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202話 かつて存在した日々③

 リゾート施設だけあって、内部には楽しめるものが色々とあった。

 様々な演目が行われる劇場、古今東西の名作が放映される映画館、電子限定とはいえ図書館も完備してある。

 他には各種ブランド物が購入できる店舗があり、大人向けにはバーやラウンジのようなお酒が飲めるところも。

 とはいえ、アンナとメリアのどちらも子どもなので、まずはスポーツのできるところへと向かった。


 「メリア、何か得意なものは?」

 「特にこれといったものは」

 「ならプールで泳ぎましょ。体力つけるために、結構やらされたでしょ?」

 「まあ、それなりに」


 地上なら普通に存在するプールだが、宇宙においては大量の水を使用するせいでプールというのは滅多に存在しない。それも大規模なものとなればなおさら。

 惑星の軌道上に建設されたリゾート施設は、宇宙港のようにいくつかの階層に分かれており、

 スポーツ関係は上層部分にまとまっていた。

 貸し出されている水着に着替えたあと、何百人もいる大型プールの隅に二人はいた。


 「むむむ、ちょっと人が多いわね」

 「なら適当に過ごしましょう」


 人が多いせいで、泳ぐというよりも浮かびながら移動する感じになってしまう。

 それでも、人が少ない部分でちょっとした競争をしたりなど、多少は楽しむことができた。


 「人が少なければもっと色々できるのに」

 「時間帯が悪いのでは? わたしとしては、アンナに振り回されずに済むので、これでも良いとは思います」

 「くっ、なかなか言うじゃないの」

 「見知らぬ他人ではないので」


 表情を変えずにこちらを見てくるメリアに対し、アンナは何も言い返せない。

 水をまとう彼女の姿はどこか妖しげで、じっと見ていると言葉にできない感情が浮かんでくる。

 そのせいか、水の中で二人が立ったままでいると、じわじわとメリアに集まる視線が増えていた。

 当然、その中には邪なものがあることをアンナは感じ取ったため、メリアの手を引っ張ってプールから出る。


 「ああもう、あまり人が多いところはダメね。無駄に注目集めちゃう。誰かさんが綺麗過ぎるせいで」

 「そうですか」

 「あのねえ……まあいいわ。えーと、次は食事で」

 「アンナ、将来についての相談はいつになりますか」

 「別にそこまで急がなくても」

 「気になることがあると、楽しめるものも楽しめないので」


 そう言われては無視することもできず、アンナは少しばかり悩むと、軽くため息をついた。


 「しょうがない。部屋の中で話すからついてきて」

 「それなりに真面目な話ですか」

 「当たり前でしょ」


 手に持っている端末には、施設内部の地図が表示されており、機械音声によるナビゲートも行われるため、迷うことはない。

 広く豪勢な一室において、アンナとメリアは向かい合う形でソファーに座る。


 「まず言っておくことは、私がフローリン家の当主になる見込みはない。ということ」

 「……家のすべてを相続できるのは、当主となった一人だけ。分割して相続するというのは、家の弱体化に繋がるから。確かそういう理由で、帝国貴族はたった一人だけの相続が強制されているわけですね」

