169話 地下のオークション会場
「到着したぞ。ここの地下に、お客さんが望む場所がある」
「世話になったね。ありがとう」
有人タクシーが止まった先は、見上げるほどに大きなビルの前。
その地下には、非合法な高級品を取り扱う市場が存在するという。
メリアはタクシーの料金を支払い、堂々とビルの中へ入っていく。
エントランス部分は一般的なビルと変わらないが、会社員の代わりに海賊らしき者がうろついているため、明らかに普通の場所ではない。
幸いにも受付の方は普通だったので、メリアはそこへ移動する。
「少し尋ねたい」
「どうされましたか?」
「ここの地下に行きたい。ただ、予約はしていなくてね」
「……所持金はどれくらいありますか?」
「手持ちは、これだけ」
現金は持ち運べる量に限りがあるため、大金を用意するとなると大きな荷物となってしまう。
そうなると、場所を取らず重くもならない電子的なお金の出番となるわけだ。
端末を少しの間弄り、画面が切り替わったあと受付にいる者へ見せた。
そこに表示されているのは、メリアが保有する口座の中身。
十桁を超える数字が記されており、個人が持つには膨大と言える金額だった。
「なるほど、これほどのお金があるなら地下へ向かう許可を出せます」
「貧乏人はお断りか」
「そういう方々向けの取引には、別の場所がございますので」
「ここは初めてだから、注意点などを聞きたい」
「基本的には、一般常識があれば問題ありません」
「基本的にはときたか。怖い話だ」
「地下に向かう際は、あちらにあるエレベーターをご利用ください。地下には警備員がいますので、あまり問題を起こさないようにお願いします」
指定されたエレベーターに乗り込むと、ボタンを押す前に勝手に動き始めるため、メリアは腕を組みながらため息をつく。
「ここからは、ずっと見られていると考えて行動するように」
「そういえば、口座には結構な金額が入ってましたけども。私の給金増やしてくださいよー」
「言ったそばから……。あれはアルケミアの代わりとなる大型船を揃えるための資金。あとは、会社の金だよ。社員に支払う分の金も含んであるわけだ」
「むむむむ……」
監視カメラの類いはあちこちに仕掛けられていることだろう。
あるいは、音声を記録する装置もあるかもしれない。
目的地はかなり地下深くにあるのか、二分ほど経ってからようやく止まった。
扉が開くと、短い通路が出迎える。
進んだ先には、透明なカーテンらしき仕切りが存在し、それを越えると広い空間へと出た。
「地下深くにこういう空間ってのは……どれだけやばい代物を取り扱ってるのやら」
「表沙汰にはできない様々なものでしょう」
「まずは見て回りましょうよ。なんか色々な店があるので」
「ま、情報収集にもなるか」
広い地下空間には、いくつもの店があった。
取り扱ってる商品は、それなりに高額なものばかり。
とはいえ、予想よりは安い。
疑問に感じて首をかしげるメリアだったが、それはすぐに解決した。
少し探索していると、オークション会場が存在していることに気づいたからだ。
「なるほど。ここに訪れる者のほとんどはあれが本命。ここら辺の店は、オークションが始まるまで待っている者を狙って商売している、と」
ひとまずオークション会場に向かおうとするも、入口付近で武装した警備員に止められてしまう。
銃器だけでなく、パワードスーツをも着込んでいるため、地下という空間においてはかなりの強さを発揮することだろう。
「お待ちを。一般の方々はこちらではなく、あちらの出入口をお通りください」
「一般でなくなるためにはどうすればいい?」
「オークションにて一定の金額を使用された場合に限ります」
「なるほど。なら、ひとまずは引き下がるべきか」
「理解していただき助かります」
「ちなみに、理解しなかった場合は?」
「あちらに転がっている方々のようになります」
警備員が示す先には、清掃用ロボットに片付けられている死体が存在していた。
まず死体を箱に入れ、そのあと血を掃除している。
近くにいる者が気にしていないのを見る限り、誰かが死ぬのはそこまで珍しくない出来事のようだった。
「ここに来る際、どのくらい所持金があるか聞かれた。あそこで死んでる者は、結構なお金持ちだろうに」
「お金は必要ですが、お金以外も必要。それだけのことです」
「やれやれ、怖い話だね」
