をすくめてから別の場所へと歩いていった。


 「いいんですか?」

 「ええ。目的は果たせたから」


 問いかけるルニウに、アンナは手を見せる。

 指と指の合間に、なんと小さいメモリースティックが挟まれていた。


 「押しやられた時、手を握ったでしょ? その時にこっそりね」

 「そういう形で情報を……」

 「あえて監視カメラの前で交換するの。あまり性能がいいカメラの前だと危ないけど、古くなったものだと細かい部分はぼやけるから。会社によっては、カメラの費用をケチったりするところがあってねえ」

 「とりあえず、情報がどういうものか確認したいところですけど」

 「では、トイレへ」


 どれだけ監視カメラがあろうとも、基本的にトイレには設置していないことがほとんど。

 音を立てないなら、何かするには都合がいい。

 ただ、問題があった。


 「一つの個室に二人で入るんですか?」

 「気分悪そうにするから、介抱する感じでお願い」

 「それならまあ……ギリギリいけますか」


 そして二人はトイレの個室に入ると、小型の端末でメモリースティックの中身を再生する。

 すると、画面上に大量の文字が現れる。

 それはかなり読みにくい文章だが、要約するとこう書いてあった。

 “オラージュの幹部は半数ほどが巡洋艦に乗り移った。残りはお金持ちの乗客相手になんらかのやりとりをしていた”

 これが意味することは、だいぶ厄介なものだった。


 「あーあ、これは大変なことになるわ」

 「星間連合の軍との繋がりもあるということは、一度行動したらもう後戻りはできませんね」

 「ファーナのところに戻って伝えましょ。ついでにメリアにも方針に変更があるか聞かないと」


 軍との繋がりは、政府との繋がりとは別の意味を持つ。

 現在、銀河にある国は三つだけだが、そのどれもが巨大である。

 そしてそれゆえに、独自の行動をする者というのは多い。

 軍縮を避けるために、海賊や犯罪組織などをあえて陰ながら支援するという派閥もあったりするのだ。

 海賊などがちょうどいい脅威として存在する限り、国同士の争いがなくても軍縮をせずに済むからだが、それは当然ながら一般人への被害が増えることを意味している。

 軍と政府の思惑が一致することもあれば、一致しないこともある。

 警戒すべきに越したことはないため、今まで来た道をこっそり戻ってファーナと合流したあと、メリアとの連絡を行うアンナだった。

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