 「そう。だから、将来の当主になるかもしれないからという理由で仲良くする意味はない」

 「別に、アンナが当主になると思っていたから仲良くするとかはないですよ」

 「あら、それはありがとう。……ちょっと待って、それ結構恥ずかしいこと言ってない?」

 「わたしは、あなたと仲良くしたいと思っています。いけませんか?」


 裏などはなく、ただ純粋にそう思っての言葉を受け、アンナはやや気まずそうな表情になると顔を手で覆う。

 正面からそう言われると、なぜか恥ずかしくなってきたからだ。


 「メリア。とりあえず男子相手にそういうこと口にするのやめてよ。絶対揉め事が起きるから。それに巻き込まれたくない」

 「つまり、揉め事を起こしたいなら同じようなことをしてしまえばいいということに」

 「変な学び方しないで。というか、私の人生相談から話が逸れてる!」


 このままだと関係ない方向に話が進むことを危惧したアンナは、慌てて軌道修正を図る。


 「えー、当主になる見込みがない貴族の私は、将来どうするべきだと思いますか」

 「それだけではなんとも。どう暮らしていきたいかとかがわからないと」

 「私はそこそこ綺麗で、しかも運動も勉強もそれなりに良い感じ。やっぱり才能を生かせるような仕事がいいかな?」

 「…………」

 「な、何よ」

 「もう好きにすればいいのでは? そう言いたくなってきたけど我慢しました」

 「いや、直接言ってるから」


 メリアと多少のおふざけを交えながら、アンナは今のところ手堅いと思われる方針を口にする。


 「とりあえず、フローリン家と関わりのある仕事だと、親族ということで便宜を図ってもらえる可能性があるから、宇宙船関係の勉強とかしてる」

 「船の操縦とかを?」

 「それもいいけど、できるなら艦隊とかを指揮する立場がいい。命令される相手は少なく! 命令する相手は多く!」

 「やれやれ、アンナの部下は大変な毎日を送ることになりそうで、今の段階から同情してしまいます」


 メリアは苦笑混じりに肩をすくめてみせた。ややわざとらしく。

 あまり表情の変わらない彼女だが、アンナの前だと、少しだけ表情が変わる機会が増える。


 「ふふん。よければ、メリアを私の部下にしてもよくってよ。……というか、メリアの方はどうだったりするの? モンターニュ家の当主になれそう?」

 「なると思います。モンターニュ家の子どもはわたしだけなので」

 「え、一人だけ? それはまた珍しい」


 通常、貴族の家には大量の子どもが存在する。

 それは遺伝子調整に頼らず、優秀な者を生み出すため。

 遺伝子調整をすれば、望んだ外見や能力を持った子どもをかなり安定して作り出せる。

 しかし、しないのであれば、子どもの外見や能力にはかなりの幅が出る。

 要は、当たりと外れがあるわけだ。

 見目麗しく、能力にも優れた子どもは当たり。

 醜悪で、能力に優れたものがない子どもは外れ。

 貴族が子どもを大量に作るのは、当たりの子どもを求めているから。

 アンナとメリアは、どちらも当たりの部類である。方向性はともかくとして。


 「なので、当主としての勉強などが大変で大変で」

 「ふーん、私は息抜きってこと?」

 「そうなります。よければ、将来はわたしの家で雇ってあげましょうか? ふふふ」

 「はいはい。選択肢の一つとしては考えておくわ。今からあなたに頼るのもあれだし」


 アンナの将来の相談は、これといった実りのないまま終わりを迎える。

 その後、帰る日になるまでリゾート施設で遊び続けていたからだが。


 「それじゃ、またね」

 「はい。また今度」


 別れ際、お互いに手を振って船に乗り込んだあと、元貴族の使用人との話が始まる。


 「お嬢様、メリア様のことを気に入りましたか?」

 「そこそこ。今後も定期的に会うつもりだし、大人が必要な時は付き合ってもらうから」

 「お供させていただきます」


 それ以降、アンナは最低でも週に一度はメリアに会おうとする。

 会うのが難しい場合は、星系間通信でのお喋りを。

 暮らしているところが離れているのに、そうまでするアンナに対し、メリアはさすがに驚いていたが、数週間もすると慣れていき、お互い友人と呼べる関係になった。

 そしてその付き合いは数年間続くものの、十五歳の時に終わりを迎えてしまう。




 「誕生日おめでとう。……だけど直接会えないのは残念」

 「アンナ、ごめんなさい。検査があるので。終わって、戻ったあと、ささやかながらも二人きりでパーティーをしましょう」


 十五歳になったメリアを画面越しに祝うことしかできないアンナは、プレゼントを画面の中に収まるよう運ぶと、自信ありげに腕を組んだ。


 「早く戻ってきなさい。あなたのためにプレゼントを用意したんだから」

 「楽しみにしてますよ。……では、そろそろ出発する時間なので切ります」


 通信が切れたあと、アンナは近くの棚から雑誌を取り出す。

 それは仕事や資格関係のもの。

 当主にならないなら、なんらかの仕事を見つける必要があるが、どうせなら家に関わるものがいい。

 その方が、親族ということで色々便宜を図ってもらえる可能性があるゆえに。

 だが、アンナが将来に備えた行動は無駄になってしまう。

 なぜなら、メリアとの通信が終わってから数日経ったある日、両親から次の当主はお前だということを告げられたのだ。


 「いきなり私……兄上や姉上に何がありましたか」

 「亡くなった。事故によって。あるいは、他の家が仕掛けたのかもしれないが」

 「今のところ有力なのはアンナ、あなただけです」

 「わかりました。次の当主として相応しくなるよう努力します」


 貴族の家同士での確執というのは存在する。

 それゆえに、暗殺などで次の当主候補を仕留めるようなことは起こり得る。

 アンナからすれば、当主候補は殺されることがあると聞いていたがまさか自分が当主になるとは。

 どこか不安と期待の混ざった気持ちで自室にいたが、さらに驚くべき出来事を知ることになる。

 二日後、メリア・モンターニュが宇宙船による事故によって死亡したことを、モンターニュ家が発表したのである。


 「……うそ、でしょ」


 宇宙での事故は、ほぼ確実に死んでしまう。

 メリアの帰りを待っていたアンナは力が抜けたように崩れ落ちると、ぼーっとした状態で天井を眺めた。


 「……メリアも、殺されたのかな」


 当主になる可能性が高い兄や姉が死んで、自分が当主になりそうな事態の直後だったため、アンナは呟く。

 そうなると、不安の他に恐怖というのが膨れ上がる。

 自分もいつか、他の貴族に殺されるんじゃないかというものが。

 そしてそれは、帝国以外の選択肢に目を向けるきっかけとなった。

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