164話 コロニーの内部から外へ
「さて、わたしたちはまず宇宙船に戻る必要があるのですが……」
メリアたちと別行動を取るファーナとセフィであったが、途中でいくつかの問題に遭遇してしまう。
まず一つ目は、学園祭というイベントで各地から大勢の人々が来ているが、そんな大勢の人々が一気に避難しているせいで、コロニーに何ヵ所かある港が遠目からでもわかるほどに詰まっているということ。
「おい、そこの機甲兵。どこのクラスかは聞かないでおいてやるから、こっちを手伝え」
「機械科……いや、もしくは宇宙関係のクラスかな? とりあえず、それの力が必要なんだよね」
二つ目は、混乱に乗じて盗みを行う、かなり素行の悪い生徒の存在。
男女数人の集まりであり、どこかから見つけ出した金庫を運んでいるところに、機甲兵に乗ったファーナとセフィが通りかかった形となる。
開けようと試行錯誤していたが、無理そうなので機甲兵の力で破壊する方法を選んだわけだ。
「ファーナ、どうするんですか? 手伝うのか、無視するのか」
「軽く話してから決めましょう」
通信によって大まかな方針を話し合ったあと、ファーナは素行のよろしくない生徒たちに対して質問をする。
ただし、正体を隠すために普段とは違う声で。
「そちらはどうして、金庫を?」
「男の声……いや女の声か? まあいい。この金庫だが、重要な代物が入っていると教師が話しているのを聞きつけたんだ」
「こういう時でもないと、開ける機会ってのはないしね」
「そもそも、なぜ避難しないんですか?」
「コロニー壊すような奴がいるもんかよ。せいぜい、内部のどこかがぶっ壊れるだけ」
「避難するのもいいけど、人がいない今は、色々と稼ぐ良い機会だし」
コロニーは宇宙に浮かぶ巨大な密閉空間。
穴が空いたら非常にまずいため、戦闘に耐えられるようある程度の耐久性は確保されている。
とはいえ、それにも限度はあるのだが、ここにいる生徒たちはあまり気にしていない様子。
「開けるのを手伝ったら、中身を少し貰っても?」
「……どうする?」
「……金庫で時間を無駄にしてもあれだし、全部渡すわけでもないから、あげたらいいんじゃ?」
「ちっ、そうなるか。ああ、いいとも」
「それでは金庫から離れてください」
金庫は頑丈とはいえ、電子的に制御されている部分が存在するため、人工知能たるファーナにとっては楽に開けることができる。
数十秒ほどかけてハッキングを行い、鍵を解除してみせた。
そして金庫の中身を取り出すのだが、出てきたものを見て、この場にいる全員が固まってしまう。
それは特殊な容器に入った人間の赤子。
なんらかの液体に満たされた中を浮かんでおり、亡くなったあとに劣化しないよう、保存を目的として容器に入れられているようだった。
「くそ、俺たちは何も見なかった」
「ええと、それじゃあね。次に漁るところがあるから」
あまりにも不気味な代物に、素行の悪い生徒たちはそそくさと逃げ出すようにこの場を離れ、あとにはファーナたちだけが残される。
「これはいったい……」
「見覚えがあります」
セフィは呟く。やや不機嫌そうに。
「以前、教授のところにいた時ですが、ブラッドという薬を生産できる者を増やすため、かなりの実験が行われました。その中には、失敗を前提とした遺伝子操作が行われた者もいます。当然ながら死産となってしまうわけですが」
人間を一人作るには、精子と卵子を用意すればいい。あとは専用の設備を少々。
調達自体は難しくない。
お金が欲しい男女はいくらでもいるため、お金と引き換えにすれば手に入れることは非常に簡単。
実験に失敗しても、命を持たない存在が生まれるだけ。
自分という成功例を新しく作るために、どれだけの失敗作が生み出されたのかを語るセフィであり、それを聞いたファーナは軽く頭を横に振る。
「なんとも恐ろしい話です。メリア様が聞いたら怒ることでしょう」
「ただ、命を持たないまま生まれたのは、ある意味で運が良い。保護されないなら、結局は自分を生み出した組織に従って生きるしかない」
「これはここに置いていきます。わたしたちが見つけたと言うわけにもいきません。写真と映像は船の方に転送しておきますが」
多少時間を取られたものの、すぐに宇宙船を停めてある港へと向かう。