メリアは警備員と軽く話したあと、一般向けの出入口からオークション会場へと向かう。
人の数は、数十人とそれなり。
今は、次の商品が出てくるまでの待ち時間なのか、思い思いの雑談が行われている。
その時、メリアたちに近づく者がいた。
両方の腕に義手がついている男性で、顔は仮面のような代物で隠してある。
「よお、あんたら、ここは初めてのようだ。よければ、少しばかり耳寄りな情報を教えようか? ちょっとばかりのお金と引き換えに」
「どういう情報かによる」
「じゃあ、まずは一般席とVIP席の違いについて。このオークション会場じゃ、一般席よりVIP席の者の方が優先される。何か手に入れたい場合、そこを考慮しておく必要がある」
彼が指差した先には、メリアたちがいるところよりもやや豪華な座席の一群が存在し、護衛らしき者がちらほらと立っている。
「貧富の差とは言うが、金持ちの中にも上と下は存在するわけだ」
そう話したあと、義手をした男性は端末を差し出す。
メリアはその端末に、ジュースを一つ買えるだけのお金を送った。
「少ないな」
「もっと、ためになる情報じゃないとね」
「話せることには限りがある。口が軽すぎると“事故”にあうかもしれないから。なので気をつけないといけない」
「どの程度のことを知ってる?」
「それはもう“色々”と」
「なら、ここでエーテリウムの取引が行われたりする可能性は、あり得ると思うかい?」
エーテリウムという単語が出てきた瞬間、義手をした男性はそれとなく周囲を見渡し、他の者に聞かれていないことに胸を撫で下ろした。
「おいおい、それを口にすると余計な揉め事に巻き込まれる。勘弁してくれ」
「で、あるのかないのか」
その問いかけに対する答えは、握った右手を右上から左に倒すという行為。
それを目にしたルニウは、理解したように何度か頷くと、宇宙服の通信機能を利用してメリアへ話しかける。
「ははーん、わかりましたよ」
「今の動作だけで何かわかるのか?」
「あれは手話で頷くという意味合いがあります。つまり、このオークション会場でエーテリウムが出てくるというわけです」
「ルニウは、意外と色々知っているね」
「意外とはなんですか、意外とは。これでも帝国の最高学府たるファリアス大学を飛び級で卒業したんですよ。手話についてもそれなりに知っています。……まあ、今は技術でどうとでもなるので、手話の存在そのものを知らない人がほとんどなんですけどね」
「だからこそ、秘密のやりとりにはうってつけであるわけか」
メリアとルニウの会話が終わったあと、義手をした男性は何事もなかったように声をかけてくる。
「さっきのことについて、俺の口から話すつもりはない。他のことについては話せるが」
「なら、この会場で一番のお金持ちは?」
「それはもう、ユニヴェールから送り込まれた代理人様に決まってる」
彼はVIP席の方のとある場所を示すと、そこには長身な男性がいた。
まるで刃物のように鋭い雰囲気を漂わせ、周囲の人々はそれとなく距離を取っていた。
有力な組織の代理人にお近づきになるよりも、恐ろしい人物から離れたいという気持ちが上回っているようだ。
「アレクシスという名前で、ユニヴェール一家とは深い繋がりがあるらしく、地上に来れないユニヴェールの者の代わりに地上で色々なことをこなすそうだ」
「なぜ、ユニヴェールの者は地上に来れない?」
「まずは情報料が先だ」
差し出される端末に、メリアは送金をする。
代理人のものと、エーテリウムに関するもの双方の分。ついでにこのあとの情報についても先払いを済ませた。
「さて、どうしてユニヴェールの者が地上に来れないかについては、これは家訓なんだと」
「それはどういうことなのか」
「さあ? 詳しいことは一家の者に聞いてくれ。他人の家の詳しいことなんてさすがに知らない。お、そろそろ次のオークションが始まるようだ。それじゃ、他の者からも稼ぎたいしお別れだ」
オークションに参加する者は結構なお金を持っている。
義手をした男性は、会場にいる一般席の者を相手に情報を売ることで手堅く小銭稼ぎをしているのか、メリアから別の者のところへと向かっていく。
「ある意味、したたかな奴と言えるね」
「エーテリウムが出てくるまで待ちますか?」
「見逃がしてもいけないし、そうしよう」
空いているところへ適当に座ると、司会の人物の前口上を聞きながら、出てくる商品を適当に眺める。




