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162話 展示されていた場所にて

 警報がコロニー全体に鳴り響く少し前のこと。

 コロニー内でも一際目立つ大きな校舎の中には、厳重に警備されているコンテナが存在し、その周囲を大勢の人々が囲んでいた。

 割合としては、大学に通っている者がほとんどだが、小さい子どもが混じっていたりもする。

 ただ、コンテナは閉じているため、中身まではわからない。


 「ありゃなんだ?」

 「聞いてないのか? 魔法の金属であるエーテリウムだってよ」

 「ああ、あれか。加工したら老化抑制の効果が落ちるから、基本的に金属の塊のまま取引されてるっていう」

 「おいおい、なんだその反応。滅多に見られない代物だぞ?」

 「いや、だってなあ……。色々な使い道があるのに、老化抑制以外に使われる機会がなくなってるし。その希少な代物が貰えるなら喜べるけど」


 学園祭では生徒たちによる出し物があるとはいえ、一部の校舎では、このように外部から持ち込まれた希少な代物を見物することもできる。

 だが、反応には差があった。

 希少な金属を見ることができると喜ぶ者から、どこか冷めた視線を向ける者、あとは完全に無視して校舎内にある他の出し物に向かう者も。


 「大昔はエーテリウムを使った船とかロボットとかあったみたいだけど、次第に世の中から消えていった。その時代に作られた代物のが、俺としては気になるね」

 「冷めてんな。まあ、金属の塊よりはそっちのが気になるにはわからんでもない。」


 誰もが思い思いに話す中、コンテナが開封される時が訪れる。

 まず警備員によって、緑色の荒い球体が乗った台座が運び出されると、コンテナは見物の邪魔になるのでどこかへと運ばれていく。

 そして周囲から見えやすい位置に台座は置かれる。

 その瞬間、見物人の中でも高齢な者がざわめく。


 「ほう、あれが例の」

 「大きさとしては、サッカーボールくらいでしょうか? あれくらいあれば、効果もかなり期待できるでしょうなあ」


 可能性に満ちていながらも、今では老化抑制の効果しか求められていないエーテリウム。

 それは大勢の視線を釘付けにしていた。

 人によっては、盗みたそうにする者もいたが、武装した警備員がいるので誰も手を出せない。

 しかし、大勢の人々に紛れる形で動く者がいた。


 「……でかいな」

 「つまり、物凄く価値があるってわけだ」

 「俺たちは、協力者が動いたあとにあれを確保して逃げる。という計画だったか」

 「ああ。今のうちに機甲兵が仕込んであるルートを確認しとけよ」


 小声で囁きながら歩くのは、二人の男性。

 その狙いは、展示されている緑色の荒い球体。


 「えー、こちらにあるのは、魔法の金属とも呼ばれるエーテリウムです。銀河中で少ししか見つからない希少な金属であり、それゆえにこれだけの厳重な警備となっております。まず、独自のエネルギーを蓄えるという性質から、様々な実験が……」


 解説が始まると、集まっている人々の意識は一点に集中する。

 それは悪事を企む者にとってはありがたい状況。

 こそこそと動く二人組に注意を払う者はおらず、時間は過ぎていく。

 そして展示からある程度の時間が経ったその時、エーテリウムが展示されている校舎の中で爆発音が響き、足元がわずかに揺れる。


 「爆発!? いったいどこで!?」

 「皆さん、落ち着いてください。ひとまず避難を……むぐっ……!」


 動揺する人々を落ち着かせようとする警備員だったが、突如何者かからの攻撃を受けて床に倒れる。

 一人だけではなく、何人も。

 見物人の中に、警備員を攻撃する者が大勢紛れていたのだ。

 現場にいる警備員がすべて倒れると、混乱はさらに大きくなった。


 「おらおら、死にたくないならそこをどけ!」

 「こっちは非殺傷設定じゃないぞ!」


 それゆえに、エーテリウムに近づく者がいても誰も止められない。

 二人の泥棒に持ち去られるところを、呆然としながら見送るしかなかった。


 「……うぅ、皆さん、早く避難を。あれは武闘派の海賊。命の危険があります」

 「だ、大丈夫ですか? 運びましょうか?」

 「大丈夫です。我々を襲った者は非殺傷設定のブラスターを撃っただけですから。皆さんはどうかこの場から離れてください」


 幸いにも死者は出ず、警備員の一人がなんとか立ち上がると、周囲の人々に向けてこの場から離れるよう促す。

 危険な者がいたこともあって、どんどん人はいなくなるが、警備員たちはその場に残り続けた。




 「ひどい状況だね……」


 エーテリウムが展示されていた現場に到着したメリアだったが、そこには誰もおらず、何もない台座と荒れた光景が広がるだけだった。


 「こういう場合、泥棒はどこに逃げると思う? 意見を聞きたい」

 「まずは宇宙に出ないと話になりません。それに個人で警備をどうにかするのは無理があるので、ほぼ確実に複数の協力者がいることでしょう。なので、ここから一番近いコロニーの外に通じる部分に向かうべきだと思います」