一度、人目につかない場所に移動したあと、機甲兵から降りて、怖がっている演技をしつつ歩いていく。
なんとか避難してきた様子を装い、大人たちに混じって港の奥に入ると、メリアの所持する小型船ヒューケラへと乗り込んだ。
コロニー内部に停まることができるのは、基本的にアクルの生徒や保護者のみ。
なのですぐに乗り込めたわけだ。
学園祭目当てにやって来た外部の人間は、さらに外側にあるほぼ宇宙空間なところの港に停まり、エアロックを通じて人間だけ入る形となる。
「あの秘密の通路があった位置から考えると、目指すべきコロニーの外壁は……ここですね」
「何か手伝えることは?」
「セフィに任せられることはないので、今はおとなしくしていてください」
「そう、残念」
宇宙船に乗ってしまえば、あとはファーナの独壇場。
混雑しているコロニー付近から離れ、予測した位置へと移動した。
「ファーナ、何か見つかりました?」
「なぜ操縦室に? 向こうの個室の方が安全ですよ」
「外の状況がわからないまま待つのは嫌。それに、気になるという気持ちもいくらか」
「……なら、シートベルトをしっかりとした状態で座っていてください」
貨物室にある無人機をいつでも動かせるようにし、周囲を探索していくと、怪しげな船が数隻いるのを発見する。
その船は、コロニーの外壁と似たような色合いをしており、外壁にぴったりとくっつき、しかも影になる場所に潜んでいるため、ただ通るだけだと見逃してしまうだろう。
「さて、明らかに怪しい船がいるわけですが」
「ここは先手を取って攻撃をしてしまうというのは?」
「やめておいた方がいいでしょう。離れているとはいえ、学園コロニーには警察や軍が近づいてきているので」
ファーナが操縦室のスクリーンの一部を切り替えると、遠くからやって来る艦隊が映し出されていた。
コロニーの近くで戦闘を行えば、確実に目をつけられてしまう。
場合によっては、一時的に捕まる可能性もあり得た。
「……えるか? こちら……ア。もう一度言う。こちらメリア」
「通信が不安定……となるとジャミングの類い」
メリアからの通信が入ってくるが、それはノイズまみれで正確には聞こえない。
すぐにコロニーの外壁へ近づくと、だいぶ鮮明な音声が聞こえてくるようになる。
「今どこにいますか? わたしは宇宙空間にいます」
「少し入り組んだあの空間を抜けたあと、エアロックから外壁の方に出た。……ああ、見えた」
「付近には怪しげな船が数隻いるので、注意を」
「そのどれかに、展示されていたエーテリウムを奪い取った奴が乗っている。あたしの船にあるやつの反応はどうだ?」
ファーナとセフィが操縦室にあるエーテリウムを見ると、わずかに発光していた。
「光を放ってます。どうします?」
「警察とか軍は?」
「数分もすれば到着しそうです」
「となると、あたしらが武力を使うのは目立ちすぎる。なので、匿名の一般人として通報する。場所と、エーテリウムについてのことを付け加えた上で」
「おお、いやらしい行動です。泥棒たちは恐怖するでしょう」
「うっさいね。いくつか余計だよ。それよりも、あたしらまで警察の世話にならないようにするのが先だ。回収したあと港の方に」
「はい」
メリアの乗った機甲兵は、宇宙空間へと一気にジャンプする。
普通なら生きて戻れなくなるような行為だが、回収する者がいるなら話は別。
ヒューケラの貨物室に入ると同時に、コロニー側からビームが何発か放たれるも、それは艦船に設置されているような威力のあるものではなく、機甲兵が扱う威力が制限されたもの。
宇宙船を守るシールドは突破できない。
「ふう、危ないところだった」
「あ、見てください。逃げ出そうとしています」
操縦室で見られる映像が、メリアのところにも送信される。
もう通報されたことに気づいたのか、怪しげな船はすべてコロニーの外壁から離れると、全速力で離脱し始めたのだ。
当然ながら、そんな怪しい船を見逃すわけもなく、警察と軍の一部が分離すると、そちらを追跡していく。
メリアたちは気づかれる前に、学園祭に参加していた保護者たちと同じところに集まり、生徒と保護者を装うことができるよう、船内でシャワーと着替えを手短に済ませる。
ルニウに関しては、コロニー内のシェルターにいるという連絡が届いたため回収はしない。




