201話 かつて存在した日々②
「メリア、ちょっと相談したいことがあるんだけど」
「相談? どんなことですか」
モンターニュ家の令嬢であるメリアと知り合いになってから数週間。
時折、親睦を深めるために遊びに行くアンナであったが、今回は外で会うことを決めた。
その理由は、貴族ではあるものの当主になれない自分の将来について、いくらか相談するつもりだった。
「自分自身の将来について」
「は、はぁ……そうですか」
星系間通信、その中でも映像付きのはそれなりにお金がかかる。
とはいえ、それは一般人の基準であり、貴族かたすれば些細なもの。
画面の向こうにいるメリアは、何を言うべきか迷っているような表情を浮かべていたが、アンナは気にせずに話を進める。
「だから、外で遊ぶついでに相談に乗って」
「……外で遊ぶ方が本命だったりしませんか?」
「いやいや、それは……ちょっとだけあるかも」
「やれやれと言いたいところですが、せっかくのお誘いなので、付き合います」
アンナとメリアは、それぞれ違う星系の惑星に暮らしており、どちらかの家に向かおうとすれば、数日かかる程度には離れている。
しかし、事前にお互いに示し合わせた場所へ向かうなら、一日ほどで済ませることのできるところはあった。
そこは、貴族向けのリゾート施設。
居住不可能な惑星の軌道上に建設されており、巨大な宇宙ステーションとしても機能していた。
「両親来る? それとも別の付き添い?」
「パーティーに参加した時と同じです。そちらもでしょう?」
「わかったわ。それじゃまた、現地で」
通信が終わったあと、アンナはちょっとした旅行の準備を行う。
両親には、ここへ向かうという言伝だけを残して。
「お嬢様、よろしいのですか?」
「問題ないわ。大丈夫よ大丈夫。大人がいないと困るから、あなたにもついて来てもらうけど」
「承知しました」
アンナの生まれたフローリン家には、子どもが二十人ほどいる。
そしてそれぞれが独自に活動しているため、両親と共にいることができるのは、両親から優秀であると認められた数人のみ。
当然ながら、アンナは優秀ではないという評価なため、両親と会う機会はあまりない。
それでも十歳という幼さから、最低限会う機会は設けられているが、そこには一般人のような家族関係は存在しない。
「向こうも、あなたと同じ立場の者が来るだろうから、少し気を抜くといいわよ」
「アンナお嬢様はそうおっしゃいますが、メリア様は当主になられるかもしれませんので」
貴族の子どもともなれば、身の回りの世話を行う専属の者がいる。
帝国貴族というのは、遺伝子調整をしない代わりに大量の子どもを生産し、その中から選び抜かれた優秀な者が当主となって家のすべてを相続できる。
そうなると、大量にいる子どもたちの面倒を見るために人を雇う必要がある。
両親だけでは何もかも足りないゆえに。
今アンナと話しているのは、フローリン家に雇われた者の一人であり、実は当主になれなかった他の貴族だったりする。
「うーん……」
「どうしましたか、私の顔をじろじろと見ていますが」
「将来、私もあなたみたいに、どこかの貴族の子の面倒を見るのかな」
貴族の子どもの面倒を見る。この仕事は一般人が簡単に受けられるものではない。
慣習や礼儀作法に通じており、身元も確かで信用できる者。
様々な条件を満たす者を選ぶとなると、一番手っ取り早いのが、他の貴族を雇うというもの。
特に、当主になれなかった者はいくらでも余っているため、わざわざ使い物になる一般人を探すよりもお手軽というわけだ。
しかし、アンナはそれが嫌なので、今のうちから将来について考えていた。
「そう悪い仕事でもありませんよ? 貴族時代とあまり変わらない生活が送れますし。まあ、どのような方の面倒を見るか次第とはいえ」
「大変よねー。私みたいに聞き分けが良い子だと楽だけど、そうじゃない子だと大変」
「お嬢様、それを自分で言うのはどうかと思います」
その日は事前の準備と宇宙船の予約のみ。
翌日、宇宙港に向かい、軌道上にいる予約した宇宙船に乗り込む。
もちろん貸し切り。ただし、料金的な問題から比較的小型の船。
貴族とそれに付き従う使用人という組み合わせは、そこまで珍しいものではないため、船長や乗組員の対応は手慣れたものだった。
「目的地となるリゾート施設まで十二時間。快適な船旅をお約束します」
「船長、ちなみにもう少し早く到着することは?」
「可能です。追加料金をいただきますが」
「なら、お願い」
「ちなみに、どうして急ぐのかお尋ねしても?」
「友達未満の知り合いがいて、目的地であるリゾート施設で会う予定なの。少なくとも、私が先に到着しておきたい」
「ははぁ、なるほど。それなら急がないといけませんな」
船長はわずかな笑みを浮かべると、操縦室に移動し、その後船体がいくらか揺れ、宇宙港を出発した。
有人惑星の周囲は船が多いが、離れるほど少なくなる。
それでも星系外縁部のワープゲート付近や、既に形成された航路には一定の船が存在するため、孤独を感じることはない。
十二時間というやや長めな船旅は、何事もないまま目的地であるリゾート施設に到着することで終わりを迎える。
しかし、アンナにとってはこれからが始まりである。
「まあまあ快適な船旅ありがとう。船長さん」
「それはよかった。お客様こそ、知り合いの方と仲良くなれるといいですな」
船とドッキングしている通路を渡り、施設内部に入ると、まずはメリアへ連絡するために通信関係が揃っている施設に足を運ぶ。
そして繋がるまで待つこと数分。
見慣れた綺麗な顔が出てくる。
「はい」
「あらら? メリアったら、もしかしてまだ船の中だったり? 私はもう到着してるけど。ふふーん」
「……あと数時間で到着します。そう言うアンナこそ、実は急いでいたりしてたのでは?」
「そ、そんなことないけど」
「少し髪が乱れています。それに服も。そこから見て取れるのは、大急ぎで連絡しようとしていた。そうなると、船の方も急がせていた可能性が濃厚。違いますか?」
「……まあ、ちょっとは急いでいたかも」
「ちょっとではなくかなりでは?」
「むむむ、うるさい。というか、そんなことよりも受付辺りで待ってるから。到着したら連絡!」
「わかってます」
それから数時間後、適当に時間を潰していたアンナの前にメリアがやって来る。
「もしもし。到着しましたよ」
お出かけ用に茶色い髪は軽くまとめられ、初めて会った時とは受ける印象がやや違う。
そんなメリアに対して、アンナはどこか白い目を向けていた。
「いや、目の前までやって来てそれはどうなの」
「到着したら連絡するよう言ったじゃないですか。タイミングが少々違うだけです」
「メリアってば意外と……問題児の才能あるじゃないの」
「それはどうも。それで、このあとどうしますか?」
「まず遊ぶ! そのあと人生相談!」
「お付きの人たちは?」
「別行動で」
アンナは使用人の女性と来ていたが、メリアも同じように女性を連れていた。
ただ、大人と一緒だと言いにくいことがあるのか、アンナは子どもだけで行動することを望んだ。