 「だろうね」


 ファーナの意見に対してメリアは頷くと、次はルニウが口を開く。


 「いや待ってくださいよ。ここはあえての、コロニーから出ずに中に潜むという考えもあると思います」


 コロニーには、外壁との合間にそれなりに広い空間がある。

 重力などの環境を維持する機械が存在し、狭く入り組んでいるところだ。

 整備のため定期的に人が入るが、構造を完璧に把握しているのは、コロニーを建造した企業くらいのもの。

 一時的に逃げ込んだあと、一般人に扮している協力者に手伝ってもらい、秘密裏にコロニーから出ていくことは不可能ではない。


 「ふむ……コロニーの外部には警察がいて、少しすれば軍もやって来る。隠れていれば、厳しい監視の目が緩む機会がいくらかはある。待つのも一つの手か」

 「懸念があります」

 「うん?」


 セフィが意見を口にするため、メリアはそちらに意識を向けた。


 「どんな懸念だ」

 「床を見てください。血が流れていません」


 その言葉の通り、床は荒れてはいても血に染まってはいなかった。


 「それに、ここに来るまで警備員の姿を誰一人見かけていません。おかしいとは思いませんか」

 「……確かに、盗まれた現場に誰もいないのは変だね。血が流れてないから誰も死んでない。なのに、盗まれた現場に誰もいない」


 避難するためにコロニーにいくつかある港に向かう人々を見る機会はあった。

 その中には、機甲兵に乗るメリアたちを見て警備員と勘違いする者もいたりする。

 しかし、肝心の警備員がエーテリウムが展示されていた現場に誰一人としていないという事実は、明らかにおかしさを感じる。


 「……もしかすると、泥棒と警備員が組んでたりする可能性は、あるかもしれない」

 「そうなると、わたしたちが予想してもどうにもならない状況ということになります」

 「そうですよ。追いかけるの諦めるしかないです」

 「いえ、待ってください。一つ気になるところが」


 泥棒の追跡を諦める方向に進んでいたが、セフィは何かに気づいたのか校舎の中を進んでいく。

 メリアたちは慌ててついていくと、数分後には校舎の地下にある扉の前に到着する。

 その扉は床に一体化するような作りであり、ほとんどの人がつい見逃してしまうようなカモフラージュがされていた。

 そして重要なことに、かかっていた鍵は外され、つい最近誰かが出入りしたような痕跡があった。


 「セフィ、ここは?」

 「コロニーの地下、とも呼べる区画に通じる扉です。コロニー自体、内部と外部の双方で整備や点検をできるようにしてありますが、図面には記されない秘密の扉や部屋がわずかにあったりします」

 「……船にもあるね。基本的には、密輸とかのために利用されるが。というか、どこで知った?」

 「ちょっと前に高等部のデータベース辺りにハッキングをして、偶然見つけただけです。誰かに気づかれたりしてないので安心してください」

 「……別の意味で安心できないわけだが。まあそれは置いておくとして、秘密の通路から外に抜け出せるとなると、あたしたちも入る必要がある」


 メリアは最後辺りを舌打ち混じりに言う。

 せっかく、予定を調整してわざわざ学園祭にやって来たというのに、今回の騒ぎで台無しになった。

 一度中断したあと、開催自体は別の日に延期となるのだろうが、それはメリアからすれば面倒なことだった。

 また来ないといけないからだ。

 生まれからして普通ではないセフィとはいえ、自分がその保護者であるからには、学園のイベントには顔を出す必要がある。


 「とりあえず、面倒事を引き起こした馬鹿を捕まえれば、学園祭は一日か二日ほど延期のあと再開するだろう。学園側のスケジュールの問題に、生徒たちの不満とかも含めて。そうなれば、あたしの予定への影響は少ない」

 「メリア様、なかなかに自分を優先していますね」

 「泥棒が捕まらずに、何週間か延期しての再開となると、少し困る。あたしの所有物となった水の惑星の確認とか、ゆっくりと行いたいわけでね」


 想定している予定が、大きくずれることは避けたい。

 それゆえの追跡であるわけだ。


 「よし、あたしとルニウがここから入る。ファーナはセフィと共に宇宙船に戻り、コロニーの外部から怪しい存在が出てこないか監視」


 さっさと指示を出したあと、床の扉は引き上げられ、機甲兵が中へ入っていく。

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